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囚われた金色 終

「…………」


 無言で目の前に置いてある熱々のハンバーグをむさぼる。


「…………」


 横に座る久家もパフェを一心不乱に食べている。


「あ、あの」


 対面に座る貴幸さんが恐る恐る声を掛けてくる。


「「……何?」」

「い、いや、少しは機嫌直してくれたかな……とか思っちゃって」


 ギロッと睨まれ、どんどん声が小さくなっていく。

 ここは某ファミリーレストラン。

 一仕事終わったし、何か食べていこうよと貴幸さんが言い出した。

 実際は、俺達の機嫌取りなのだが。


「お、桜花さん、これも美味しそうだよ」


 メニュー表にあるジェラートを久家に見せる。

 久家は一瞥し、頷く。

 すると、貴幸さんはせっせとタッチパネルで注文する。

 どうせなら、最初からタッチパネルで探せば良いのにと思うが、貴幸さん曰く、メニューはアナログにかぎるとの事。

 よくわからないこだわりだ。


「秀人君秀人君、食後のデザートは何が良い?」

「…………」


 半目で睨む。


「そ、そんな怖い顔しないでよ。ほら、僕のおごりなんだから遠慮なんかしないで食べて」


 そんな貴幸さんの言葉を無視し、ハンバーグ、お米、ポテトと順に食べる。

 ふんと鼻だけ鳴らしておくか。


「ふっ」


 久家は鼻で笑う。

 それは正直どうだろう。不満の表れになるだろうか。


「ご、ごめんって! でも、あの方法が一番確実だったんだよ!」


 館からここに来るまでの間、頑なに謝らなかった貴幸さんだったが、一向に改善しない空気に遂に諦めた。

 ……むしろ、何故言い訳すらなかったのだろうか。

 俺達があの結末に文句がないと本気で思っていたのだろうか……いや、まさかな。


「一番確実にヤレルって事?」


 久家がポツリと呟く。

 ヤレル……そう言いたくなる気持ちはわかる。

 確かに人狼は館の外に出られた。出られたが……。


「あれは、果たして出られたと言って良いのか?」

「ダメでしょ」


 久家が即答する。

 相当怒っているようで、いつもより砕けた口調だ。だからこそ、怖い。

 貴幸さんも同じ感想らしく、怖気づいている。


「で、出られはしたよ」

「落ちただけでしょ」


 あ、と久家はわざとらしく頬を人差し指で軽く押し、笑顔で、


「落とされただった」

「うぐっ」


 貴幸さんが胸を押さえ、くぐもった声をあげる。

 クリティカルヒットだったようだ。

 今日の久家は本当に怖い。

 流石に同情心が湧いてきた。


「言い分があるなら聞きますよ? 一応ですが」

「ひ、秀人君」


 目の端に涙を浮かべた貴幸さんが救世主を見るような目で見てくる。

 精々が中立ですよと少しだけ睨む。貴幸さんはこくこくと頷く。


「どうせ、煙に巻くつもりなんでしょ。いっつもそうだ。口先で誤魔化すばかり」

「お、桜花さん……」

「昔からそうだった。……遊んでくれるって約束したのに、あれこれ嘘八百並べて反故にしてきたし」

「お、桜花さん! あの時は事情があったんだよ!」

「あーあ、あの時は傷ついたなあ」


 パフェを綺麗に食べきり、スプーンをカランと切なげに響かせる。


「ジェラートのお客様」

「あ、はい!」


 タイミングよくやってきた店員さんには笑顔で応答する。

 ニコニコと人の良い笑みは、店員さんが去るとすぐに消え失せたが。


「はあ、お姉ちゃんに言うしかないかあ」

「あ、いや、それだけは……」


 女子高生感たっぷりな久家がよくわからない脅しをかける。

