表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/38

顔のない彫像 1

 桜雲女学院七不思議。


 その壱、トイレの花園さん。


 その弐、ここにいる。


 その参、血をすする桜の木。


 その肆、異界エレベーター。


 その伍、一人増える資料室。


 その陸、鏡の中の銀世界。


 その漆……。


「顔のない彫像」


 久家は淡々とその名を口にする。

 夏が終わりを迎え、徐々に過ごしやすい季節になっていく中、七不思議の話になるとは。


「その名前どこかで」

「前に見せた事がある。……ほら」


 久家が一枚の紙を渡してくる。

 中身を確認すると“頭部にお皿のような物を乗せた謎の生物”の話が目に飛び込んできた。


「あーあー、これか。河童にもっていかれてすっかり忘れていたよ」

「インパクトあるからね、無理もない」


 まあなと苦笑する。

 顔のない彫像、304号室はホラーっぽさがあるため、どうしても河童の印象が強くなってしまう。

 あの時、久家はわからないと言っていたが、人狼の一件を鑑みるに河童はいてもおかしくない。


「……河童って事は相撲だよな。負けたら尻子玉を抜かれるんだっけ」


 絶対に会いたくなかった。

 もし河童関連の都市伝説があったら土下座してでも許してもらおう。心に誓う。


「興味が尽きないのは仕方がないが、今回の件では河童は関係ない」

「っと、そうだったな。顔のない彫像かあ」


 とある学校の美術室に置いてある彫像が動き出す。

 彫像は手で顔を隠しており、対象が自分を見ていない時だけ動き、近づいていく。

 概要を読む限り、だるまさんがころんだをしてくるようだ。


「ありがちっちゃありがちな怪談だな」

「見ている時は動かない系の話は数多くある。問題は瞬きはどうなのか、視界を塞ぐ手段を持っているのかだ」

「仮に瞬きする瞬間もありだとして、そんなに距離を詰められるか?」

「速度についての記載がない以上、瞬きすら致命的な恐れはある」


 可能性があるのはわかるが、それだと怪談として不適切な気がする。


「学校の七不思議なんだから、ある程度抵抗できると思うんだけど」

「むっ」

「そうじゃないと面白くないしな」


 久家は更にむむむっと唸り、一つ頷く。


「一理ある」

「だろ? 学校の七不思議は、都市伝説よりよっぽどエンタメ精神に溢れているはずだ」

「そういう物なのか?」

「主な発信者が通っている学生だからな。面白半分で広めるにせよ、あまりにも凄惨だったり、理不尽な内容だと一部にしか受けない」

「随分と詳しいな」

「うっ」


 当然と言えば当然の感想だった。

 特に俺はホラー系の話題は縁遠かったと言ってきたのだから。


「なんというか、俺の友人が発案者なんだが、学校の七不思議を作って後輩に残そうぜって話になって……」


 怖い話を聞くのではなく、作るとなったので得意ではない面子も多数参加したのだ。その一人が俺である。

 久家やその界隈の話を知った今となってはとんでもない事をしたものだと反省している。

 しかも、俺にはそれを本当にしてしまう力がある……かもしれないのに。


「……そう暗い顔をするな。作り物だと自覚しているのだから具現化はないだろう」

「でも、多くの人が“そう”だと信じたら具現化するんだろ?」


 交友関係が広い者も何人かいたため、それなりの人数に広まっているはずだ。

 死人が出るような話はほとんどないが、それでもどんな作用を引き起こすかはわからない。


「うーん、あるとしても何十年後まで受け継がれていけばレベルの話だ」

「……そうなのか?」

「桜雲女学院の歴史は長い。七不思議も聞く話によれば戦前からあったという。それでも、具現化した例はない」


 所詮は学院内で収まる話だ。不安に思う必要はない。

 久家の言葉に少しだけ気持ちが軽くなる。


「じゃあ、今回のが初って事か」

「彼女の言っていた事が本当ならな」


 ため息を吐き、面倒だと言わんばかりに髪をかく。

 どうにも、乗り気ではないようだ。珍しい。


「今回の子は前回の……森屋さんではないんだよな」

影村十紀子かげむらときこ……西の方で有名なその筋の人間だよ」


 凄い名前だなとの感想より気になるフレーズがあった。


「その筋ってのは久家の家みたいな?」


 久家は気だるげに頷く。


「“見える”人だ。あっちだと長として有名らしい。お爺様や近江も名前は知っていると言っていたからね」

「だったら、尚更信ぴょう性は高いんじゃないか?」


 一般人が勘違いしたみたいなケースではなさそうだが。

 しかし、久家は難しい顔をしたまま口を開かない。

 どうやら、思う所があるらしい。


「……仲が悪いのか?」

「うーん、悪い……悪い? 悪いでいいのだろうか……」


 とにかく、良くはないようだ。

 反応からするに久家としては、今の関係になった理由がわからないのだろう。

 パッと思いつく線としては、相手の子が久家に対してライバル意識があるとかだろうか。

 西の名門との事なので、久家家を意識していてもおかしくない。

 あまり群れないと言っていたが、あくまで久家の周りの話かもしれないし。


「どうにも、あの子が関わると面倒くさくなる傾向にあるんだよね……」


 遠い目をする久家とはこれまた珍しい。

 気が重いと項垂れている。


「じゃあ、やめておくか?」

「……君は意地悪だな」


 一応、確認しただけなのだが、久家は不満だったらしく半目で睨んでくる。

