囚われた金色 2
木漏れ日が眩しく、手で防ぐ。
館の外は中とは違ってやけに明るかった。
「っ!」
急激な光量の変化で視界が一時的に見えづらくなっている中、誰かのシルエットがこちらに気づき、距離を詰めてくる。
その小さいフォルムから久家なのがわかる。他に候補もいない。
「この馬鹿者がー!」
推定久家は両手を振り上げ、襲い掛かってきた。
咄嗟にヒラリとかわす。ドリブラーの習性かもしれない。……そうでもないか。
「かわすな!」
「いや、いきなり襲い掛かってくるなよ」
やっとこさ目が光に慣れてきた。
久家の姿がはっきりと確認できる。
いつもの飄々とした有様はどこへやら、両こぶしを握り締め、表情も泣きそうなものになっていた。
「俺を置いて早く逃げろとか言った男が悪い!」
「あれは……」
館を探索している最中、不意に影が差し、部屋の奥にいる“人狼”と目が合った。
よくよく見ると悲しそうなものであったが、あの時は本能が今すぐ逃げろと叫んだのだ。
その時、久家はまだ部屋の外におり、状況的にも体力的にも久家を玄関へと追いやり、俺が囮になるのが最適解だと判断した。
とはいえ、あまりにもあまりな台詞だな。我が事ながら笑ってしまう。
「何を笑っている!?」
しまった。火に油を注いでしまったようだ。
久家は怒りが限界を突破したのか、プルプルと震えだす。
「あーあ、心配してくれる人の前で笑うのはダメだよ」
遅れて出てきた貴幸さんが笑いながら指摘してくる。
「あ、いや、久家を笑ったわけじゃ」
「その言い分は心配に対する言葉があってこそだよね」
「うぐっ」
返す言葉をございませんと頭を下げる。相手が違うよねと言われてしまう。
「それはそれとして死亡フラグはやめなさい。この界隈、洒落にならないから」
面白かったけどねと最後に付け足す。
俺ははいと項垂れ、今も尚不満げな久家へと向き直る。
「あー、その……心配かけてごめん」
「…………」
ちゃんと謝ったのに久家は機嫌を直してくれない。それ所か視線の温度が更に下がったのだが。
貴幸さんに助け舟を求める。
「どうやら、桜花さんが求めているのは謝罪じゃないみたいだね」
考えてみようと満面の笑みで促してくる。
この人、答えがわかっていて楽しんでいるな。
若人を助けてくれよと目で訴えるが、両手を開き、何のことやらと誤魔化されてしまう。
「ぐぬぬ」
再び、久家の様子をうかがう。
オーラが立ち上り、ゴゴゴゴなどと本来聞こえないはずのSEが聞こえるようだ。
大層お怒りの様子。では、何故彼女はこれ程までに怒っているのか。
まず初めに俺は謝った。
心配をかけてしまった事を真摯に……とにかく謝った。
なら、謝罪が目的ではなかったという事になる、なるはず。
謝罪ではない……なら、逆に感謝とか?