 貴幸さんの様子を見るに逆らえない関係なのか、それ程までに怖い人なのか。

 言いつけるだけなら先生と呼ぶお爺さんの方が良さそうだが。


「椿さんは桜花さんラブなんだよ……」


 暗い顔をした貴幸さんが教えてくれる。

 つまり、重度のシスコンだと。

 その割には自由奔放と聞いたが。


「好きな自分と好きな桜花さん、どちらも大事だって事かな」


 中々、真似できない生き方をしている人だよと付け加える。

 ふむ、イマイチどんな人かつかめない。


「優香さんにも言っておくね」

「……それだけは、どうかそれだけは」


 そして、優香さんはそれ以上に怖いと。それも頭を下げる程に。

 先生らしいが名前など知らないので誰の事かはわかっていない。

 特段、知りたいとも思っていないので構わないが。


「……はあ」


 一通り弄った事で落ち着いたのか、久家はため息を吐き、ジェラートを口に含む。

 眉の角度、表情もいつも通りに戻り、雰囲気も女子高生感から遠ざかる。


「言わない。だから、頭を上げなよ」

「お、桜花さん……」


 貴幸さんは感動にむせび泣いているが、そんなシーンだろうか。


「とにかく、説明してくれ」

「処遇はそれからだな」


 チャンスを目の前に、貴幸さんはよしと小さく気合を入れる。


「真面目な話、リスクを鑑みた場合、あれが最適解だと思っているよ」

「リスク、低いですかね?」


 結構ギリギリだったんだけど。


「そこはほら、最悪テープレコーダーを使えば逃げられるし」

「助けるためにも必要だとか言われた使い辛いったらありゃしませんよ」

「全くだ」


 久家も同意する。

 貴幸さんは苦笑しつつ、


「そこは許してほしい。元々、助けるつもりはなかったんだから」

「割に合わないから、ですか?」


 俺の問いの貴幸さんはそれもあると言い、


「何でもありなら、それこそ外から館を壊せば終わりなんだけどさ」

「み、身も蓋もない話ですね」


 囚われるもくそもなくなる。

 そもそも、舞台が壊れてしまえば成り立たなくなるのではないだろうか。


「今回みたいな館が舞台とかであれば、更地にするのだって効果的だろうね。その場合、人狼はどのタイミングで消えるかわからないけど」


 存在はしているが生きてはいないので、押しつぶされて死ぬみたいな結末はないだろうけどと語る。

 そんな結末は流石に可哀そうだ。


「そんな都市伝説なのに、わざわざ人狼と事を構える作戦は取れないよ」

「じゃあ、なんで」


 主にリスクを負ったのは俺達だが、依頼人もいる事だし、何より久家にもしもの事があれば……。貴幸さんには百害あって一利なしなのでは。


「初心にかえる……で良いのかな。二人を見てると、それも悪くないかなって」


 もちろん危ないんだけどねと困ったように微笑む。


「……前々から助けたいと言っていたのだが」


 久家は訝しげに貴幸さんを見る。

 その目は良い話っぽくするつもりなのだろうとの訴えていた。


「それは、桜花さんが一人だったからだよ」


 だが、貴幸さんからすれば明確な理由があるらしく、よどみなく理由を語る。


「わが身を顧みずに無茶をする子の背中を押すわけないだろ?」

「……馬鹿にされているような」

「し、芯があるって話だろ」


 ここは良いだろうとフォローする。

 俺も同じ立場ならいさめてしまうだろうし。


「でも、秀人君とのやり取りを見ていて、“無茶”がどれだけ心配をかけるのかわかっただろう」

「……うん」


 あれ、さらりと心配かける人間その二扱いを受けていないか?

