囚われた金色 3
「あの……」
恐る恐る手を挙げる。
「はい、秀人君」
貴幸さんは先生の如く、どうぞと質問を促す。
「今更なんですが、二人の関係について教えてもらっても良いですか?」
知り合いなのはわかっているが、実際に説明があったわけではないので認識がふわふわしている。
反省会の前に、そこら辺をはっきりとさせておきたかった。
貴幸さんは、ハッと驚き、
「ごめんごめん。そういえば言ってなかったね」
「私としては二人が当たり前のように名前で呼び合っているから、てっきり説明があったかと思っていたよ」
久家の言い分も最もだった。
そうでなければ知らないお兄さんでしかないのだから。
「一応、久家の知り合いっぽい事は聞いてたけど」
「っぽい?」
久家は訝しげに貴幸さんを見る。
彼女からしたら救助依頼をしたにもかかわらず、俺の認識が曖昧なのは理解しがたいのだろう。
「ほら、仕事柄ね。曖昧な物言いをするのは許してほしいな」
貴幸さんは苦笑しつつ、説明する。
「名前や縁というのは魂に紐づく重要なファクターだ。悟られず、誤魔化せるようにしておかないと」
「ぐっ」
俺は専門家ではないので半分もわからないが、都市伝説の中には名前などを知られるとマズイ物があるのだと悟る。
当然、久家からすれば当たり前の話なため、痛い所を突かれたと表情を歪める。
「ふふっ、そんな当たり前を忘れてしまうぐらい心配だったんだね。素直にそう言えば良いのに」
「あーあーあー聞こえなーい」
久家は、両手で耳を塞ぎながら貴幸さんの言葉をかき消さんと大きな声をあげる。
その頬が薄っすらと赤みを帯びているのはおそらく気のせいではない。
「ぷっ」
いつもは余裕しゃくしゃくな態度である久家の子供っぽい振る舞いに、思わず吹き出してしまう。
「っ!」
耳を塞いでいるはずなのに、久家は即座に気づき、睨みつけてくる。
だが、そう恥ずかしそうにされてしまうと笑いはより大きくなってしまう。
「~~~っ!」
距離を詰め、ボディにジャブを打ち込んでくる。
抗議が目的なため痛くはないが、体が揺れるせいで声も揺れてしまう。
「あ、あの、それで、どんな、関係、なんですか?」
「そうだね……」
顎に手を当て、どう説明したものかと悩む貴幸さん。
「ふむ」
俺と俺を叩く久家を見てニヤリと笑う。
あ、ふざける気だ。
「婚約者、かな」
元だけどと小声で素早く呟く。が、ちゃんと聞こえていた。
何を目的としてそう表したのかわからないが、ここは乗っておいた方が良いのだろうか。
「え、そうでなんですか!?」
「なんだか嘘くさいね……」
だって嘘なんだもの。
そもそも、婚約者など俺みたいな平民からすれば聞きなじみのない言葉。
正直な所、ピンとこないのだ。
「あれ?」
ふと気づく。
体が揺れていない――つまり、久家の攻撃が止んでいた。
どうしたのかと後ろを振り返るも久家の姿はない。
「く、久家!?」
まさか人狼に捕まったのかと慌てて貴幸さんを見る。
「あそこあそこ」
しかし、貴幸さんは落ち着いた様子でとある木を指さす。
大きな木であり、風に吹かれた葉はまるで脈打つように力強く揺れている。
「あの木が、なんですか?」
「よーく見てごらん」
貴幸さんの言葉にわけもわからず、ジッと木を見る。
すると、木の影から半身でこちらを覗いている者がいた。……久家だった。
「あれは……妖怪か何かですか?」
「木の精霊だね。日本だと古来より、見目麗しい黒髪ロングの少女と相場が決まっているんだ」
ふざけたら想像以上に貴幸さんの返しが強かった。
久家……もとい木の精霊の怒気が強まる。
「……なんか怒っていますよ」
「不躾な視線を向けているからだね。木の精霊は見て見ぬふりするものなんだよ。自然と人はそうやって調和してきた」
「…………久家、ですよね?」
あまりにスラスラと説明するものだから、ちょっとだけ本当なのかと信じる自分がいた。
「桜花さんだね」
「です、よね」
「残念そうだね」
木の精霊がいるのなら会ってみたかった。
これでも子供の頃は木登りの秀人と呼ばれたものだ。きっと相性は良いはず。
……登る子は嫌いか。
「それより、人狼は大丈夫なんですか? 玄関の前で騒いじゃってますけど」
「それこそ今更だね」
微笑む貴幸さんにすみませんと謝る。
主に俺と久家が騒いでいたからだ。貴幸さんも悪乗りしてたけど。
「そこら辺も含めて反省会だったのだけど……まずは僕と桜花さんの関係の説明が――」
貴幸さんはそこで言葉を切る。