「あ、ありがとう、心配してくれて」
「は?」
底冷えする程、冷たい声だった。
ドスが効いているともいう。
どうにも、感謝は最大級の地雷だったらしい。
久家の怒りのボルテージもだが、後ろにいる貴幸さんから漏れ出る笑い声が聞こえてくるからだ。
必死に押し殺しているが、尚も止まらないと言わんばかりに細切れな呼吸だった。
ちょっとイラっとする。
さて、振り出しに戻ってしまった。……対して考えていないが。
謝罪、感謝もダメとくれば、残っているのは……。
「残っているのは……何だ?」
何も思い浮かばなかった。
一体全体、久家は何を求めているのだろうか。
久家だけならまだしも、貴幸さんもわかっている様子なのでおかしいのは俺になる。
「く、くくくっ」
貴幸さんは抑えるのも限界なのか、いよいよ本格的に笑いだす。
一方、久家は、
「はあ」
これ見よがしにため息を吐く。
そして、苦笑いを浮かべると、
「君はどうにも一筋縄ではいかないようだ」
そう言い、やれやれと頭を左右にゆっくりと振る。
もしかして、呆れられているのだろうか。
「はははっ、やっぱり秀人君は面白いなあ」
音もなく横に現れた貴幸さんは俺の肩に手を置き、久家に向かって、
「僕にくれないかな」
「おい」
そんな物みたいな。
「私のだ」
「おい」
即答する久家にもきっちりとツッコミを入れる。
物扱いはやめなさい。
「冗談はさておき」
冗談だったのかよ……。
二人とも本気かどうかわかり辛いから困る。
「私が何故機嫌を直さなかっただが……」
何故か、そこで言葉を切る。
腕を組み、目をつぶったまま数秒程考え込んだ後、ポツリと呟いた。
「これでは、まるで私が拗ねていただけのような……」
不服そうにされても困るのだが。
再び、貴幸さんは爆笑する。
「やっぱり、桜花さんも面白いなあ」
似た者扱いされるの心外なのですがとは口に出すまい。
察しの悪い身なれど、流石にこれぐらいはわかる。
「久家は察しの悪い俺に教えてくれてるだけだから」
「その通りだ」
ぐっと歯を食いしばる。
これ以上、話が脱線するのもあれだ。
「仕方がないな。本当なら己で気づいてほしかったのだが、今回は特別に教えてあげよう」
「あ、ありがとう」
引きつるな俺の表情筋。
幸いな事に、久家はご満悦なのか全く気付いている様子はない。
「まず初めにありがとう!」
久家はビシッと人差し指を向け、感謝の言葉を述べる。
「ど、どういたしまして?」
説教かと思いきや、予想外の始まりに困惑する。
「そして、この馬鹿者が!」
「ご、ごめん」
やはり、怒られるようだ。
流れ的にこちらの方が安心する。
「夕暮れ広場の幽霊の時もそうだったが、君は軽はずみに自分の身を危険に晒す!」
「いや……」
とっさに言い訳が口をつくが、一睨みされ、すぐに噤む。
「思い出したらまた腹が立ってきた。君はやむを得ない事態だったというだろうが、少なくとも前回のはただただ私の指示を無視しただけだ」
「返す言葉もございません……」
夕暮れ広場の幽霊は確かに直感で行動した。
事情に詳しい人物の指示を無視するなど怒られても仕方あるまい。
しかし、今回は――。
「今回は違う。そう思ったな?」
「どきっ!」
「あら、古典的な」
俺のリアクションに貴幸さんが嬉しそうに相槌を打つ。
「だからこその感謝だ! 君のおかげで私はこの通り無傷だ! 走る必要もなく、息の一つも乱れていない!」
「……なら、良いのでは?」
「よくなーい!」
久家、噴火。
「全て結果論だろうが!? もし、君の身に何かあったらどうするつもりだったんだ! 親御さんには私が謝るのか!?」
そうは言われても……。
「危ない事に首を突っ込んでいる自覚はあるよ。もちろん、想定が甘かったのはわかっている。……あと、久家がわざわざ俺の親に謝る必要はないだろ」
両親も久家が頭を下げにきても困るだけだろう。
「そもそも、久家は俺の両親と面識ないだろ?」
「あっ」
貴幸さんの焦った声と久家の眼が座るのは同時だった。
「…………とりあえず、この件が終わったらご両親に挨拶に伺おう」
「え!? それはちょっと……」
いきなり久家みたいな子が挨拶に来るのも同じぐらい困る。
いや、母さんは喜ぶかもしれないが、親父は戸惑うだろうし、俺は居心地が悪い。
だが、額に青筋を浮かべた久家は笑顔で決定事項だと言い張る。
「話を本題に戻そう」
