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顔のない彫像 4

 当然ながら旧校舎は立ち入り禁止となっているが、何も見つからなかったからか警備の人はいなかった。

 巡回はあるだろうが、これなら忍び込む事は容易だ。

 木造で出来た旧校舎は、刻まれた年月と共に厳かな雰囲気を醸し出している。

 所謂、出そうというやつだ。

 決行は21時過ぎ、万が一にも目撃情報を残さないため、また七不思議が現れる時間帯の中で一番早いから。

 一度帰宅する事になったのでウィッグのみ着用、服装は動きやすいものにした。

 私服なので明らかに男性物なのだが、背が高いと服が大変よねと影村さんはあっさりと受け入れる。


「く、暗いわね……」


 月明かりが綺麗な日だったが、一歩中へと踏み入ると闇が広がっていた。

 窓は所々にあるのだが、周りを木々が覆っているせいで光が入ってこないのだ。

 人狼の時はそれでも周囲の確認は難しくなかったが、ここでは隣にいる人の把握さえ困難になる。

 俺と久家は持ってきた懐中電灯のスイッチを入れる。


「えっ!?」


 しかし、影村さんは持ってこなかったらしく両手で頬を抑え、顔を青ざめる。


「はあ……」


 深く深くため息をした後、久家が自らの懐中電灯を影村さんに渡す。


「い、いいの!?」

「携帯がある……」


 ぶっきらぼうに言い、ポケットから携帯を取り出す。

 バッテリーに余裕があるのなら光量としては十分な物があった。


「こういう時のために明かりが強いのにしたんだ」

「なるほど」


 準備不足で立ち向かう時や何らかの理由で懐中電灯を失った時を考えると確かに便利だった。

 俺も買い替えた方がと考えるも、先立つものがない。

 短期バイトの予定を立てつつ、歩き出す。


「ひっ!」


 腐ってでもいたのだろうか、木の床が軋む音が響く。

 影村さんは思わず飛びのくが、すぐに頬を赤く染め、早足で進む。


「落ち着け」


 その肩を久家が掴む。


「はぐれるのが一番マズイ。わかっているだろう」

「う、うん……」


 どうにも緊張感に欠けてしまうが、もし七不思議が本当に具現化しているとすれば油断は大敵だ。


「……顔のない彫像、だけで良いんだよな」

「どうなんだ?」


 久家が影村さんへと投げる。

 実際、学院の内の噂を一番知っているのは彼女だろう。

 影村さんは小刻みに頷く。


「そ、そのはず。顔のない彫像の話しか聞かないもん。何でかってかは知らないけど……。友達が見たとか先輩が遭遇したとか」

「旧校舎でか?」

「最初は校舎の話はなかったけど、土岐さんがいなくなった後は旧校舎でって流れに……」

「所詮噂か」


 久家は言い切るが、それが具現化するから困りものなのだ。


「ただただよくある七不思議が土岐の失踪を原因に“本当かもしれない”と認識されたか」


 そして、具現化した七不思議に遭遇した人が現れれば更に……。

 連鎖的に強度が高まっていくと久家は語る。


「まだ具体的な行動に起こす者はいないが、放っておけば自然と増えるだろう。やはり、今の内に対処するのが一番か」

「土岐さんが戻ってくれば……」


 俺の言葉に久家は渋い表情をする。


「それで収まる可能性もあれば、なら怖くないと立ち入る者が増える可能性もある。一度具現化したものはそうすぐには消えはしない」

「じゃあ、土岐さんがどうあれ」

「やるしかない」


 最悪、土岐さんを見つける事ができれば、またはただの失踪(それはそれで大変だが)であればと思っていたがそうはいかないようだ。

 影村さんは久家の言葉に感心したのか、目をキラキラと輝かせていた。

 まるで正義の味方でも見ているかのような視線に、久家は口元を引きつらせる。


「やる気じゃない!」

「……普通だ」

「ふふっ、照れなくても良い――きゃー!」


 満面の笑みを浮かべていた影村さんが突然叫ぶ。

 慌てて彼女へと懐中電灯を向ける。


「……えっと、大丈夫?」

「あ、ああああ、あれ、あれ!」


 体勢から何かを踏んだのかと思い、足元を照らしたのだが髪留めが落ちているだけだった。

 虫とでも思ったのだろうか。

 体を縮め、ぶるぶると震えているが、髪留めとわかれば……。


「「髪留め!?」」

「な、なに!? なんなの!!?」


 俺と久家が合わせて大声を出したせいで影村さんが飛びのく。

 しかし、今はそんな事に構っている暇はない。

 既に膝を曲げ、髪留めを観察している久家の横にしゃがむ。


「……どうだ?」

「大して汚れていないし、デザインも最近の物だと思う」


 デザインの事はわからないが、汚れに関しては俺でもわかる。

 特段気になる箇所はなく、むしろ綺麗とすら言える。


「見逃した……わけないか」

「それはそれで困るからな」


 だとすれば、旧校舎の探索が行われた後に置かれた。

 もしくは、