 久家も素直に頷いているし。


「秀人君だって桜花さんが無茶しようとしたら止めるだろ?」

「それは……はい、もちろんです」

「何事もバランスなんだ。それに良いコンビってのは1+1を3にも4にもするからね」

「その結果が、窓から放り投げるだったんですね」

「ぐはっ!」


 大事なのはバランスだ。簡単には納得しないぞと釘をさしておく。

 久家もグッジョブと指を立てる。


「く、くそ、いい感じに切り抜けられるかと思ったのに……」

「久家が疑うのもわかるわ」

「こういう人なんだ」


 そう言って嘆息する。

 隙あらば誤魔化そうとするのは困りものだ。


「お爺様にも何度も怒られているというのに」


 痛い所、弱い所から目をそらすな、などと説教されていたらしい。


「先生の話はやめてくれ……。頭が痛くなる……」


 こめかみを抑えながら頼んでくる。

 恩人ではあるものの、説教されるから最近は避けているとか。


「そういえば、お爺様が言っていたな。仕事をえり好みしすぎだとか」

「……まさしく、その件でこの仕事を受けるはめになったんだよ」

「そうなんですか?」

「森屋家は今でこそ見える人は滅多に現れないけど、昔は久家家と並び立つ程に勢力が大きかったんだ。とはいえ、両家の関係は良好だった。だから、一部の歴史が失われても繋がりは失われていない。“困った事”があれば、久家を頼りなさい。それがひいお爺様の言葉だとか言っていたかな」


