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顔のない彫像 10

 成仏……できたのだろうか。

 本来、七不思議から解放されるだけなはずだが、何故だかそう思った。

 片膝をついた姿勢からおしりを床へと落とし、自然と視界が天井へと向く。

 痛めていた左足首はもちろん、掴まれていた左腕も手形が残る相応の痛みがある。

 それでも、不思議と満足感があった。


 あとは久家を探すだけだ。……無事だといいけど。


 無事を信じてはいるが、不安はなくなる事はない。

 実際に彼女を目の前にし、理不尽な脅威ではないと肌で実感した後でも変わらなかった。


 そこら辺に転がり出てくるかと思ったのだが……。


 キョロキョロと辺りを確認するが、俺達以外に人の姿はない。

 突如として彫像が現れた教室はどうかと中を覗き込むが――変哲もない空き教室だった。

 しかし、最初に確認した時とは違い、所々に美術室だったであろう面影がある。

 突然の変化は、七不思議が一つ“異界エレベーター”が関係しているのではないだろうか。

 残っている七不思議の中で該当しそうなのが、それしかなかったというのが本音だ。


「はあ……」


 体勢を戻し、一息つく。

 疲れた。痛い。お腹空いた。

 体が訴えてくる欲求を拒否しつつ、立ち上がる。

 久家を探さないと。まずは……捕まった場所に行ってみるか。


「大丈夫?」


 影村さんが肩を貸してくれる。

 左腕はともかく、左足首の痛みは増していく一方だ。

 とはいえ、まだ靴に違和感を覚えていないので、それ程腫れていないだろう。動くには十分だ。


「ありがとう。でも、大丈夫。一人で歩けるから」

「本当に?」

「もちろん」


 心配させないように笑顔で答える。


「……わかった。辛かったらいつでも言ってね」


 約束をかわし、じゃあ一階に行こうかと口にしようとした瞬間だった。


「じゃあ、行きましょう」

「へ?」


 当然の如く、そう言う影村さんの顔をマジマジと見る。

 まるで行き先が決まっているようではないか。

 しかし、影村さんは逆に目を細め、そのリアクションはなんだと言わんばかりに見てくる。

 ……この感じ覚えがあった。

 渡り廊下で影村さんを助けた時だ。

 あの時は赤い目の少女の存在によって会話がかみ合わなかった。


 つまり……幽霊が行き先を教えてくれた?