「特定の時間帯に現れる?」

「もしくは、これの持ち主を捕らえた何かが再び姿を見せたのか」


 土岐さんの物だとは断定できない。

 だが、その可能性が高いと言わざるを得なかった。


「影村、これに見覚えは」

「な、なにが……あ、それ土岐の!?」


 一瞬で恐怖を忘れ去り、這いずるように髪留めへと近づく。

 そして、右に左にじっくりと確認した後、真剣な顔つきをする。


「間違いないわ。あの日していた髪留めよ」

「聞いた私が言うのもあれだが、よく覚えていたな」


 久家が感心したように頷く。あの日とは土岐さんが失踪した日だろう。

 噂についても詳しかったし、観察眼に長けているようだ。


「そ、そりゃね! 土岐さん来るの久々だったし! ……話しかけようか迷っていたし」


 最後はボソリと呟く。

 話しかけるタイミングを探っている最中、髪留めが目に付いたのだろうか。

 それ程、特別な物には見えないが。


「これ、今流行ってるんだって」

「これが?」


 じっくりと見る。やはりシンプルな蝶の髪留めにしか見えない。

 久家も同じ感想らしく首を傾げている。


「よく見て! 羽の部分がすっごく細かいの! えっと……なんたらって人がデザインした幸福をもたらす蝶さんなんだって!」

「「怪しい……」」

「ええっ!? だ、だってネットにそう書いてあったから……!」


 純真無垢だと評したが、無知な側面も強く心配になる。

 久家が嫌がるのも、近くにいたら放っておけないからではないだろうか。

 現に今もそんな話を素直に信じるなと説教している。


「そんな髪留めを土岐さんは何で……」


 いや、個人の自由か。

 うさんくさい名目はともかくデザインはありふれた物であり、確かに羽部分はよく出来ていた。

 シンプルに気に入ったから着用している可能性は十分にある。


「二人とも、そろそろ……」


 体が硬直する。

 本当に偶然だった。

 最短は右回りだったが、何となく左回りで二人の方を向いたのだ。

 廊下の窓は中庭へと繋がっており、その奥にまた廊下がある。

 そこにいたのだ。


 両手で顔を隠した彫像……その上半身が窓からこちらを覗いていた。


 ご丁寧に顔を隠している。

 それにしても、本当に現われやがった。


「久家!」

「っ!」


 久家もすぐに彫像の存在に気づく。

 遅れて影村さんも事態を理解し、目を見開く。


「ほ、本当に……」

「イメージ通りの姿だな」

「索敵範囲が思ったより広い。気を付けて行こう」


 久家の指示に俺と影村さんは頷く。

 顔のない彫像が具現化した事実が確認できた以上、土岐さん失踪の件に絡んでいる可能性も高まったと言える。


「彫像への対処は肩に手を置き、“捕まえた”……で良いんだよな」

「「ああ(う、うん)」」


 調査に際して対処方法は必須。

 旧校舎に忍び込む前に、二人はできる限りの人脈をたどり、いくつかの方法を見つけてきた。

 その中で被ったのが“捕まえた”であり、実現性や七不思議という背景を踏まえた時、当たりだと判断した。


「納得がいくしな」

「君がそう言うのなら安心だ」

「……心からじゃないから真に受けるなよ?」


 第一印象が“だるまさんがころんだ”だったし、“捕まえた”自体は不思議ではない。

 だが、それではあまりにも簡単ではなかろうかとの不安がある。


「こちらが見ている限り動かない……」

「な、なら、簡単そうよね! こっちは三人だし!」

「瞬きは許されるのか、速度は、何体いるのか……全て不明だがな」


 影村さんの空元気で一刀両断する久家。

 油断しているわけではないのだから許してあげたら良いのに。


「視界の端……はダメみたいだな」


 外したつもりはなかったが、視界の端で黒ずみが動いた気がし、気づいたら彫像はいなくなっていた。


「程度の判断は難しいが、“しっかり”と見ている必要があるようだ」

「あと気になるのはポイントが顔なのか、体であればどこでも良いのかだな」

「や、やっぱり顔じゃない? 顔のない彫像だし」

「妥当な考えだ。その線で対処するように」


 角を曲がる際が一番緊張する。

 ゆっくりするメリットがないため、覚悟を決めて素早く顔を出す。……彫像は見当たらない。


「ふう……やっぱり、俺……私があそこで見ていた方が良かったんじゃないか?」

「一体ならそれが確実だが、複数いた場合に択が起きてしまう」


 どうしても無防備になってしまう上に、やられた場合、一気に全滅する恐れがあると久家は考えたようだ。


「対処方法を探っている最中に聞いた話では、彫像の姿かたちは多種多様だ。加えて美術室には多数の彫像があったと聞く。十中八九、複数体いるだろう」

「七不思議的に考えても複数体いそうだもんな……」


 それでも一体一体対処していく方法もありだとは思うが……。

 リスクを恐れるなら表に出るのも一つの手だ。


「ま、待って!」


 影村さんが叫ぶ。

