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顔のない彫像 3

 数分後、ようやっと落ち着いたのか、影村さんはハッと我に返り、澄ました表情を作る。


「まあ、いいわ。それより大事件よ」


 醜態を誤魔化したいのか、そもそも自覚がないのか……。

 突っ込んで聞いても碌な事にならないのは火を見るよりも明らかだった。

 目で久家を促す。そんな些細な事にすら影村さんは大げさに反応する。

 流石に泣き出しはしなかったが、悔しそうに固く唇をかみしめていた。


「大事件とは?」

「大事件も大事件! 出たのよ!」

「……顔のない彫像がか」

「聞いて驚きなさい! なんと顔のない――え?」

「七不思議が一つ、顔のない彫像が出たんだろ?」

「な、なんで知っているのよ!?」


 しかし、久家は影村さんの問いに答える事はせず、続きを促す。

 そのそっけない態度に、影村さんは胸の前に握りこぶしを作り、わなわなと震えるが、


「と、土岐って奴いたじゃない」


 土岐、人の名前だろうか。

 久家は一瞬訝しげな表情をするが、すぐに手のひらをポンと叩く。


「いたな、そんな奴」

「クラスメイトでしょ!?」

「元、な」

「こ、細かいわね」


 確かに、クラスメイトを忘れていた人の反応ではない。

 しかも、そんな奴呼ばわり。嫌な人とかであれば逆に覚えていそうなものだが。


「仕方がないではないか。反抗期か何か知らないが、碌に学校に来なかったじゃないか」


 お嬢様にも反抗期があるのか。……そりゃあるか。

 しかし、なるほど学校に来なかったのなら覚えが悪くても仕方がない。


「あんたも似たようなものじゃない」

「え?」


 影村さんの言葉に思わず声が出てしまう。明らかな男性の声。

 しまったと口元を抑えるも……。


「……あんた」


 影村さんが探るような目つきで俺を睨む。

 後ろにいる久家はやれやれと肩をすくめている。

 いやいや、そりゃ声出しちゃうでしょと心の中で言い訳する。


「あんた、もしかして……」

「…………」


 目をつむり、叫ばれるか、突き出される未来を想像する。

 走って逃げるか、久家に脅されたと泣き叫ぶか、はたまた何が悪いと開き直るか。……どの未来も嫌だった。


「コンプレックスなの?」

「へ?」


 何を言われたのか理解できず、間抜けな声を出してしまう。

 二度目の失態。しかし、影村さんは確認が取れたと言わんばかりに頷く。


「うんうん、わかるわ。それだけ低いと色々と言われてきたでしょ」

「…………」


 こ、この子、もしかして気づいていない? そんな、バカな……!?


「私も……私にコンプレックスなんてないけど、人並みには理解しているつもりよ! さっきはごめんなさいね。無理して喋らなくて良いから」


 こ、この子、さては無茶苦茶良い子だな!?