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
「君の事だ。体が勝手に反応したのだろう」
久家の中では完結してしまったようだ。
きっと、どれだけ言葉を尽くしても変える事はできないのだろう。
とりあえず、さりげなく決行日を聞き出し、その日は剛の家にでも止まるか。
「だが! だがしかしだ! 都市伝説は往々にして複数で対処した方が良い!」
「まあ、それは」
話によっては一人では除霊不可の可能性もあるし。
「だからこそ、安易に自分を囮にするのはやめたまえ!」
「あ、はい」
「ぐぬぬぬっ」
素直に受け止めたのに久家は不満そうだった。
今日の久家はいつもと様子が違うが、いつも通り何を考えているかがわからない。
「はいはい」
嚙み合わぬ俺達に業を煮やしたのか、貴幸さんは苦笑いを浮かべ、口を挟んできた。
「流石に感情的すぎて伝わっていないよ」
「くっ」
貴幸さんの指摘に久家が悔しそうに唇をかむ。
「そして、君は鈍感すぎだね」
「はあ」
鈍感なのは薄々察していたが、今回に限っては久家の伝え方の問題かと思っていた。
貴幸さんは俺の生返事に、ますます苦笑いを深め、
「どうしたものか……。とりあえず、桜花さんが君をとっても心配していた事はわかっているよね」
「と、とっても? ……まあ、なんとなく」
なんとなくに反応する久家を貴幸さんが制する。
「そういえば、秀人君は桜花さんの事、どれだけ知っているのかな」
「久家の事ですか?」
はてと考え、久家へと視線を送る。
「……全然、知らないですね」
「は、ははは」
ドン引かせてしまった。
「これでも、桜花さんは文武両道なスーパーガールなんだよ」
これでも?
久家も不満があったのか、貴幸さんの背中に圧をかけている。
「と、とにかく、関わってきた都市伝説も一つや二つではなくて、その中には危険な物も少なくなかった」
「そう、なんですか」
大人びた雰囲気で忘れがちになるが、彼女は高校一年生。
生まれつき見える事も考えると、俺なんかが想像できない程、様々な経験を積んできたのだろう。
「だからこそ、君のこちらの世界で連れまわしている責任を感じているんだ……あれでもね」
「……それは感じていますよ」
部室でのやり取りを思い出し、はっきりと返す。
貴幸さんは一瞬意外そうな表情をするも、すぐに満面の笑みを浮かべる。
「なら、話は簡単だ。だからこそ、桜花さんは君が自分をかばって、危険な目にあったのが許せない」
もちろん自分への怒りや都市伝説への感情も持っているよと補足する。
「それに彼女はそういった扱いに疎外感を覚える。足手まとい扱いされた、みたいなね」
「そ、そんな事はないですよ!」
「わかっているよ。でも、感情というのは一筋縄ではいかないんだ」
久家を見る。
自分の感情を解説され、居心地が悪そうにしていた彼女は俺と目が合うとバッと顔をそらす。
「でも、この世界にいる以上、秀人君の在り方が非常に危険だ」
貴幸さんはそう言って笑みを消す。
「誰かを守りながら不意の危険に対処する。……理想的だが自殺行為だ。事実、僕がいなかったらどうなっていた事か」
――そして、君を守るために追ってきた彼女も、ね。
「っ!」
「わかったかい? 相手の性質や挙動に合わせたり、信頼関係の元に一時的に囮を買って出るのは構わない。が、とっさの行為としては零点だ」
心意気は素晴らしいけどねとのフォローは耳に入らない。
油断していたと反省していた、つもりだった。だが、根本的に見誤っていた。
「性質上、どうしても準備万端とはいかない。だからこそ、本当の意味での信頼関係が必要なんだ」
「……はい」
「桜花さんが怒っているのは、結局の所、“囚われのお姫様”扱いをされたから。でも、それは……」
「……二人が無事でいるため」
「よくできました」
そう言って頭を撫でてくれる。
ふと見ると、何故か俺と同じように項垂れている久家の頭も撫でていた。
「なーんて、説教しちゃったけど二人とも無事だったからオールオッケー」
「そ、それは結果論って話じゃ」
いきなりひょうきん者を演じ始めた貴幸さんに戸惑いを隠せない。
「いいのいいの。取り返しのつかない事態にならなかったんだから、反省はしても落ち込む必要はないよ」
貴幸さんの言い分に首をひねっていると、手を叩き、俺達の注目を集める。
「はーい、それでは反省会を始めます」




