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夕暮れ広場の幽霊 7

「さて、好きな所にかけてくれ」


 放課後、久家は再び教室にやってきた。

 一癖ある振る舞いとはいえ、久家は容姿は頭抜けている。また、剛の朧げな記憶に登場した子でもあった。

 そのため、去った後、プチ騒ぎが起こり、碌に休めなかったのだ。

 なのに、放課後までノコノコと登場しやがって……。

 後で詳しく聞かせてもらうからなとか、裏切り者めとか、何でヨッシーなんだよなどなど。


「……ここは?」

「部室だよ」

「ふーん」


 ホワイトボードや机、椅子はあるけれども、広さやら物の多さのせいで物置にも思える。

 とりあえず、久家の向かいの椅子に腰を下ろす。

 スッと久家がペットボトルを置く。お茶だ。


「あと、これもどうぞ」

「……扇子?」

「生憎、涼を取れる物は他になくてね」


 暑かったら扇げって事ね。確かに、暑い。

 奥にある窓は開いているが、風が入ってくる気配はない。仮に入ってきても熱風だろうが。


「どうも」


 広げて扇ぐ。割と涼しい。

 団扇はともかく扇子は初めて使ったかもしれない。新鮮に感じる。

 とはいえ、疲労は微々たるものでも片手が封鎖されるのは勝手が悪い。


「……それで?」


 長居する気もないので早々に本題に入る。

 しかし、当の本人はキョトンとした顔で首を傾げる。


「連れて来たのはそっちでしょ……だろ」

「ふふっ、無理して口調を変える様は可愛いね」

「うるさい……」


 後輩ならタメ口で……と思ったわけではない。

 久家に言われたのだ。


「だが、慣れてもらわないと困る。私にも体裁というものがあるからね。転校して早々、上級生を従えているなどと思われたら、円滑なコミュニケーションを取れなくなる」

「まあ、わからないではないけど……ん?」


 待てよ。今、新情報がサラリと開示されなかったか?


