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囚われた金色 4

『森の洋館に住むお姫様?』

『うん……』


 クラスメイトーー八木博は自信なさげに頷く。

 どうやら、本人もしっくりこないようだ。


『都市伝説って感じではないな』

『だ、だよね』


 開かずのGKの際、八木には俺達の活動を遠回しに教える事となった。

 にわかには信じ難い話だったが、“当事者”であった事もあり、すんなりと受け入れ、こうして聞いた話を持ってきてくれたのだ。

 俺のため……ではないだろう。

 頬を薄らと赤く染めた八木は、


『く、久家さんはどう思うかな』

『……喜ぶよ。まあ、都市伝説っていっても元は噂だし、これも十分有益な情報だと思う』

『よ、良かった!』

『ちゃんと、八木が教えてくれたって言っておくから』

『っ!? い、いいよ!』


 照れる八木の肩を遠慮するなと叩くのだった。


「俺の方はこんな感じで」

「ふむふむ。開かずのGKの息子さんから、ね」

「誰から聞いたってのはちょっと聞いてません」


 貴幸さんは気にしないでと手を振る。


「友人関係は何事にも変え難い。無理に情報の精査をする必要はないよ」

「はあ」


 そこまで深刻に捉えていなかったが、親しき仲にも礼儀ありって事だろうか。


「その森の洋館がここだったんだね」

「あ、違います……いえ、違わないんですけど」

「ん? どういう事だい?」


 咄嗟に否定してしまったので、即座に訂正するという妙ちくりんな事をしてしまう。

 案の定、貴幸さんは首を傾げる。


「えっと、わざわざ足を運んだのは別の要因が主でして」

「偶然にも私の方にも洋館の話が届いて」


 久家が話を継ぐ。


「桜花さんにも?」


 久家は頷き、


「この洋館は後輩の祖母の物で、最近妙な噂が立っているから調べて欲しいと」

「ま、待って! その子の苗字って……」

「釘川だ」

「やっぱり……」


 それだけで全てを理解したのか、貴幸さんは顔を覆い、ため息を吐く。


「僕の依頼者も釘川さんなんだ。多分、その子のお婆さんだね」


 これには俺も久家も驚きを隠せない。


「多分、お孫さんに話した後、僕に依頼したんだろう。でなければ、桜花さんに助けを求める必要もないし」

「確かにそうですね」

「…………」


 俺と貴幸さんは意見が合致したが、久家は納得しかねるのか渋い表情をしている。


「……なるほど、そういう事だったのか」

「そういう事とは?」


 貴幸さんが久家に聞く。

 久家は一息置き、


「調べて欲しい理由に、祖母が変な人に騙されているというのもあったんだ。彼女曰く、嘘くさい笑みを貼り付けた、口の巧みな若い男性だと」


 その特徴って……。

 チラリと貴幸さんの様子をうかがう。


「それは心配だね。そんな胡散臭そうな男、信用しちゃダメだよ」

「「…………」」


 思わず顔をガン見してしまう。

 見ると久家も全く同じ顔をしていた。


「どうしたの、そんな顔で僕を見て」

「「いや、別に」」

「いやいや、絶対に何かーー」


 そこで言葉が途切れる。というか固まる。

 そして、数秒後、


「えっ、僕の事……?」


 無言で肯定する。

 貴幸さんはがっくしと肩を落とす。


「効く……。無垢な少女の純粋な評価……」

「無垢、なんですかね」

「中学生でしょ? 無垢だよ、無垢」


 子供だとは思うが、無垢かと聞かれるとこの間まで中学生だった身としては肯定しかねる。

 ……いや、名門女学院のお嬢様だ。無垢(箱入り娘)の可能性はあるかも。


「夢を壊すようだが、女学院だからといって特別変わった事はないよ」

「「そんな……!」」


 ハモる声。花園は夢なのか。


「何故、近江まで」

「はははっ、ついね」

「全く、短期間とはいえ教鞭を振るっていたのだろう? 性質に差がない事ぐらい知っているだろうに」

「そうなんですか!?」

「ま、まあ、四年程前に仕事絡みでね」


 改めて貴幸さんの事をマジマジと観察する。

 細身だが引き締まった体、きめ細やかな白い肌、胡散臭いものの柔らかい微笑み、態度……罪を作りそうな男だった。身長も俺より(172cm)高い。170後半だろう。


「……モテましたよね?」

「ソンナ事ナイヨ」


 あまりに嘘が下手くそだった。

 先程までの口の軽さはどこへやら。


「そんな事あるだろうな」


 久家は嘆息する。


「姉上も散々女を泣かせる男だとか、罪作りな奴めなど、優香さんに至っては死ねと言っていたぞ」

「辛辣……」


 何をしたんですかと貴幸さんを見るが、濡れ衣だと否定する。


「二人共、からかって楽しんでるだけだから! 桜花さんも真に受けないで!」

「頑張る」

「あ……う、うん」


 無表情での頑張るに果たして意味があるのだろうか。