 感情の振れ幅が酷かったり、優しかったり、純真無垢って言葉が当てはまる子なのだろう。

 それはまた相性が悪そうだ、と久家を見る。


「その目はなんだい?」


 笑顔が怖いです……。

 首をブンブンと横に振り、他意はないと伝える。


「ちょっと、なに怖い顔をしているのよ! おびえているじゃない!」

「はははっ、ちょっとした戯れだよ」

「た、戯れ? そうなの?」


 影村さんが心配そうに聞いてくる。

 その優しさに甘えたくなるが、後が怖いので頷く。


「それなら良いのだけど……」

「納得がいったのなら本題に戻ってもらっても?」

「そうだった!」


 似たようなものじゃないの件が気になったが、影村さんはすっかり忘れているようで事件の話をし始める。


「土岐がいなくなったの!」

「家出だろ」

「親が学校に来たのよ!?」

「家出なんだから親が知るはずもないだろ」

「そ、それはそうだけど! もう一週間も姿が見えないのよ!」

「……確かに家出ではないかもしれないが、だからといって七不思議に何故繋がる?」


 それは俺も気になっていた。

 影村さんは確信を得ているようだったが、聞いた話だけでは事件や事故に巻き込まれた可能性も十分ある。むしろ、そちらの方が高いのではないだろうか。

 誘拐とかであれば犯人から連絡が来そうなものだが、名家の子であれば色々あるのかもしれない。


「目撃情報があるのよ」

「目撃情報?」

「いなくなる日、旧校舎の方へ向かう姿が目撃されているの」


 旧校舎。その言葉の響きは嫌でも怪談を連想させる。

 実際には怖い人達のたまり場になっていたりするらしいが。

 とはいえ、桜雲女学院の敷地内にあるのであればその可能性は著しく低い。


「知っての通り、七不思議の大半は旧校舎由来よ」

「新校舎になってからまだ十年も経っていないからな。だが、立ち入り禁止だったはずでは?」

「そんなのどうとでもなるでしょ。警備員だってずっと見張っているわけじゃないし」


 ただ、目撃情報がそこで途絶えている以上、今は警備が厳しくなっているとの事。

 もちろん、旧校舎の中は捜索されたが失踪した子に繋がる何かは見つかっていないらしい。


「消えたのは土岐一人か?」

「そうよ」

「なら、何故七不思議……それも顔のない彫像だと?」


 言われて気づく。

 顔のない彫像が具現化した恐れがある。それを俺達は久家の情報筋から聞いていた(恐らく近江さんだろう)。

 だからこそ、自然と結びつくが影村さんは違うはずだ。

 七不思議はまだしも顔のない彫像をピンポイントで言い当てるのは……。


「七不思議に遭遇して消えた……程度なら噂になるかしれない。だが、顔のない彫像となるには相応の理由があるのだろ?」


 少なくとも誰かが言っていたなどと言いはしないだろうと鋭い視線を向ける。

 手札を隠すなと暗に言っていた。

 その迫力に影村さんがゴクリと唾を飲む。


「…………」


 しかし、気圧されながらも影村さんは口をつぐむ。

 簡単に口を割ると思ったのに、中々胆力があるようだ。

 それは久家も同じだったらしく、眉がピクリと動く。


「…………」

「情報を秘匿されては、協力関係は難しいな」

「ま、待って……!」


 踵を返そうとした久家を影村さんが呼び止める。

 久家は振り返る事はせず、ただ立ち止まる。

 だが、影村さんは中々口を開こうとはしない。

 どうしても言う事ができないのだろうか。

 第三者からの提供などであれば、おいそれと同業者に口にはできない。

 どうしたものかと久家と視線を交わす。


「……悪いが、私達も暇ではないんだ。話す事がないなら帰らせてもらう」


 これは脅しだ。

 こちらの情報とも一致するため、顔のない彫像を放置する事はない。

 あくまで、情報源を探るための圧。

 特定できないまでも情報を持っている人間の特徴を得たいのだ。

 影村さんからすれば協力を頼んでいる謂わば弱い立場。内心、相当追い詰められているだろう。


「……話す」

「…………」


 無言のまま半身だけ影村さんへと向ける。


「…………から聞いたの」

「もっと大きく」

「くっ……!」


 影村さんは額に汗をかきながら大きな声で、


「噂で聞きました!」

「「…………はい?」」


 俺と久家は声をハモらせる。

 まさかの答えだった。


「それは……何かの暗喩か?」


 久家が恐る恐る尋ねるが羞恥で顔を真っ赤にし、うつむいている影村さんは首を横に振る。


「ま、まあ、都市伝説も七不思議も元を正せば噂に違いない! いつの間にか知れ渡っている噂であれば信用に値する!」


 さしもの久家もフォローする。

 圧を掛けたのはもちろん、そういった噂が流れていると言いづらくしたのは彼女だからだ。


「その噂は学院中で?」


 影村さんが相手なら良いかと声を出す。

 できる限り優しい口調を心掛ける。


「う、うん……あ、一年生だけ、かも」

「土岐も一年だからな。おかしくはあるまい」


 久家のチェックを経て、次の質問へ移る。


「誰か、彫像を見たって人がいるのかな」

「ううん……」

「じゃあ、土岐さんが彫像の話をしていたとか」

「多分……」


 多分かあ。

 ただ、見た人がいないのなら本人が口にした可能性はある。


「噂が本当だとすれば、七不思議に巻き込まれたから消息を経った……は厳密には違うな」

「肝試しでもしに行ったのかね」


 久家はうーんと腕を組む。


「一人で肝試しをするだろうか」

「まあ、しないか」


 やった事はないが、友達とやる事に意味がある催しなイメージがある。


「なら、何故旧校舎に? それも、顔のない彫像を思わせる何かを残して」

「……わからない」


 土岐さんもまさか本当に現れるとは思っていなかっただろうが、それはそれとして不可思議な行動を取っている。


「念のため聞くけど、同業者って事はないんだよな」

「ない……とは断言できない。何せ関わりがなかったものでね」


 苦笑する久家は影村さんを見る。

