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顔のない彫像 7

『最後に先輩としてアドバイスをしてあげよう』


 貴幸さんは嘘くさい程の朗らかな声で、


『窓の外の在り方から見ても今、旧校舎は外界から切り離されていいるだろう』


 七不思議はもちろん、都市伝説にもその手の“設定”はよくあるものだ。

 そして、都合よく逃げ場が存在したり、解決に必要な道が用意されていたり……これはある種、ストーリー性の担保のためだが。


 先程まで違い、わかり辛く回りくどい言い回し。

 俺と影村さんは顔を見合わせる。貴幸さんの真意をはかり損ねていた。


『とすれば、ここで一つ疑問が浮かび上がってくる。……さあ、なんでしょう』

「ぎ、疑問って言われても」


 不確定な事柄は多いため、疑問そのものはいくつかあるが、今聞かれているのはそういった物ではないだろう。

 影村さんも人差し指で鼻筋をなぞりながら質問の意図を、答えを探る。


『……思いつかないか。まあ、今回は僕も悪いかな』

「あーもう! まどろっこしいわね! はっきり言ったらどうなの!? こっちも暇じゃないのよ!」


 煙に巻くかのような態度に影村さんが憤る。

 貴幸さんは、全くそう思っていないのを隠しもせず、口だけ謝罪する。

 そして――、


『――僕が本物だって保証は?』


 一瞬遅れて意味を理解する。同時にゾッと激しい寒気が全身を駆け巡った。

 視界の端に映っている影村さんも、目を見開き、呆然としている。

 思えば、電話がかかってくるタイミングが絶妙すぎた。

 それに、彫像の気配が微塵も感じられなかったのも出来すぎだ。

 何故、疑わなかった。何故、違和感を覚えなかった。何故――、


『そうであって欲しいと願ったからだよ』

「っ!」

『桜花さんを失い、未だ正体の掴めない“顔のない彫像”の輪郭、対処方法、何より希望……第三者による“保証”がほしかったんだ』


 故に、真っ先に確認を取るべき“保証”はないがしろにした、と淡々と告げる。

 ……その通りだった。無意識での選択、これまでの人生でも何度もあったであろう分岐点。


『ま、結果として本物だから良いんだけどね! 今後は気をつけなよ』


 忠告を終えたからか、いきなり雰囲気が元に戻る。


「あ、あんたね……! 洒落にならないんだからやめなさいよ!」

『大事な事ですから……ね、吉井君?』

「……はい」


 言葉の通り、こちら側へと足を踏み入れた俺に対する忠告だったのだろう。

 感謝こそすれ、非難する気は毛頭ない。


『“ここにいる”の話でもそうだけど、君が今いる世界はあまりにも簡単に置き換わってしまう』

「はい……」

『さっきも言ったけどね。だからこそ、一番大事にすべきなのは“君が”“どう思った”かなんだ。つじつまが合う、ストーリー性に沿う、他の人が納得する……そういった要因は最後に振り返るものでしかない。……いいね。君が“納得する”答えにこだわるんだ』