 とはいえ、否定する要素もない。結果として貴幸さんはトーンを下げるしかなかった。


「まあ、そんなわけだ。まさか、あの様な者がいるとは夢にも思わなかったよ。後輩も妙な女性が住み着いているとしか言っていなかったしね」


 ひと段落したので久家が話を戻す。

 貴幸さんも気持ちを切り替え、真面目な顔で語る。


「ここの都市伝説は複数あるからね。……いや、一つではあるのだけど、脅威となる存在を示唆する噂とそうでない噂が存在するんだ」


 脅威とはもちろん人狼の事だろう。

 八木も久家の後輩もそんな危険な存在がいるとはつゆほど思わなかったはずだ。


「金色……人狼はその名の通り人が狼と化した存在だ」

「都市伝説の具現化って、彼みたいな、その、妖みたいな存在も現れるんですね」


 真っ先に思った事を聞いてみる。

 久家は私も見たのは初めてだと話す。

 未確認生物について詳しくは知らない、教えてもらえないとの発言をしていたので当然か。


「多くは人の形をしているからね。とはいえ、厳密に言えば幽霊やらゾンビやらは在り方として生者とはまるで違う」


 見方によっては妖と人との差と変わりないかもねと微笑む。


「噂をベースにする以上、多くの人がイメージを共有出来ない存在にはなり得ない。その前提があれば、まあ何が出てきてもありかも、ぐらいには思えるんじゃないかな。人の想像力は無限大だろ?」

「……なんとなく」


 丸め込まれたような、本質を突いているような、理解できるような、理解できないような……難しい。


「ただし、巻き込まれる幽霊に関しては話は別だ」


 その言葉に久家の目つきが鋭くなる。


「元は人であった彼らが人狼など……妖のベースとされるのはとてつもない苦痛を伴う」

「くっ」


 幽霊を思い、久家が唇を噛む。

 人狼の事を考えているのだろうか。


「取り込まれる幽霊まで見える者は限られているが、幸か不幸か僕には見えてね。それはもう魂の在り方を弄られる如き形相だよ」


 正直今でも直視できないと貴幸さんは語る。


「解放された時も、やっとこさ解放されたとの思いより、何故自分がこんな目にとの思いの方が強いらしい。こちらを睨みつけてくる事もしばしばだ。苦労して助け出した挙句、悪態をつかれた気分だよ」


 そう言って肩をすくめる。

 貴幸さんの愚痴も最もだった。

 都市伝説の中には、今回のように命の危険があるものもある。

 その結果が八つ当たりでは報われない。


「まあ、そういう意味ではビジネスに徹するのが一番さ。心が摩耗しないようにね」

「…………」


 久家は複雑そうに俯く。

 彼女は、それこそ幽霊のために動こうとしている。

 その構え方は難しかった。

 ではどうするのかといえば、きっと気にせず助けようとするのだろう。


「さて、人狼も都市伝説の登場人物の一人でしかない事はわかったかな」

「はい」


 貴幸さんは、よろしいと手を叩き、


「調べに来た君たちには悪いけど、ここの都市伝説については概ね調べがついているんだ」

「そうなんですか?」

「元々、当たりはつけていたからね。あとは、裏付けとなる証拠を集めていただけ。それも、偶然秀人君を匿った部屋にあった」

「あそこに?」


 そういえば、話をしている最中、ごちゃごちゃと棚を漁ってはいた。

 救助しつつ、仕事もこなしていたのか。流石はプロ。


「館の中にあったという事は、噂の出所は関係者?」


 久家の言葉に貴幸さんはその通りと応える。


「まあ、正確にいえば使用人だった女性の“小説”だけどね」


 貴幸さんが懐から古ぼけた名札を取り出す。そこには“三谷”と書かれていた。

 次いで、鞄から一冊の本を取り出す。


「囚われた金色……」


 表紙に書かれたタイトルを読む。

 金色との言葉は貴幸さんの口から漏れ出ていた。恐らく、人狼の事を指しているのだろう。


「中身は、森の洋館に住むお嬢様と森に住む人狼との禁断の恋物語だ」


 概要だけで今回の件との類似性がわかる。


「元はネット小説だったらしいけど、人気が出て書籍化、最近では舞台にまでなったらしいよ」

「知らなかった……」


 小説も舞台もあまりたしまない。そもそも、恋愛物をあまり見ない。

 久家も同じなのだろう。

 初耳だと言わんばかりにキョトンとしている。


「でも、小説の内容が噂……都市伝説になるんですか?」


 俺の質問に貴幸さんは口を真一文字に結ぶ。


「うーん、ありえないとはもちろん言えない。だけど、よくあるとも言えない。……まあ、そんな感じ」

「わかりました」


 珍しいケースではあるのだろう。

 そのフレーズをよく聞く身としては少々辟易してしまうが。


「パッと調べてみた感じ、描写や作者のインタビューから地域を特定し、ここではないかって当たりをつけているファンはそこそこいたね。聖地巡礼……だったけ。そんな事をする人達もいたらしい」