 しかし、影村さんは視線を逸らす。


「……私もあまり話した事ない。多分、見えてないと思うけど」


 あれに反応したのは私と久家だけだったしと呟く。

 あれとはと久家を見るが、苦々しい表情をしていた。


「聞かないでくれ……。思い出したくもない……」

「後にも先にもあれ以上、グロいのは見た事ないわ……」


 影村さんの言葉で事態を大体把握する。

 見た目がグロい幽霊がいたのだろう。

 この感じからして影村さんは大騒ぎし、久家も相応のダメージを負ったようだ。

 影村さんが久家の相棒ポジションでありたいのは、そこら辺もありそうだなと感じた。


「じゃあ、見えないって線で進めて良さそうだな」

「あれを素面で耐えられるのなら潔く諦めよう……。化かしあいで勝てるわけがない……」

「同感……」


 仮に消息不明を装っているとして目的が想像できないし、一般生徒と決めつけて問題はなさそうだ。


「あと、気になるのは顔のない彫像そのものの情報か」


 誰が広めたのか、広まったから当てはめられたのか、疑問は尽きないがここで考えていても答えは出ない。


「お……私が聞いた限りだと捕まったらどうなるのか、顔を見たらどうなるのかがわからない」


 俺と言いかけたのを慌てて修正する。ニヤニヤする久家を睨む。


「七不思議だとどうなっているのかな」

「私は知らない」


 それは知っている。

 だから、影村さんに向かって聞いているんだ。

 影村さんはこめかみを抑えながら、


「うーん、捕まったら終わりってのは共通しているけど、具体的な内容は結構ばらつきがあって」


 曰く、謎の空間に引きずり込まれる。

 曰く、彫像に取り込まれる。

 曰く、過去に飛ばされる。

 曰く、石になる。


「……謎の空間とか過去とか、そんな事がありえるのか?」


 具現化するにしても不可能な事はあるだろうと久家を見る。


「謎の空間、過去――もとい時間移動であれば、君でも知っている有名なものがあるぞ」

「あるのかよ……」


 全然思い当たらないのだが。


「“神隠し”」

「っ!」


 題材としてよく取り上げられるため、聞きなじみのある単語、ありすぎる単語かもしれない。

 忽然と消え去った人が、ある日突然戻ってくるなどの話は昔からある。

 その誰もが己がどこにいたのかわからないと言う。

 姿かたちも変わらず、時間に置いてけぼりにされたかのように……。


「神隠しがそれなのかはわからないがね。ある事は知っている。少なくとも久家家は実際に目の当たりした事がある」

「わ、私の家もそう伝わっているわ!」


 二人の家はその地域を治める長だとの話だ。

 ならば、あるのだろう。

 また一つ、自分が足を踏み入れた世界の深さを知る。

 怖さと同時にワクワクしてしまうのは夢見心地だからだろうか。


「……そうなると捕まったら一貫の終わりだな」

「問答無用でやられるよりはマシだがね」


 死体が見つかっていない以上、謎の空間送りにされるのが有力視される。


「影村さんの家の人は何か言ってたりする?」


 助力を仰げないか確認するが、影村さんは顔を曇らせる。


「ママもパパも見えないから……」


 お家事情には首を突っ込まない方がよかったか。


「私の親も見えないよ」


 俺も見えないけどとは口にしない。

 影村さんはパッと顔を明るくする。


「そ、そうなんだ! ……えっと、あなた名前は?」


 そういえば自己紹介をしていなかった。


「吉井」

「下の名前は?」

「えっ!?」


 久家の事は苗字で呼んでいるのに何故名前を?

 フルネームを知りたいタイプなの?

 もちろん、秀人などと言えるはずもなく悩んでいると久家が口を挟む。


秀佳ほのかだ。秀でるに桂と書いて」

「ちょっ!」


 そんな当たり前のように名前を生み出すな!

 ちゃっかり秀を入れてそれっぽくしやがって!


「秀佳ね! よろしくね、秀佳!」


 この子、俺にはぐいぐい来るな。

 それとも、これが素で久家が怖いからいけないだけなのか?


「う、うん……。よろしく、ね……」


 訂正するにしても言い訳が思いつかないので諦めて受け入れる。


「それで、どうする? 危険性は高そうだけど」

「……君は残ってくれ」

「おい」


 ここまで無理やり連れてきておいて今更何を言う。


「私に……私達に何かあったら姉上や近江に事情を伝える係がいるだろう」

「わ、私も!?」

「相棒だからな」


 いきなり相棒面してきたにも関わらず、相棒なら仕方がないわねとあっさり受け入れる影村さん。

 体よく使ってるなあ。本人が満足しているみたいだから良いけど。


「俺も行く」

「俺?」

「わ、私も行く!」


 そこもスルーしてほしかった。勢いがそがれてしまう。

 一呼吸置き、気持ちを改めて引き締める。


「どうあれ久家は行くんだろ。なら、行く」

「……先輩」

「そもそも事情なんて今ここで送っておけばいいだけだろ」


 そう言って携帯を出し、貴幸さんへとメッセージを送る。


『桜雲女学院の七不思議、“顔のない彫像”の調査に行きます。何かあったら助けてください』


 無茶ぶりにも程があるが多分大丈夫だろう。

 そも、無事に帰れば良いだけだ。


「前にも伝えたけど、望んでこちら側に足を踏み入れたんだ。誰でもない自分の意思で」

「……私はきっとそう言ってもらえると思って」


 その先は言わなくて良いと唇を人差し指で押さえる。

 きゃっと黄色い悲鳴が。影村さんだった。


「いいよ。許す」


 それにかしこまった割に何もなかったって可能性もある。


「気軽に行こうぜ。七不思議の調査とか無茶苦茶面白そうじゃん」


 あえてお気楽な口調で言ってのける。

 久家はあっけに取られるも、すぐにいつもの人を食った笑みを浮かべ、


「やっぱり君は良い人だ」


 いつも通りで、いつもと違う言い回しに思わず吹き出すのだった。



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