 俺と久家は視線は四方へ向けたまま、影村さんへ説明を求める。


「鍵が閉まっているの!? さっきまで開いてたのに!」

「やっぱりか」


 昇降口の扉を見たくなるが、視線を一か所に集める方が今は怖い。

 それに七不思議であればそう驚く事態でもない。

 人狼の時も似たような事があったしな。


「それぐらいは想定の内だ」

「……そ、そうよね。私も想定していたわ……いたから……」


 していなかったなとのツッコミは野暮であろう。


「そろそろ、あいつがいた廊下だ」

「ご、ごくり」

「天井に張り付いているかもしれない。上下左右、全ての可能性を捨てるな」


 ないのは床から湧いてくる事ぐらいだろうか。


「天井は低めだから顔の高さをイメージするなら自然と入りそうだな」

「……入らないが」

「……なにそれ自慢?」

「ご、ごめん」


 二人とも、己の身長に思う所があるらしい。

 藪をつついて蛇が出かねない。今後は気をつけよう。


「やっぱり、角は怖いな……」

「変わろうか?」

「大丈夫!」


 ここで変わるとか男が廃る。

 臆病風に吹かれている暇はない。サイドステップで廊下に躍り出る。

 真正面、右、左、上、下……いないか。

 奥の階段付近にも姿はなさそうだった。


「こっちはいないぞ」

「こっちもだ」

「こっちもいないわ!」


 三方向全ての確認が取れる。

 誰からともなく息を吐く。

 随分と涼しくなったというのに汗が垂れる。

 緊張、高揚、焦燥……様々な感情が入り乱れ、まるで試合の時のような心持ちだった、


「ふうふう……」


 気づけば影村さんの呼吸が乱れていた。

 久家は冷静そうに見えるが、額に汗が光っている。


「一回、背を合わせよう」


 俺の指示に従い、三人背中合わせになる。


「肝試しはこんな感じなのだろうか」


 久家が冗談めかして言う。


「あれは、まさか本当に出るとは思っていないだろ」

「そ、そうなの?」

「怖いもの見たさはあると思うけど、まあ身の安全は保障されていると思っているんじゃないかな」


 だから本当に危ない場所に行く人は少ないと言うと、影村さんは背中越しにもわかるぐらい大きくため息を吐いた。


「だからかあ……」


 何やら盛大なミスを犯した事があるらしい。

 後悔の念に駆られている。


「影村、まさか本物がいる場所に連れて行ったのか?」

「ぎくっ!」

「本物ったって見えないだろ?」


 忘れたのかと久家は肩をつねってくる。


「直接的な害は及ぼせなくとも、負の感情に釣られる輩はいる。時にはそれを増幅させ、心身に影響を与える事だって」


 そういえばそうだった。

 初めて部室に行った時、久家がそんな事を言っていた。


「それに稀に多くの人に見える幽霊もいる」

「え」

「当人の状況、環境、そして幽霊の感情の深さによって見える事もある。だからこそ、そういった話が表で絶えない」


 作り話ではなく、時には本当の話が出回っているようだ。

 てっきり全て作り話か、幽霊の正体見たり枯れ尾花の類かと。


「だ、だって、本物を見たいって言っていたから……」

「呆れた奴だな」

「まあまあ……。それより、そろそろ再開しようか」


 話の流れが悪い方向へ進んだ事もあり、探索の再開を提案する。

 尚も不満げだった久家だったが、今する話ではないかと不満を飲み込む。


「思ったけど、もうこの形のまま進めば良いんじゃない?」

「……歩きにくくないか?」

「流石に距離が近すぎる。今はお互い相手を見る余裕がない。ぶつかったりして転んでしまえば元も子もないだろう」


 巻き込まれて三人目まで転んでしまえば一気に視認性が落ち、最悪の場合そのままジエンドとなる。

 二人分……最低でも一人分は開けて歩きたい。

 影村さんは唸るが、反論が思いつかなかったのか、納得したのか、わかったわと提案を取り下げる。


「今、怖いのは階段か。上から降ってきたら対処方法がない」

「撲殺か。笑えないな」

「本当に笑えないって……」


 頭に降ってくるイメージではなかったのだが。


「冗談だ。実際、慎重を期するしかあるまい。反射神経勝負だ」


 久家も運動神経は悪くないが、流石に俺の方が優れているという自負がある。

 なので、影村さんはもちろん、久家にだって任せる気はない。

 幸い、彫像である限り、階段の手すり付近に身をひそめる事はできないだろう。

 久家の言う通り、何かあるとすれば反射神経勝負になる。


「そっちは任せた」

「任された」

「任せて!」


 左右、正面の廊下は二人に任せ、ゆっくりと上を覗く。

 一階の窓とは違い、二階以上の窓は月明かりが差すため懐中電灯の明かりが届かない範囲も視認できる。


「よし、上にはいなさそう――」


 瞬間、眩い光が視界を覆うのだった。


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