 聖地巡礼……作品の元となった地域や建物に赴く事、だったはず。

 今回のような誰かの家となると迷惑になりそうだ。


「ただ、普通ならそれで終わるはずなのに、ファンサイトに関係者を名乗る匿名の人物が本当の話だと言い始めて……」


 人狼は醜いと捨てられ、森に住む老狼に育てられた男で、お嬢様とは洋館の持ち主……お婆さんの先祖なのだと言う。

 哀れにも森で迷子になったお嬢様を助けた心優しき男だったが、厄介な事に惚れられてしまい、何度断っても引き下がってはくれなかった。

 剛をにやしたお嬢様は、育ての親である狼を殺し、怒り狂う復讐にやってきた男を捕え、生涯愛でたと言う……。


「自害する事もできたが、僅かに残った復讐の可能性を捨てる事ができず、結局は共に命尽きたとか」


 話し終えた貴幸さんは、まあ与太話だよとバッサリ切る。


「それが、あれよあれよと広まったのか、遂に具現化してしまった。これが今回の顛末だよ」

「だから、あれほど悲しい目を……」


 改めて人狼の目を思い出す。

 悲しみの奥に燃える復讐の炎が宿っていた……気がしてくる。


「本当、困ったものだよ。せめて、気狂いなお嬢様も出てくれれば話は早かったのに」

「それは、人狼が復讐を遂げたら終わるからですか?」

「そうだよ。この都市伝説は、“なんて可哀想な人狼”というお話なんだ。彼が救われれば終わる」

「だからこそ、復讐を遂げられぬよう人狼のみが現れた」


 久家の言葉に納得する。

 可哀想な人狼であるのだから、復讐相手であるお嬢様が存在してはなるない。

 更に言えば彼は拘束などされておらず、自由でありながらも不自由を強いられていた。


「表に出てしまえば襲われる心配はない。その理由もわかっただろう?」

「はい……」


 自由とは語弊があった。

 彼の自由は館の中に限定された物であり、彼にとっては牢獄とさして変わりない。

 生き地獄とはこの事だろう。


「これは、都市伝説とは関係ないかもしれないけど、この館がまた上手くできたものでね」

「どういう事ですか?」

「秀人君、館の中を逃げている時、何か違和感はなかったかい?」


 質問したのだが、逆に聞かれてしまう。

 はてと首を捻って思い返す。

 逃げる事に必死で館の事など見ている暇はなかった。なかったが……。


「強いて言うなら、廊下がなだらかなカーブでしたね」


 廊下といえば直線で出来ているイメージだったが、カーブを描いていた。

 陸上のトラックを走っているようで、棟を移動する時だけ曲がり幅が大きかった気がする。


「そういう事か……」

「え」

「確かに都市伝説には関係ないだろうが、これはまたとんだ皮肉だな」

「でしょ?」


 久家と貴幸さんはわかり合ったように苦笑する。

 ちょ、ちょっと待ってくれ。俺は全然わかっていないんだが。

 こめかみに手をやり、必死に頭を動かすが答えが出てくる気配はなかった。


「……すみません。答えを教えてもらっても良いですか?」

「ま、まあまあ、そんなに落ち込まないで!」


 そんなに落ち込んで見えたのだろうか。

 貴幸さんが必死にあやしてくる。

 それよりも答えをと目で訴える。


「ヒントは館の構造だ。上から見る事ができたら一目瞭然だろう」


 隣にいる久家がヒントを出す。

 考えろと……。

 久家の目はスパルタお母さんのようだった。

 仕方がないので考える。

 館の構造……上から見れば一目瞭然……。

 なだらかなカーブ……円を描く……。


「……円?」

「そうだ」


 久家はうんうんと頷き、


「つまり、館の形が丸……月みたい形をしているんだ」

「人狼といえば、ほら月を見て変身ってのが定番だろ?」

「な、なるほど」


 確かに、都市伝説そのものに関わりはないかもしれないが、久家の言う通り皮肉が効いている。

 月に囚われた金色、か。


「貴幸さん、彼を救う方法はあるんですよね」


 俺の問いに貴幸さんは曖昧に微笑むのだった。

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