 僕が口にする事は僕にとっての事実であり、真実かはこれっぽっちも保証できないと語る。


『でも、僕は桜花さんは無事だと確信している。――君はどうかな?』


 さらっと前提を覆しかねない事を言われるが、動揺する心はもうなかった。

 たとえ、貴幸さんが否定しようとも、


「もちろん、生きてるに決まってるじゃないですか! そんで俺が助けます!」

『素晴らしい。それが君にとっての事実であり、追い求める真実だと言う事だ』


 拍手を送りたいが、生憎手はふさがっていてねとよくわからない事を言う。


「……もしかして、忙しかったですか?」


 ふと頭をよぎった疑問を口にする。

 しかし、貴幸さんクスっと笑うだけで答えなかった。


「忙しいなら、こんな長々と話さないでしょ」


 影村さんはため息まじりに呟く。

 最もな意見だが、貴幸さんならやりかねない気がするのは俺の気のせいではないと思う。


『ささっ、楽しい交流の時間は終わりだよ』

「楽しくはなかったけどね」

『あはは、次回の参考にさせてもらいます』


 嫌味を軽く流され、ぴくりと眉を動かすが反応はしない。

 何を言っても無駄だと判断したのだろう。

 思えば、影村さんは終始当たりが強かったように感じる。

 ……緊急事態にも関わらず、あの態度を取っていた貴幸さんが悪いか。


『僕と連絡が取れた事からするに、そこは休憩室なんだろう。七不思議の中にも丁度良いのがあるし』


 往々にして七不思議を攻略する際、情報を整理、気持ちを落ち着かせる場所は必要となる。

 それがこの部屋なのだろうと貴幸さんは語った。


『外部にいるお助けマンとの連絡を終え、いざ行かんとする展開……さて、何が起き――』

「貴幸さん!?」


 プツンといきなり通話が途切れる。

 通信は繋がっているが、スピーカーからはノイズ音しか流れてこない。

 しかし、展開は今まさに貴幸さんが口にしようとしていたため、すぐに頭を切り替える。

 希望を見せてからの絶望は定番中の定番だろう。


「影村さん!」

「「ええ、行きましょう!」」


 気高くもあり、内に愛らしさも秘める高音が重なる。

 そんな馬鹿な、いつの間になどの言葉は口をつかなかった。

 何故なら、口は大きく開いており、言葉を発する状態になかったからだ。

 久家より少しばかり大きい背丈、胸を張った歩き方をして尚、華奢だと感じる細さ、肩まである茶色の紙は右側だけ髪留めで留められている。

 くりくりと丸い瞳には強い意思を宿っており、その一方で感情の起伏の激しさ故か光はよく揺れていた。


「「……ええ!? 私!!?」」


 二人の影村十紀子はお互いの存在を確認し、まるで鏡合わせのように同じリアクションを取る。


「一人増える資料室……!」


 思えば、旧校舎に教材などが残っているはずもない。

 けれど、この部屋の棚には書物が入ったままだった。

 思い描く資料室とは違ったため、気づくことができなかったのだ。


「七不思議の一つ……!」

「ドッペルゲンガーと違って出会った瞬間、終わりの類ではないのは幸いね」

「顔のない彫像と違って碌に情報がないわ!」

「落ち着きなさい。近江貴幸が言っていた事が本当なら教訓が隠されている可能性が高いわ」


 最初のリアクションこそそっくりだったが、事態に対する整理の仕方には差があった。


 感情的な……久家がいなくなる前の影村さん。

 知的な……久家がいなくなった後の影村さん。 


 本能と理性とまでは言わないが、人が誰しも持つ性質が綺麗に分かたれた形だった。

 直前までの影村さんを考えるに、本物は知的な方だと思うがどうにもしっくりこない。

 貴幸さんに、何よりも大事なのは己の納得だと言われたばかりだ。短絡的に決めつけるのはやめよう。


「確かに教訓から性質を考えるのが一番の近道だ」

「そ、そんな余裕あるの? 久家が無事な保証はないのよ!?」

「偽物を連れて回るのはリスクが高いわ。それに、多少のロスで桜花の生存率が大きく変わるとも思えない。――それとも」


 ――真偽を確かめられたら困るのかしら、偽物さん。


「に、偽物はあんたでしょ!」

「あら、根拠はあるの?」


 知的な影村さんの挑発に、感情的な影村さんは胸を張って答える。


「私、そんなにクールじゃないもの!」

「…………」


 まさかの言い分に二の句が継げなくなる知的な影村さんは。

 確かに、久家がいなくなった後の影村さんは頼りになるし、冷静でもあったが、知的な影村さんとは少し違った。

 一方で感情的な影村さんもいなくなる前の影村さんとは少し違う。

 頭に過る一つの可能性。


 ――どちらも本物ではない?