 もしくはそこに繋がるヒントを残した。

 どうしたものかと悩むが、すぐにこのまま嘘をつき続けるのもあれだなと結論が出る。


「ごめん――」

「そっか。秀佳は聞こえなかったのね」

「え? あ、いや……」

「見えるって一口に言っても差異はあるものよ。私は強い方だから気にしなくてもいいわ」

「強い弱いとかじゃなくて……」

「久家桜花も多分同じぐらいだから、話がかみ合わなかった経験があるんじゃない? そう言う話はなかったの?」

「なかった、かな」


 そもそもまるっきり見えないので、細かい話などした事も聞いた事もない。

 影村さんの話からするに、見える力にも個体差があり、幽霊の言葉を聞き取る事が出来るか否かはその一つらしい。


「やっぱりね。あの子、昔っからそういう所あるのよ。天才肌って言うのかしら。他人との当たり前の差を理解していない……」


 そこで言葉を切り、影村さんは大きくため息を吐いた。

 いきなりの変化に驚いていると、自己嫌悪に陥っているかのような暗い顔で、


「今のって陰口よね……。ごめんなさい……。そんな意図はなかったの……」

「そんな事……」

「ふふっ、秀佳は優しいのね……」


 ダメだ。本人の中で結論が出ている。

 確かに内容はそうかもしれないが、影村さんの雰囲気は出来の悪い妹の面倒を見るお姉さんのようだった。

 意図としては私がフォローしてあげなくちゃ、といったところか。


「そ、それより、幽霊は……彼女は何て言っていたんだ?」


 流石に赤い目の少女以外が現れたとは思えない。

 ……お父さんやお母さんだったらどうしよう。お母さんは誤魔化せるけど、お父さんは誤魔化せない。


「はっ! そう、久家よ!」


 どうやら合っていたようで、影村さんは彼女の言葉を教えてくれる。


「ええっと、理路整然と喋るわけじゃないから要約するけど、“ありがとう”、“ごめんなさい”、“三階行かなくて良かった”、“桜が彼女を”の四つよ」


 ありがとうはあなたに向けてよと影村さんは付け足す。

 確信があったわけではないが、彼女の心の一端を救えたのならこれ程嬉しい事はない。


「三階に行かなくて、か。……やっぱり、桜の木は上の階に行く程」

「咲くみたいね。私が見た時は七分咲きぐらいだったもの」


 満開になっていたら何が起きたのか、想像するだけで身震いする。

 足首の怪我がなければ選んでいたかもしれない択だ。不幸中の幸い……いや、この程度の怪我で事態の悪化を防げたのならおつりがくる。

 