視線の先を追うと、木の精霊と化した久家がブツブツと呪詛をまき散らしていた。
正直怖い。
「うん、桜花さんの機嫌取りが先だ」
「そうですね……」
とはいえ、どうしたものかと頭を悩ませていると貴幸さんが、
「とりあえず、俺は昔の事は全然気にしていないぞって言ってあげなよ」
「え?」
「言い始めた僕が言うのもあれだけど、本当に一瞬だけ婚約者って話が出ただけなんだ。だから、そういった関係だった事はないよ」
「はあ」
意味が分からず生返事をする。
俺のリアクションに何かを察した貴幸さんは、あれと首を捻り、
「……二人は、付き合っているんだよね?」
「は!? ち、違いますよ!」
とんでもない事を言い出したので慌てて否定する。
次いで久家の反応が気になり、視線を移すが、幸いにも聞こえていなかったようで疑わしそうにこちらを見ているだけだった。
「え? 違うの?」
貴幸さんは声を潜め、もう一度尋ねてくる。
「違います……。どこをどう見たらそう思うんですか……」
「いや、だって……」
貴幸さんは指で不貞腐れる久家を指す。
「桜花さんがあんなに喜怒哀楽を出してるからつい……」
「俺も初めて見ます」
正確には夕暮れ広場の幽霊の時、片鱗を見る事はあったが、あれとは比べ物にならない。
「あらあらまあまあ」
貴幸さんは頬に手を当て、驚いたと口を開く。
「なるほど、ね……。うん、変な事を言ってごめんね」
「いえ、わかってもらえれば良いんです」
「うん……わかった……」
遠い目をし、貴幸さんはこくこくと頷く。
何故、そんな目をするのかは俺には想像もつかなかった。
「桜花さーん、こっちおいでー」
脱力した様子で久家を呼ぶ。
あからさまな態度の変化に、久家は首を捻りながら木の影から出てくる。が、距離は開けたままだ。
「ごめんねー。お兄さんが悪かったからー」
「…………」
「無茶苦茶怪しまれてますよ」
「桜花さーん、今度また例のシュークリーム買ってくるからー」
「ふん、仕方がないな」
はやっ! とは口には出さなかった。
これ以上、揉めても仕方がないので。
とりあえず、困ったらシュークリームだと心の日記にメモる。
……例のが高級店の物とかなら潔く諦めよう。
「さて、話がそれにそれちゃったけど、俺と桜花さんは兄代わりの様なものなんだ」
正確には桜花さんのお爺様にお世話になってた関係上、面倒を見る機会があったのだと貴幸さんは話す。
「僕の家は昔々は見える一族だったようだけど、近年はめっきりそういった者は現れなくてね。家に伝わる話もおとぎ話かと思われた所に僕が生まれたんだ」
もちろん、はいそうですかと両親がなるはずもなく、子供特有の物言いだとし、相手にされなかったらしい。
「まあ、幽霊はホラー話と違って人に影響を及ぼすケースは稀だし、意思疎通ができるわけでもない。動物みたいな物だと思えば深刻になる必要もなかった」
子供心に摂理が違う事は肌で感じていたしねと続ける。
貴幸さんは……久家もどこか寂しげに微笑む。
ただ見えるだけの存在……にもかかわらず、二人にはそれ以上の存在の様だった。
「ただ、中学生の時に転機が訪れた。……いや、世界が一変する出来事をそう呼んで良いのかは微妙だね」
困ったように苦笑する。
「学校帰り、いつもの道を友人と歩いていたら“幽霊”がいたんだ。最初はちょっとした違和感だったけど、近づくにつれてその感覚はどんどん増していった」
秀人君、と貴幸さんは俺の名を呼ぶ。
「幽霊はそれでも人の形をしているんだ。中には死んだ時の悲壮な恰好をした者もいるけど、臓物が飛び出ていたりとかは余程稀だ。だけど、あれは明らかに凄惨な事故にあった死体だった。臓器が零れ、手足はあらぬ方向に折れ曲がり、頭だって背中を向いていた」
想像し、息が荒くなる。
考えただけでもおぞけが立つ。もし、会う事があれば情けなく叫び声をあげて逃げ出すだろう。
「それに気づいた時、僕は一目散に逃げだしたんだ。……友達を置いてね」
学校付近まで戻った事でようやっと落ち着き、ふと横を見ると、
「友達がいたんだ。驚いたよ。彼にも見えていたんだ」
「そ、それって……」
「そう、彼女は都市伝説の登場人物だったんだ」
そこで初めて普通の人にも見える幽霊がいると知ったという。
「まあ、まだまだわからない事だらけなんだけどね。見えない人を連れてくるわけにもいかないし」
「「っ!」」
貴幸さんの言葉に俺と久家がビクッと肩を震わす。
その様子から久家が俺について説明していない事を察する。
「二人とも、どうしたんだい? まるで隠し事をする子供のようだけど」
