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夕暮れ広場の幽霊 6

 非日常は終わりを告げ、日常が戻ってくる。

 そして、悲しき事に今日は登校日だった。

 フラフラとした足取り、霞む視界、きゅーと可愛らしくなくお腹。

 そう、寝ていないのだ。

 除霊完了後、当然ながら徒歩での帰宅を強いられ、家に着いた頃にはすっかり明るくなっていた。

 それでも、一時間は寝られるだろうと思いきや、玄関に入ると待っていたのは鬼の形相をした母上様。

 なんだったら夕暮れ広場の幽霊より怖かったよ。


『アンタ、どこほっつき歩いてたの!? 電話にも出ないし!』


 言われて気づいた。電話の電源を切っていた事に。

 お説教から解放された後、確認した所、怒涛の着信ラッシュの形跡があった。

 わかっていれば、ネットカフェにでも行って休んだのに……。


「よっしー、おひさー」

「おひ……さ……」


 教室に入ると友人らが声をかけてくる。やめてくれ、今の俺には致命傷になりかねん。

 でも、円滑な人間関係を築くためには無理してでも返さねばならないのだ。


「つ、辛そうだな」

「寝てない……だけ、や……」

「ダメだ。言葉遣いに影響が出てる。よっしーはバリバリの都会っ子でしょうが」

「心は……関西や…………」

「重症だな」


 などと毒にも薬にもならないやり取りを交わし、席へと到着する。

 このまま、怒られるまで爆睡をかましたい所なのだが……。


「おっす、ヨッシー!」

「…………剛」


 斜め前の席に座っている大男は、これまた憎らしいほど爽やかな笑顔を浮かべていた。

 デカい図体、太陽が反射して眩しい金髪、カッターシャツの上からでもわかる筋肉……広池剛そのものだった。


「昨日はごめんな! 試合の時間なのすっかり忘れてたんだ!」

「ボリューム落とせ……アホ……」


 今のコンデションでは超音波と大差ない。

 剛は口元を押さえ、ごめんごめんと謝る。


「何があったんだよ……」


 知っているのは不自然なのであえて聞く。

 だが、剛は腕を組み、うーんと唸る。


「実は、覚えていないんだ」

「は!? 覚えていないってどういう事だよ!」


 遂、声を荒げてしまう。

 剛は慌てて釈明する。


「本当なんだ! 拓也を見送ったのまでは覚えているんだけど……」

「その後は? 他の参加者と一緒に帰ったんじゃないのか」

「……のはず」


 歯切れの悪い答え。覚えていないというのが本当ならば仕方がないか。

 問題は、何故覚えていないかだ。

 真っ先によぎるのは久家だった。

 都市伝説に詳しい……いや、ああいった事態に慣れている事以外、特段変わった人には見えなかった。個性的な人ではあるが。

 まさか、記憶の操作ができるというのか。

 薄寒くなる。


 けれど、なら何故俺にはしなかった。

 あのような現象に関わった人物から記憶を消し去る。それ自体は理解できる。

 一度広まれば都市伝説のように面白おかしく脚色されてしまうからだ。

 その後の活動に少なからず支障をきたすだろう。

 信頼してくれたのか? ……いや、それ程の関係性は築けていない。


「ヨ、ヨッシー?」


 剛が当惑した様子で名を呼んでくる。

 彼からしたら、自分の過失により俺が考え込んでいるように見えただろう。

 シンプルに怒らず、何かを思案している様はさぞ不気味だったろう。


「いや……じゃあ、何で謝ったんだろうなって思ってさ」

「朝起きて、携帯を確認したらヨッシーの画面が開いていて……」

「見るとメッセージを送っていたと」


 コクリと頷く。

 酔って覚えていないけど、とりあえず謝っておくかと大差ないな。

 この未成年飲酒野郎は度々やる。


「はあ、じゃあ、内容に覚えはないんだな?」

「……多分」

「あ?」

「ご、こめんって!」


 こちとら寝不足でいつもの三倍増しで機嫌の振り幅が大きいってのに。


「曖昧な物言いは腹立つからやめろ。取り留めてなくても良いから話せ」

「お、怒るなよ?」

「言わないとキレる」


 剛はそれは勘弁と言わんばかりに話し出す。


「実は薄らと帰っている記憶はあるんだ。でも、何故だか夕暮れ広場に戻った気もして……。いくらなんでも引き返すわけないだろ?」

「……携帯を忘れたとかは?」

「あ……いや、それでも流石に……戻らないと、思う」


 微妙な所だった。

 逆の立場なら戻ったかもしれない。

 今や携帯は単なる通信端末ではない。拾われる危険性と天秤にかけたら理解できる範疇だ。