「そして、“桜が彼女を”って事は久家がいるのは……」

「中庭よ」


 顔を見合わせ、どちらからともなく頷く。

 一階に繋がる階段は一般教室の方とは違い、闇に沈む様子はなかった。

 こっちは無事なのか、“顔のない彫像”がいなくなったから消えたのかはわからない。

 ここにきて他の襲撃者が現れるとは思わないが、それでも警戒を怠るわけにはいかなかった。


「足は大丈夫?」

「大丈夫」


 階段は特に負荷が大きいが、右足と右手に比重をかける事で突破する。


「……切り株に戻っている」


 遠目で窓越しに桜の木を確認するが、最初に見た通り切り株のままだった。

 最悪、下りても戻らないかもしれないと思っていたので朗報だ。

 七分咲きでも影村さんの様子がおかしくなった。

 そのリスクを負いながら近づくのは厳しい。


「変な感覚があったら逐一報告しよう」

「僅かな違和感でも放置したらダメよ」


 ほぼ同時に似たような事を言う。

 イメージの共有はバッチリだ。


「久家はどこに……」


 中庭に下り、切り株に近づきながら周辺の様子を探る。

 朽ちたベンチ、生垣、噴水跡地……どこにもいない。

 桜の木を中心に円状に作られた中庭を二手に分かれて探していくも見つからない。


「残すは……」


 桜の木の切り株を見つめる。

 そう遠くない距離だ。全容は掴める。久家はいない。

 けれど、彼女が嘘を言っていたとは思えなかった。


「もしかしたら、切り株そのものが七不思議の具現化によって現れたのかもな」

「そうね……。本物はとっくに掘り起こされてないのかもしれない」


 一歩一歩近づく。

 大きな切り株は静かに佇んでいる。


 “血をすする桜の木”、か。

 桜の木の下には死体が埋まっている……俺でも知っている都市伝説だ。

 ただ、ここの七不思議はいずれも教訓のようなものがあった。

 字面の強さ、危険性、在り方、全てが一線を画している気がしてならない。

 正確には遭遇したが理解できていない“異界エレベーター”、遭遇すらできていない“鏡の中の銀世界”が残っているが。


「「っ!」」


 レンガに足をかけた瞬間、風が吹き抜ける。

 とっさに手で顔を防ぐ。


「……マジかよ」


 再び目を開けると目の前の現実が変わっていた。

 そこには切り株は存在せず、大木が切なげに葉一つ枝を風に揺らしている。

 幻覚かと隣にいる影村さんを見る……。


「久家っ!」


 影村さんが走り出す。

 その先にいたのは、木に寄りかかるようにして眠る久家。

 遅れて俺も駆け寄る。


「起きなさい! 起きなさいよ!」


 言葉とは裏腹に肩に手を添え、優しく揺さぶる。

 とりあえず、息はしているようで一安心だ。

 久家を起こすのは影村さんに任せ、周囲を観察する。変化はない。

 木の奥側が見えなくなっているので回り込む。やはり変化はない。

 変わったのは桜の木だけかと結論付ける。


「秀佳どうしよう!?」


 未だ久家は目を覚まさず、影村さんは目の端に涙をため、訴えかけてくる。

 影村さんの横に膝を折り、久家の様子を間近で観察する。

 安らかな顔で寝息を立てている様は囚われのお姫様とは思えない程、穏やかな姿だった。


「久家」


 名前を呼ぶ。瞼がピクリと反応する。


「あっ!」


 影村さんの歓喜の声に表情が曇る。


「なんでよっ!?」

「お、落ち着いて」


 苦虫を嚙み潰したような表情をする久家に苦笑する。

 どうにも、この二人はかみ合わないようだ。

 嫌っている……わけではないのだろうが、影村さんから久家への矢印が大きすぎるのかもしれない。


「久家」

「ん……」


 肩を軽く揺する。

 小さく声を漏らすが、まだ起きる気配はない。

 むしろ、表情を柔らかくし、眠りが深くなったようだ。


「無理やり起こしてやろうかしら……!」


 影村さんがわなわなと体を震わせ、睨む。

 まあまあとなだめようと方向を変えようとした時、足首に鋭い痛みが走る。


「いつっ……!」

「だい、大丈夫!?」

「大……丈夫。捻ったの忘れていたよ」

「忘れないでよ、そんな大事な事!」


 冗談だったのだが、影村さんは本気で受け取ってしまったらしい。

 早く治療しないとと久家に向き直る。


「起きなさい! ほら早く!」

「か、影村さん」

「秀佳が怪我をしているのよ! あんたが起きないと治療できないでしょ!」


 両肩を掴み、前後に揺さぶる。

 そんな強引にと止めようとした瞬間、バッと久家が目を開く。


「怪我!? 大丈夫なのか!!?」


 俺の姿を捉えるとグイっと顔を近づけ、怪我の具合を尋ねてくる。

 その剣幕に飲まれた俺は、


「ちょ、ちょっと足首を捻っただけだ」

「本当か!?」

「う、うん」

「……影村」

「う、腕も怪我しているはず」


 影村さんも事態の急変ぶりに完全に飲まれていた。


「ほら見た事か! これだから先輩は信用ならない!」

「い、いや、腕は少し掴まれただけだから……」

「どうだか」


 腕を組み、疑わしそうに半目で睨む久家の姿にやっと脳が追い付く。


「久家!?」

「なんだ」

「ちょ、ちょっと何を起きているのよ!?」


 焦りすぎて影村さんが意味のわからない事を口走る。


「起きない方が良かったのか?」

「起きなさいよ!」

「……こいつはどうしたいんだ?」

「俺に振るなよ」


 そこはパニックになっていると察してあげなさい。

 起きて早々これだ。自分のペースに持ち込むのが上手すぎる。


「……それで、大丈夫なのか?」


 色々と言いたい事はあったが、ほとんどが些事だと投げ捨てる。

 久家は言われて初めて気づいたと言わんばかりに、四肢の機能を確かめ、一つ頷いた。


「問題ない」

「そりゃ、良かった」


 ようやっと一息つける。

 力なく微笑む俺を久家が嬉しそうに見ていた。


「……なんだよ」

「いやなに、心配をかけてしまったようだね」

「まあ「そうよ! 秀佳なんてそれはもう取り乱したんだからね!」影村さんそれは……」


 正直、本人には言わないでほしかった。

 隠す事ではないが、無事な当人を間にすると恥ずかしいではないか。

 案の定、久家はニヤニヤと……していなかった。


「……意外そうな顔をするな、馬鹿者」

「ごめん」


 しゅんとしている姿に思わず謝る。

 落ち込んでいる姿はこれが初めてではないが、弱弱しいと感じるのは初めてだった。


「君が謝る必要はないだろう。そんな事をされたら立つ瀬がない」

「久家の言う通りよ! むしろ、秀佳は怒らないと! ちなみに私は怒っているわ!」

「はいはい、ごめんなさいごめんなさい」

「きー!」


 二人はあっという間にいつもの雰囲気に戻っていた。

 これは積み重ねた時間の差? それとも俺の対応が間違っていたのか?

 悩んでいると久家がふっと切なげに笑う。


「とりあえず、移動しよう。手当もしなければ」


 そんな顔をさせたいわけではないのに……。

 思いとは裏腹に言葉は口から出てこない。

 力なく頷き、久家の肩を借りて出口へと向かう。


「おっ、ナイスタイミング」


 旧校舎の出口――昇降口にはいるはずのない人物が立っていた。


「貴幸さん!?」

「はーい……あ、もしかして怪我しちゃった?」

「ああ。このまま帰すのも忍びない」


 久家が貴幸さんに目くばせする。

 貴幸さんは胡散臭い笑みを浮かべ、


「丁度良かった。先生は出張中でね。家には誰もいないはずだよ」

「い、え?」


 俺の呟きは無視され、あれよあれよという間に車に乗せられるのだった。

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