 強制二択と思わせての第三の選択肢……十分にありえた。

 だが、その場合の教訓は何になるのだろうか。

 成り立ちを踏まえるのであれば、二人とも偽物だとは考えづらい。

 しかし、“一人増える資料室”が置き換わった、または後天的に追加されたものの可能性もある。

 ……本物が消え、パーソナリティの異なる偽物が二人現れるより、本物と偽物の二者択一の方がすんなり納得できるか。


「それを言うなら私はあなたみたいな馬鹿ではないわ」

「きー! 何よそれ喧嘩売っているの!?」

「ふっかけてきたのはあなたでしょ!」


 口喧嘩を見ていると両者とも本物であり、偽物であるとの感想が真っ先にくる。

 俺は知り合って間もないため、彼女のほんの一部しか知らない。

 そのため、一側面での判断を余儀なくされる。

 せめて久家がいたら絞り込む余地があったのに……。


「……久家?」

「「久家(桜花)がどうかしたの!?」」

「あ、いやなんでもない」


 久家を心配する気持ちは同じようだ。声が被る。

 しかし、呼び方が違った。

 影村さんが増えた事に驚いていたため聞き逃していたが、明確な違いとして久家の呼び方がある。

 久家と桜花。

 基本的に久家桜花とフルネームで呼び、どちらだけなら久家と呼んでいた。

 なら、感情的な方が本物かというとしっくりこない。


「……二人に聞きたいんだけど、久家ってどんな存在?」

「「っ!? な、なによいきなり!」」


 またも声が揃う。

 久家を心配する際は考え方が分かれたのに、久家に対するリアクションは一緒だ。


「大事な質問なんだ。教えてくれ」

「うっ……」


 真剣な表情で頼むと感情的な影村さんは頬を赤く染め、一方で知的な影村さんは逡巡するも意を決し、


「思いを共有できる唯一の存在だと思っているわ」

「っ! な、なに本当の事を言っているのよ!」

「秀佳が大事な質問って言ったのよ。なら、信じて答えるだけ。あなたは違うの?」

「ううっ……」


 いつの間にか、俺への信頼度も上がっていないだろうか。

 照れる前に後ろめたさで良心が痛む。

 事態が収束したら土下座してでも謝ろう。心に決める。


「~~~っ!」


 無理しなくても良いよとは言えない。

 目をぎゅっと瞑り、何かに悶えている感情的な影村さんも静かに待つ。

 焦りがないわけではない。だが、今は一つ一つ対処していくしかないのだ。


「…………れ」


 絞り出した声は小さすぎて聞き取れなかった。


「もう少し大きな声で言いなさいよ。子供じゃないんだから」


 知的な影村さんが叱咤する。

 感情的な影村さんはもうどうでもなれと言わんばかりに、背筋を伸ばして叫ぶ。


「憧れよ!」

「……ふん」


 答えを予期していたのか感情的な影村さんは鼻を鳴らす。

 憧れ、か。予想だにしなかった……とは言えなかった。

 時折見せる影村さんが久家を見る目を俺は知っていたから。

 自分にない強さを持つ者への羨望と憧れの眼差し。


「ありがとう」

「れ、礼はいいわ! それより何かわかったの?」

「言葉は違えど答えはあまり変わらなかったと思うけど」

「結論から言うと答えは出ていない。……というか、出せる程の材料がない」


 まあそうよねと二人は納得を示す。


「だからこそ、俺が納得できる結末から逆算して考えた」


 長々と話すだけの深みなどないのであっさりとした話になる。


「まず初めにどちらかが本物なのか、二人とも偽物なのかを考えた。けど、“一人増える資料室”って名称と根底にある教訓を考えた場合、後者は可能性が低いと考えた」

「妥当ね」

「私が本物だから当然だわ!」


 なら偽物の存在意義とは何かと前置きをし、


「だまくらかすのであれば、もっとそっくりな性格にすると思うんだ」


 だから目的は騙す事ではないと考えた。

 二人は答えないが不満はなさそうだ。


「俺は影村さんの事を全然知らない。だから、直感的な話になるけど……二人とも影村さんの一側面として納得がいく範疇なんだ」

「「え、これが?」」


 お互いを指さし、声を揃える。


「久家がいなくなる前と後と言えばわかるかな」

「「…………」」


 二人は押し黙るが思い当たる所はあるようだ。

 実際、影村さん自身が追い込まれたら腹がくくれる性格だと言っていた。つまり、自覚があるのだ。


「二人とも本物っぽいんだよなってなった瞬間、“それ”が教訓になるかもしれないって思ったんだ」

「……ピンとこないわ」

「もっとわかりやすく……」

「影村さんは俺からすればわかりやすい部類なだけで、きっと人は皆誰しも複数の側面を持っているんだ」


 だから、時にそんな言動をするのかと違和感を覚えたり、ショックを受ける事もある。

 人一人を語るのはあまりにも難しい。


「そこから思いついた教訓は……“どちらも本当のあなた”」


 俺自身も俺らしさというものが正直よくわかっていない。

 あの日、夕暮れ広場の幽霊の時、剛を見捨てる俺もきっといただろう。

 久家の手を取らず、全てを忘れて変わらない日常に戻る俺もいたはずだ。

 もしかしたら、久家の助けを得られずに終わりを迎えた俺もいたかもしれない。

 今、歩く道は唯一正しいものではなく、無数にありえた一つであり、俺もまた幾重にも存在する。


「どちらかが正しいのではなく、どちらも正しく君なんだ。……そう伝えたい相手がいたんじゃないかな」


 羨望や憧れ、失望、焦燥……理想の自分とのギャップに苦しむのは今も昔もそう変わらないだろう。

 自分の一部を否定し、切り捨てようとする友人がいた時、俺はなんて声を掛けるだろうか。

 ……思いつかない。だからこそ、七不思議に思いを込めたのではないか。


「……はあ」


 知的な影村さんがため息を吐く。


「薄々わかってはいたんだけどね」


 そう言って苦笑する。


「他ならぬ自分の事だし……ね?」


 感情的な影村さんへと振る。

 彼女も苦笑いを浮かべていた。


「自己嫌悪ってやつかしら。無茶苦茶否定したくてたまらなくなるのよね」

「……でも、久家への思いは一緒だった」


 俺の言葉に二人は虚を突かれたのか、目をぱちぱちとさせ、同時にそっぽを向く。


「一番の決め手はそこだったよ」


 久家の名前を出した時の両者の反応。

 その瞳に宿った強い意思に偽物なわけがあるまいと。


「ふふっ」

「「っ!」」


 思わず、笑ってしまう。

 ヤバいと思って明後日の方向を向く。

 外界が白いモヤに覆われているせいか、窓には薄っすらと部屋の中が映っており……。


「あれ!?」

「な、なによ……え!?」


 いつの間にか、影村さんは一人に戻っていた。

 流石は七不思議。早業が過ぎる。


「か、解決したって事でいいのよ、ね?」

「多分……ちなみに、どっちの記憶が残っている?」

「…………」


 影村さんは口元を引きつらせ、“両方”と答えるのだった。



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