 ちなみに桜花さんの後輩は見えないよねと尋ねる。

 久家は見えないはずだと返す。曖昧な物言いだが、見えているかどうかなど直接聞きでもしなければわからないか。


「元々、桜雲女学院には奇妙な噂が多く。そういった物を見えるのは一種の娯楽なんだ」

「それは、また変わったご趣味で……」

「だから、見えた見えないの話はそこら中に転がっているんだよ。何が本当で何が嘘なのやら」

「僕達には中々わからない感覚だよね」


 見えないって言うのはさ、と俺にも語り掛けてくる。

 そこで気づく。もしかして、貴幸さんは俺も見える人間だと誤解していないだろうか。

 久家が話していないのなら当然していてもおかしくない勘違いだ。

 どうしたものかと迷っていると、久家がテーブルの下、俺のふとももに手を置く。

 一瞬、ドキッと心臓が跳ねるが、すぐに指が何かを書いている事に気づく。


 ――スルー。


 短く、かつわかる言葉にしたのだろう。

 つまり、話していないけど触れるな……という事だろうか。

 貴幸さんは悪い人ではないのだろうが、見えないとなると何故久家と行動を共にとの疑問が生じるだろう。

 どうしても、“力”について話す必要が出てくる。それは避けたいと久家は思っているようだ。

 ここは久家の判断に従っておく方が良いだろう。

 手を軽く叩き、わかったとの意思を伝える。


「話が脱線しているぞ。それとも逸らしたいのか?」


 話題を変えるため、久家があえて怖い口調で問いただす。

 貴幸さんは慌てて手を振り、そんなつもりはないと否定する。


「人狼の話だけど、小説の中でも、都市伝説の中でもあの窓……正面玄関の上に位置する窓は重要な場所なんだ」


 小説の中では、逢瀬がバレた人狼がお嬢様を抱えて飛び降りようとした場所であり、都市伝説の中では、命尽きるその時に重なるようにして亡くなった場所だった。


「どちらにせよ、自由への象徴があの窓だったんだ。彼が外に出るならあそこしかない」

「なら、せめて窓ぐらい開けておいてくださいよ」


 俺の言葉に貴幸さんは首を横に振る。


「開けなかったんじゃない、開かなかったんだ。……都市伝説の中に入っているからね。物理的に変な事が起きる時もある」


 戸惑う俺のために説明を付けくわえてくれる。

 そうか……。よくある扉が開かないなどの超常現象が起きる可能性があるのか。


「今回はあくまで囚われているのは人狼だからね。彼がいないフロアとかは普通に開くよ」


 納得する。


「人狼をぶつけても壊れなかったらどうするつもりだったんだ?」

「…………」


 久家の指摘に貴幸さんは目をそらす。

 どうやら、ノープランだったようだ。

 俺達の表情が再び剣呑なものへと戻っていく。


「ま、待ってくれ! さっきも言った通り、あの場所は特別だ! 勝算は高いと思っていた! 実際に勝っただろ!?」

「……ダメだった場合は?」

「素直に諦めて更地にした方が良いですよって言おうかと」

「うわっ」


 ドン引きする。


「ぼ、僕だって不本意だよ!? 久家家の名誉にも関わるし! でも、他の方法とかそれこそ“お嬢様”が必要になる……」

「本当に他に方法はなかったんですか?」

「………………」


 貴幸さんは押し黙る。これはあるなと確信する。

 無言で吐けと圧力をかけていると、貴幸さんは本当に嫌そうな顔をしながら、


「……館のどこかにある指輪、もしくは鍵を見つければ、多分何とかなる」


 小説に描かれた指輪は、実際に作者がモデルがあると公言しているとの事。

 森屋さんに聞いた所、思い当たる指輪はあるが、どこにあるかはわからないらしい。

 一方、鍵に関しては閉じ込められた男の部屋を開ける物であり、都市伝説になっている以上、具現化されているだろうと。


「……聞いた感じ安全そうですけど、なんでやらなかったんですか?」


 少なくとも人狼に追いかけられ、窓にぶん投げるよりも取るべき手段に感じる。

 貴幸さんは、視線を明後日の方向に向けたまま、


「面倒くさい……からかな?」


 こいつダメだ、早くなんとかしないと。


「あ、僕ちょっとトイレ……!」


 あまりの居心地の悪さに貴幸さんは恥も外聞もなく逃げ出す。


「ま、結果として助かったみたいだから良かった……のかな?」


 窓から落ちるより、指輪や鍵を見つけてきて欲しかっただろう。

 苦笑していると、横に座っているはずの久家がいつの間にか対面に座っていた。


「久家?」

「…………」


 久家の美しい瞳に俺の姿が映る。

 その澄ました表情の下に何を考えているのだろうか。

 意図がわからない以上、黙っているしかなかった。


「先輩」


 やがて、久家はおずおずと口を開いた。

 彼女らしくない、力のない声。なんだか笑えた。


「な、何故笑う!」


 怒らせてしまう。


「いや、殊勝な態度が似合わないなーって」

「うぐっ……た、確かに私には可愛げなどないが」


 そうはっきりと言われるととブツブツと呟く。

 どうやら、勘違いをさせてしまったようだ。


「そういう意味じゃなくてさ。久家は堂々としていてカッコいいなって話。もちろん、可愛い所だってあるよ」

「…………サラっと言うのだから、君ってやつは」


 久家の声は小さく、聞き取れなかった。

 なら、聞こえなくて良い内容なのだろう。


「今日も終わりを迎える」

「まあ、そうだな」


 話の切り出し方としては中々斬新だなと感心する。


「また一つ、彷徨える魂を救えた。君のおかげだ」

「二人で……あ、三人でか。やった事だろ? そうかしこまるなって」

「ふふっ、そうだな」


 久家は綺麗な笑みを浮かべる。


「今回は、私の未熟さ故に君を危険な目に……」

「その話はもうしただろ」


 思えば中途半端な所で話が遮られてしまったのだった。

 とはいえ、俺は好きで首を突っ込んでいる事は伝えられたはずだ。

 むしろ、久家が言うべきは“大事な”の続きだろう。

 だが、自分から言うのは何かを期待しているようで恥ずかしい。


「そうだったな……。私の優しい君」

「うっ」


 ファミリーレストランに似つかわしくない台詞を吐きやがって。

 ……場所は関係ないか。どこで言われても気恥ずかしい。


「それでも、一つ聞いておきたいんだ」

「何をだ?」


 久家は胸に手を当て、一度目を閉じる。

 そして、ゆっくりと開き、口を開く。


「私とこれからも一緒にいてくれますか?」


 揺れる瞳、震える唇、力が込められた両手。

 まるで告白みたいだなと冷静に考える事で、勘違いしそうになる心臓をいさめる。

 つまり、これからも一緒に都市伝説に、幽霊の救助に当たってくれるかとの話だ。


 全く、前々から思っていたが、久家は言葉のチョイスが微妙に下手だ。

 そのせいで無駄にドギマギするハメになる。

 まあ、そろそろ慣れてきたけどな。

 やれやれと肩をすくめ、


「当たり前だろ? これからもよろしくな」


 そう言って久家に向かって手を差し出すのだった。



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