「転校して早々?」

「一学期の終わりに転校してきた。登校日という意味ではまだ一週間も経っていないよ」

「何でまたそんな変なタイミングで」

「予定が狂ってね。一度、そのまま進学する必要があったんだ」

「そのままって事は一貫校だったのか」

「そうだよ。桜雲女学院……知っているかな」

「知ってるも何も有名な進学校じゃないか」


 うちも偏差値は悪くないが、桜雲女学院と比べると平凡としか言いようがない。

 しかも、通っている生徒はお嬢様ばかりとの噂だ。


「意外かい?」

「……いや、むしろしっくりきた」

「ほう」


 何が気に入ったのか、久家は嬉しそうに口角を上げる。

 実際、久家の佇まいや所作の美しさは名家のご令嬢と言われた方が納得がいく。


「わざわざ転校しなくても……って事情は人それぞれだよな」


 特に久家は非日常に身を置いており、お姉さんもここの卒業生との事だ。

 色々と都合が良かったりするのだろう。


「そう言ってもらえると助かるよ。理由は、大体君が思った通りだ」

「…………」


 正直に言えば知りたい事は沢山あった。

 久家は何の専門家なのか、何故危ない橋を渡っているのか、どうして時折寂しそうな目をするのか……。

 だが、俺にそれらを聞く権利はない。そんな間柄ではない。


「そっちから誘ったって事は聞いて良いんだよな」


 間が空いたのでこちらから本題に入る事にした。


「何でも聞いてくれ。答えるとは約束できないが、ね」

「答えられる範囲で構わないよ」

「忍びないね」


 さて、何を聞くか。まず手始めに。


「剛の記憶を消したのは久家たちなのか?」


 朝、抱いた疑問をぶつける。

 状況的に久家たちが何かをしたとしか考えられない。

 しかし、久家は口元を右手で覆い、必死に何かを考えている。


「剛とは、君の友達……あの大きくて金髪な」

「ああ。あいつ、昨日の事、全く覚えてなかったんだよ」


 正確には久家やその知り合いの事は朧げながら覚えていたが。


「だから、てっきり久家たちが何かしたかと」

「……すまない。思い当たる節がない」


 そもそも記憶を消すなどできないと久家は言う。


「連れがいたんだろ? その人が何かしたとかは」

「あの人は……そういえば、軽い暗示のようなものはかけられたか」


 軽い暗示のニュアンスがピンとこない。

 そもそも、暗示の普通がわからないから当然か。


「じゃあ、それで消したんじゃないのか?」

「う、うーん、精々が気にならなくなる程度で忘れるなんて事は……それこそ、余程暗示にかかりやすい体質とかでもない限り」

「あ、はい」


 久家は不可思議な事態に当面し、困惑しているが俺は今の説明で腑に落ちた。

 剛はこれでもかって程、信じ込みやすいタイプなのだ。

 朝の占いが最下位だとラッキーアイテムを手放せなくなるぐらいには。

 一度、無くした時はチワワの様に震え、俺の袖を離さなかった。


「スッキリしたわ、ありがとう」

「何故!? 全くわからないのだが!」

「やっぱり、剛は強いよ。最強だ」

「君の友人は強いのか……。喜ばしい事だが、それが何だと言うんだ……」


 尚も久家は頭を抱える。

 余裕綽々な態度はどこへやら。


「くっ、黒幕がいるというのか……!」


 終いには陰謀論に発展していた。

 仕方がないので説明する。

 久家は最初信じられないと否定するも、剛の純真エピソードを三個程話した所、引き気味に納得してくれた。


「き、君の友人は凄いな……」

「だろ?」


 男子生徒にはウケが良いやつである。反面、女子生徒からはドン引かれる事が度々。

 久家は中間ぐらいだろうか。


「いつか騙されて大変な目に遭うのではと心配になるな……」


 心配になる派だったか。

 男女問わず存在する派閥だ。俺は片足ぐらいは入っている。


「剛の話はこれで良いとして、何で俺にはかけなかったんだ?」

「何をだ?」

「暗示だよ」

「何故?」

「がっつり関わったし、というか鉄砲玉にされたし、噂とか広められたら困るんじゃないか?」


 少なくとも活動がし辛くなりそうだが。

 しかし、久家はその考えはなかったと快活に笑う。


「まあ、笑い飛ばしはしたが、中には誰であれ暗示をかける人はいる。気休め程度でもしないよりはマシだからね。けれど、私は極力使いたくない」


 非日常であれ、その人の一生の一部に手を出すのは嫌なのだと言う。

 久家の人柄が出ていた。


「そも、君には必要ない」

「その心は?」

「君は良い男だからだ」


 ニヤリと笑い、同じフレーズを使ってくる。

 どうにも、素直に受け取れない賞賛だった。


「あの時も言ったけど、そんなんじゃないって。……謙遜とかじゃないぞ」


 先んじて牽制しておく。


「俺は俺のためにしか動かない。結果として、自分の利になってるからって褒めないで欲しい」

「なるほどね」

「良い男ってのは、そういった打算なしで動ける奴に使う言葉だよ」

「それが君の考えなら尊重するよ。私とは多少違っていてもね」


 そう言ってウィンクしてくる。

 妙に様になっていて反感を覚える。

 子供扱いされた気になるからだろうか。

 だとすれば、ここは冷静にならなければならない。

 お茶を手に取り、一口含む。美味しい。


「良い男以外に理由はある?」

「君が納得する答えとしたら……。そうだね、触れ回る行為は君の信条に沿わないと確信しているから、ではどうかな」

「…………まあ、それなら」


 信条と呼ぶほど立派ではないが、目覚めが悪くなる行為ではある。

 久家はカッコよく言い過ぎなのだ。

 それが彼女のスタイルなのだから仕方がないが。


「俺が気になったのはその二つぐらいかな」

「もう終わりかい? もっと色々と聞かれるかと思っていたのだが」

「そりゃまあ、興味程度ならあるけどさ。これ以上、関わらない世界の事なんて知らない方が良いだろ?」

「え?」

「ん?」


 久家の間の抜けた声など初めて聞いた。

 目をパチパチさせ、右手が置き場を失い中を彷徨っている。

 明らかに何かを隠していた。

 目が細まるのがわかる。


「…………何か」

「いや……ハハッ、今日は良い天気だね」

「誤魔化すの下手か」

「ぐっ」


 久家は一体何を考えているのだろうか。

 まさか、幽霊退治を手伝ってくれだなんて言い出さないだろうな。……いや、流石にない。

 夕暮れ広場の幽霊はたまたま上手くいったが、一歩間違えば命はなかった。

 素人を巻き込もうなどと、


「は、ははは」


 ……しそうだな、おい。

 明後日の方向をみ、顔には大量に汗をかいている。

 図星と顔に書いてあった。


「……じゃあ、俺は帰るわ。お茶、ごちそうさま」

「ま、待ってくれ!」


 即座に逃げの姿勢を取るも呼び止められてしまう。

 無視して帰ってもよいのだが、仮にも命の恩人だ。

 仕方がないと座り直す。


「聞くだけ聞いてやるよ。言ってみな」


 腕を組み、面接官の様な面持ちで問う。

 久家はチラチラと俺の様子を伺いながら、


「せ、先輩には私の活動を手伝って欲しい……の……だが」

「活動ってのは……」


 念の為、聞く。

 もしかしたら、部活動か何かかもしれない。


「幽霊退治の……」

「はあ」


 深々と息を吐く。

 これ程までに裏切って欲しかった期待もない。


「理由を聞いても? 自慢じゃないが幽霊なんて今日初めて見たぞ」

「そこら辺は大丈夫だ。形作られた都市伝説は霊感とか関係なく見えるから」


 業界用語なのだろうか。気になるワードが出た。

 が、言いたい事はわかるので今は置いておこう。


「君は、その、頭が切れるし……体力もある……加えて心持ちが優しい。ほ、ほら! 紛うことなき逸材だ!」

「逸材のハードル低くないか?」

「こ、これが中々いないんだ」


 久家は嘘が得意なのか苦手なのかわからなくなってきた。

 実は別人格だと言われたら納得してしまうぐらいに、下手くそな嘘を口にしている。


「嘘は良いから」

「う、嘘ではない! 本当に思っている! それは否定させない!」

「お、おう。あ、ありがとう?」


 久家は立ち上がった影響で乱れた髪を整え、ふーっと息を吐く。


「……大丈夫か?」


 思わず声をかける。

 流石に様子がおかしい。

 実は熱があるとかではないだろうか。そのようなテンションの変化。

 それとも、久家も俺同様寝ていないのだろうか。

 そのせいでテンションが狂って……。


「やはり、触れずに語るのは難しいか」


 久家がポツリと呟く。

 触れずにとは一体……。

 様子を一変させた久家は、真っ直ぐな瞳を俺へと向け、


「君が欲しい」


 とんでもない事を言い出すのだった。

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