「おかしいなあ。酒は飲まなかったのに、なんでこんなにはっきりしないんだろう」

「浮かれて頭でもぶつけたんじゃないか」

「んなバカな」


 剛はボケと思い締まりない口で笑うが、俺としては半ば本気で言っていた。

 むしろ、それぐらいマヌケな事であってくれと。

 そうでもないと俺の奮闘劇が悲しいものになるではないか。

 ……まあ、彼女を救えたから結果としては上々だが。


「うーん、怖い目にあったような……そうでもないような」

「ダメだこりゃ」

「面目ない」


 真相を知るには久家に会うしかないようだ。

 けれど、もう会う事もなかろう。

 そう思うと幾分か腹立たしさも落ち着く。


「しゃーない。特別にお咎めなしにしてやるよ」

「マジか! サンキュー!」

「でも、昼飯は奢ってもらう」

「え……お咎めなしとは……」


 うるさい。労働代だ。


「お前に拒否する権利はない、以上。俺は寝る」

「はいはい」


 何故、剛がやれやれ感を出すのか。

 知らないから無理ないが、それでも理不尽さを感じてやまない。

 ふん、運が良いやつめ。眠くなければチョークスリーパーの一つや二つかけてやったものを。

 などと考えていると次第に意識は闇へと溶け始める。


「あ、そういえば」


 こいつ、正気か?

 無理やり浮上させられ本気で腹が立ってくる。

 手痛い一撃でも喰らわせたやろうかと思った時だった。


「綺麗な女の子とお兄さんに会った気がする」


 自然と目が開く。

 綺麗な女の子……久家の事で間違いないだろう。

 では、お兄さんとは?

 疑問は直ぐに解決する。

 察するに、剛を安全な場所に届ける役割を請け負ったのだろう。

 でなければ、剛の安全を確保しつつ幽霊退治と洒落込む事は難しい。

 何故、残ったのは久家だったのか……との疑問は立場や力量など様々な要因があるのだろうと飲み込む。


「これが凄い綺麗でさ! あ、夢かもしれないのか……。いや、あの子は実在する! 間違いない!」

「あーはいはい」


 脳内お花畑め。

 存在はするが、とてもではないがお前の手に負える相手ではない。

 仮に非日常要素を取り除いても、とてもではないが釣り合わないだろう。

 それにしても子、子ってそんなに幼く見えたのだろうか。

 確かに、背丈は小さく、顔立ちも幼さは残しているものの、振る舞いは年長者のそれだった。


「多分、ここの子だと思うんだけど」

「……え?」


 聞き捨てならない言葉に顔を起こす。


「どうして、そう思ったんですか?」

「どうしたの、その口調」

「気にしないでください」

「……朧げな記憶でしかないけど、その子が着てた制服がうちのでさ」

「んなわけないだろ」


 即座に反論する。

 剛と違って俺はハッキリと覚えている。

 確かに似てはいたが、細かな所は違っていた。

 現に視線をずらし、女子の制服を確認してみると久家のとは違っている。


「何でヨッシーが」

「うるさい、俺は神だ。反論は許さない」

「うわ」


 素で引くな。ただの冗談だろうが。


「あ、でも、その子の制服は少し前のものだったわ」

「前?」

「知らない? 姉貴の頃と今ってデザインが少し違うんだよ」


 剛の姉君は我が校のOGだった。

 信憑性が出てき、身震いする。


「じゃ、じゃあ、お姉さんみたいに卒業生なんだろ」

「卒業生なら何で制服なんで着てるんだよ」

「そういう人だっているだろ! 差別はいかんよ!」

「え、えー」

「じゃ、じゃあ、在校生が何で古い制服を着てるんだよ!」

「お古さ」


 答えは意外な方向から返ってきた。

 トーンとしては特別高くも低くもないにも関わらず、何故だか不思議と耳に届く。深みのある声色。

 ゆっくりと横を見る……。


「私の姉上もここのOGでね。背丈も大して変わらないからと使っているのさ」

「な、何で……!」


 震えた声で尋ねると、お古の制服に身を包んだ女子生徒ーー久家桜花は素知らぬ顔で、


「特段拘りがないからだ。なら、新しい買うより再活用した方が何かと効率的だろ? ……ああ、それとも、何でここにと言いたいのかな」


 久家はケタケタと笑う。

 意地の悪い笑い方だった。いや、イタズラに成功した子供のような様と言った方が正しいか。


「答えは簡単だよ」


 久家は人差し指を指へと持っていき、一音一音区切りながら言った。


「せ ん ぱ い」


 お前、後輩だったのかよとの絶叫が教室の中を駆け巡るのだった。

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