 俺としては嫌なら無理をする必要はないと思っているのだが。

 専門家である影村さんとやらがいるようだし、何より女学院となると俺は手伝えないからだ。


「放ってはおけないだろ? 影村もだが、仲良くしてくれた友人も多くいる」


 それにと久家は“顔のない彫像”について書かれた紙を指さす。


「除霊に繋がる情報がない」

「……顔を見たら良いんじゃないか?」

「馬鹿者」


 俺の意見は一蹴されてしまう。


「この手の話は“見てはいけない”のが鉄則だ」

「でも、顔を隠しているんだぞ? なのに、見たらいけないって」


 見られたくないって心理の動きだろうに。

 しかし、久家は首を横に振る。


「彫像は顔を隠し、見ていない時に動く。裏を返せば顔を見ておらず、視線を外している時に動いてくる」

「そりゃな」

「では、顔を見ている時、彫像は動けるのか、動けないのか」

「そりゃ、見てるんだから動けないはず……」

「そんな話はどこにも書いていない」


 久家の言い分に、腕を組み唸り声をあげる。


「……条件が変わるって事か?」

「違う。条件がわからない、だ」


 都市伝説もだが、中には大枠だけ決まっており、ルールとしては穴だらけな話も多いと久家は言う。

 友人らと作った七不思議を思い出す。

 確かに発案者はイメージを持っているかもしれないが、どうとでも捉えられる話は多かった。


「具現化する時、その部分はどうなるか……わかるか?」


 ルールのブラックボックスの扱いか。

 判定する者が存在しない以上、


「ないと同じだろ」

「ないとは? ペナルティがないのか、ルール無用なのか、その他に準拠するのか」

「い、いや、それは……」


 わからなかった。わかるはずがなかった。

 そのどれもがあり得る。


「わかっただろ?」


 久家が鋭い視線を向けてくる。


「何が起こるかわからない。ルールがしっかりあるようでないんだ。だからこそ、極めて厄介と言える」


 その上、こちら側の情報不足なだけでルールに補足、あるいは重要なポイントがある可能性もあると久家は語る。


「ルール違反をすれば即アウトとなれば、挽回する余地すらないんだ」

「で、でも、学校の七不思議だろ? そんな理不尽な話とか……」

「先程も言ったが、桜雲女学院の歴史は長い。価値観そのものが違う時代に放たれ、人の歩みに合わせて現代へ流れ着いた“噂”だ。私達の価値観だけで語れる話ではない」

「マジかよ……」


 ごくりと喉を鳴らす。

 歴史そのものを相手しているかのような錯覚に陥る。

 確かに久家の懸念は最もだった。


「じゃ、じゃあ、誰かに頼った方が良くないか? 貴幸さんとかはダメなのかよ」


 危険すぎるのではとその道のプロの名前を出すが、久家は渋い顔をする。


「近江は出張中だ。厄介な案件らしく、しばらく帰ってこない」

「そういえば、そんな事を言っていたな……」


 連絡先を交換したため、時折メッセージが送られてくる。

 思えば、二日前ぐらいに北の方に行くからお土産期待しておいてとか言われた。


「むっ、いつの間にそんな仲良く……」

「一方的に送ってくるんだよ」


 面倒くさい時は相槌しか打たないのだが、ピロンピロンうるさく鳴る。

 携帯越しでも軽快なトークは変わらないようだ。


「お姉さんに頼むのは?」


 次善策を提案する。

 貴幸さん曰く、久家を溺愛しているようなので頼めば力を貸してくれるだろう。

 しかし、久家の表情は晴れない。


「近江の話だが、厄介な案件だと言っただろ?」

「まさか……」


 そのまさかだと久家は言う。


「姉上も付いていってるんだ。お目付け役も兼ねてね」

「うわ……」


 なら、お姉さんも帰ってくるのは遅くなるだろう。


「他にいないのか?」

「残念ながら」


 良い所のお嬢様なのだから、もう少し頼りになる人がいてもと思うが、そもそもお爺さんは反対しているのだった。

 久家家の名前はむしろ足かせかもしれない。


「二人が帰ってくるまで待っていた方が良いんじゃないか?」

「私もそう思っているのだが、彼女がね……」


 そう言って久家は携帯の画面を見せてくる。

 名前の欄には“影村”とある。

 そこには一文だけ表示されていた。


『手を貸しなさい』


 これだけで高飛車なお嬢様が想像される。

 手を貸してもらう側の態度ではなかった。

 しかし、これだけでは切迫した事態だとは到底思えない。久家を見る。


「……彼女は事あるごとに私に絡んできてね。何があろうと絶対に手を取る事はなかった」


 そんな彼女が言い方はともかく助けを求めてきた。


「彼女も私とそう遠くない考えを持っているはずだ。つまり……」

「誰かに危険が及ぶ……」


 かもしれない、とだけ久家は口にした。

 だが、その目はある種の確信を秘めているように見える。


「兎にも角にも会ってみない事には話は進まない。今日にでも会いに行ってみるよ」

「気をつけろよ」


 久家の決意は固く、俺は無事を祈る事しかできなかった。

 だからこそ、ふと口につく。


「俺にできる事なら何でもするから」

「今、何でもと?」


 久家がニヤリと笑う。

 瞬間、己の不覚に気づき、慌てて前言撤回をしようとするが、


「では、まずは着替えてもらおうか」


 己の言葉に二言はあるまい、と先を越された俺は激しい葛藤の末に、


「…………はい」


 従うのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