「……い、いえ、なんでもないです」
「それより、大事なのはその先だろう」
貴幸さんは首を傾げながら話を続ける。
「その後、彼女は定期的に帰り道に現れてね。どうしたものかと悩んでいた所に先生――久家佑蔵、桜花さんのお爺様が現れたんだ」
久家のお爺さんはここらの長らしいので、てっきり現場には出向かないと思ったが……。
「見た目、厳つい人だからある意味幽霊より怖かったよ。“坊主、見えているな”、とか言われるし」
それは怖い。
久家曰く、お爺さんは厳格な人柄に合わせたように厳つい顔の持ち主らしい。
そんな人に絡まれるとか俺なら逃げだす。
「それで、彼女は誰にでも見えるだろって返したら、そこらで蠢く幽霊がだと言われてね。あ、この人も見えるんだって」
「蠢く……」
久家はその表現に不満があるらしい。
まあ、久家は幽霊に好意的だからな。
貴幸さんも気づいたようで苦笑いを浮かべる。
「桜花さんは反対派だもんね」
「反対も何も……」
そういった次元の話ではないと久家は力なく呟く。
「あの、反対派ってのは」
「うーん、秀人君は桜花さんから幽霊について説明はどれほど受けたかな」
「ゆ、幽霊についてですか? ……都市伝説に関連する話は受けましたけど」
「なるほど、ね。まあ、桜花さんのスタンスであればそうなるか」
貴幸さんは一人納得したように頷く。
どうしたものかと後頭部をかいていると、貴幸さんはわかっているよと頷き、
「都市伝説抜きにしても、幽霊が人に害を与える事はあるんだ」
「それは……はい」
俺の悪感情に釣られて幽霊が集まってきたシーンを思い出す。
「中には強い衝動を与え、死に追いやってしまうケースもある。そして、指向性を持たす輩も存在する」
「し、指向性?」
「要は誰かを意図的に呪ういう事だ。昔と違い、手順も複雑で手間もかかるが……メリットもある」
仮に幽霊によって感情をコントロールされたとしても立証は不可能だ。
「だからこそ、そんな奴らをやっつけるのが僕らだ。……桜花さんも本当ならこの任に付きたかったんだけど」
「お爺様に反対されてな」
久家は腕を組み、ムスッとしている。不満ありありだ。
「それは、孫娘が大事だからじゃ」
「もちろん、それもあるよ。ただ、桜花さんの場合は、そもそもが向いていないというか」
「そんな事はない」
久家は反論するが力はない。
「幽霊を己が欲望のために使おうとする。絶対に許してはならないが、同時に僕達も咎を背負うんだ」
「咎、ですか」
「ああ、幽霊を使役したり……殺したりね」
「っ!」
久家が反対し、任につかせてもらえない理由がわかった。
「まあ、単純に事件そのものが減っているから将来を考えてもちょっとね」
「その分、都市伝説の事件が増えている」
久家が素早く指摘する。
貴幸さんの眼がすっと細くなる。
「この間の話だね。可能性は否定しないよ」
貴幸さんは話す。
都市伝説の具現化はまた違う意味で厄介だと。
「何せ、普通の人にも見えてしまうからね。事件が事件を呼ぶ恐れもだが、何より物理的に損害を与える事ができてしまう。もし、本当に操る事ができるのであれば盤外戦術も良い所だ」
「…………」
久家と違い、大人である貴幸さんの言葉に、俺は改めて己が持っているかもしれない力の可能性に震える。
俺一人で反則を行えるということだからだ。
心から納得しなければならないので、そう簡単な話ではないが。
「まあ、可能性の話はここまでにしておこう。……そういった理由で、桜花さんはここらの都市伝説担当になっているんだ」
「お爺様は納得していないがな」
「妥協案だよ。押さえつけても桜花さんは反発するってわかっているから。僕はフォロー役」
「むっ」
久家は不満げだが俺も納得だ。
ある程度、ガス抜きをさせておかないと何をしでかすか。
「こんな感じで先生にお世話になっている最中、桜花さんの面倒を見てたんだ」
椿さんは輪にかけて自由奔放だからねと貴幸さんは笑う。
話の流れから椿とは久家の姉だろうか。何部かすらわからない話を思うと、自由奔放と評されるのもわかる。
「自分語りの方が長くなってしまったけど、これで大丈夫かな」
「はい、十分です。ありがとうございます」
二人の気さくな関係も長年の関係あってこそ、加えて久家の立場や幽霊についても知る事ができた。
帰ってから整理しないと。今はまだ情報過多といった感じだ。
「それは良かった。じゃあ、次は君達の番だ。どうして、ここに?」
俺と久家は顔を見合わせ、どちらからともなく話始める。




