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開かずのGK 終

 死の淵からの帰還。

 地元のヒーローが一年近くもの間“意識不明”であった事に多くの人がショックを受けた。

 一部ファンからは失踪を疑われていたが、親族の意向もあり、伏せていたのだという。

 久方ぶりに開いた新聞紙(地方紙)に書かれていた内容に衝撃を受けた。

 親族の意向もなにも息子である八木は知らなかったではないか。

 ……この疑問は当の本人から説明があった。


『母さんが隠していたみたい。その方が良いはずだって』


 何故、意識不明になったかについては実の所、誰にもわからないらしい。

 当人の回復待ちとの事。

 発見したのは知り合いの記者であり、約束していた時間になっても来なかったため、探しに行った所、倒れている八木博信を発見した。

 その後、病院へ運び込まれるも、命に別状はないとの診断が下る。

 だが、寝てど暮らせど目覚める気配はなかった。


「……何で八木に言わなかったんだろうな」


 部室の机に上半身を預けながら誰に言うでもなく呟く。

 すると、部屋にいるもう一人が反応する。


「さあな。人様の家庭の話だ。素直に告げるのをためらう予兆があったのかもしれない」


 ハタマタ母君も目をそらしたかったからかもしれないと久家は言う。


「なのかな?」

「わかるはずもない。人は感情で動く事も多い生き物だ。憶測で行動に理由を当てはめても答えにはならないさ」

「まあな……」

「とはいえ、感情的にしろ、合理的にしろ、物事の流れに意味を求めるのもまた人だ」

「どっちだよ」


 苦笑すると久家は両方だと自信満々に言う。


「まあ、私が気になるのは母君の行動ではなく……」

「何故、倒れたのかって事か?」


 久家は頷く。


「言い訳をさせてもらうと、作為的なものを感じざるを得ない背景がある」

「…………」


 ゾクリと背筋に冷たいものが走る。

 事故でも不幸でもなく、事件だと彼女は言いたいのだ。


「そう怖い顔をするな。私の思い過ごしの可能性の方が高い」

「……でも、そう考える理由があるんだろ?」


 久家はすぐには答えず、間を開け、ゆっくりと語り始める。


「この程度の噂が都市伝説をなり、具現化するのは極めて稀だ」

「言っていたな」


 感覚として理解できる。

 論理的にもストーリー性や恐怖度が足りないのではとの久家の言い分に納得している。


「これに関しては前にも言ったが、定量化できているわけでもない事柄だ。全ては私が“そう思う”にすぎない」

「それで?」


 前置きはいいからと促す。

 久家はふっと口角を上げる。


「いやなに、意図的に事件を起こし、噂を広めた人物がいるのではないかと思ってな」


 嫌でもその可能性に到達する。

 だが、だとしたら相手は、


「ああ。私と同類だということになる」


 口にはしていなかったが、こちらの言いたい事を察した久家は肯定する。


「一般的な理を越えた事象だ。害も出る。当然ながら、このような試みは腐るほど事例がある」


 何せ金になるからなと久家は続ける。

 特別な素質、秘密裏にある知識、商売に繋げる者は当然いるだろう。


「近年は科学振興が強くなってきたため、規模は年々縮小されているのだが、だからこそ一部界隈で強い力を有している」

「統括する組織みたいのはないのか?」

「ない」


 久家はキッパリと否定した。


「直接的に除霊する力を持つわけではない以上、力とは知識とイコールだ。地域地域に長はいれど、全体を統括する組織は作れまい」


 それもまた近年では結びつきは弱くなっていると久家は寂しそうに話す。

 一般的な話でもご近所付き合いはめっきりなくなったと言われる。時代の流れなのだろう。


「一方でネットの発達で、今までにない噂の広まり方、都市伝説への昇華、そして具現化と右肩下がりだった発生数は増えている……とされている」


 どうやら、久家の祖父がここらを纏める長であり、未だ親交を保っている他の長達も発生数が増えていると語っているらしい。


「匿名による、真偽不明の噂……人工による都市伝説の具現化は新しい形を迎えた。少なくとも否定する材料はない」

「……それってマズイんじゃ」


 久家は両手を上げ、ヘラヘラと笑う。


「仮に成功率一割以下だとしても、数を打つのに大した対価は必要ないのだから脅威に違いない。正直いってお手上げだね。失敗する事を祈るだけだ」

「マジかよ……」


 万が一、悪意を持った人間が方法を確立させてしまったら……考えたくもない。


「人が操られる話もあれば、幽霊が人を襲う話もある。都市伝説として突飛のない話である限り、悪逆の限りを尽くす事だってできる」

「何とかならないのか?」


 余程、深刻そうな顔をしていたのだろう。久家は落ち着けとなだめてくる。


「あくまで、可能性であり、その中でも最悪に近いケースの話だ。それでも方法の確立といった難題がある。そう肩に力を入れないでくれ」

「それは、そうだけど……」


 久家にとっては多くある都市伝説の一つに過ぎないのだろうが、俺にとっては今回の件は二例目だ。

 この早さで不自然な具現化を目の当たりにすると、久家の言っている最悪は存外遠くないように感じてしまう。


「ふふっ、対抗策に心当たりがない事もない」

「っ!」


 じゃあ、さっきの思わせぶりの会話はなんだったんだよと非難しようとしたが、すぐに嫌な予感がし、黙り込む。


「察しが良いね」

「やめろ……」

「万事解決の策にはならないが、抑止力になり得る存在ではある」

「やめてくれ……」

「君の力が本物ならの話だが」

「うぐっ」


 肘を机につき、手のひらに頬を乗せ、若干傾いた顔は俺を見上げる形になっていた。


「何だったら、抑止力どころか彼らは失敗だと錯覚するかもしれない。全くもって挙動が安定しないとね」

「そりゃそうでしょうけど……」


 設定した都市伝説から離れれば離れる程、目論見の失敗を意味する。


「性質上、誰にも知られないで話を進める事はできない。ならば、片っ端から都市伝説を改変させてしまえば良い」

「……仮にやれるとして、俺の負担が尋常にない気がするんだけど」

「安心してくれ。その時は私が一生面倒を見る心づもりだ」


 解決策なのかそれはとの疑問の前に、一生面倒を見るとの文言にドキッとしてしまう。

 こいつは、前もそうだがサラっと変な言い回しをする。

 良いとこのお嬢さんで、容姿端麗な身である事を自覚してほしい。


「ま、力があるかどうかもわからないけどな」

「その話だが、今回の件……」


 言わんとしている事を察し、首を横に振る。


「俺は息子の声援が欲しいんだな、とか欠片も思っていなかった。あれは最初から“そういう”都市伝説だったんだろうさ」

「……それはまたハートフルな都市伝説ではないか」


 疑念がありありと伝わる様子だった。

 さもありなん。


「そういう意味では力の有無の検証にはならなかったな。そもそも、俺が納得しないといけないってのがなあ」


 椅子の背もたれに体重をかけ、天井を見上げる。

 無機質な白い屋根は薄っすらと汚れていた。


「使い勝手悪いよな、やっぱ。解決策……対抗策? になるのかよ」

「君は頑固だからな。苦心するはめにはなるだろうね」

「ほらみろ」


 視線を戻し、目を細め、胡散臭そうに久家を見る。


「調子の良い事を言ってた割には、そう簡単にはいかなさそうじゃないか」

「おやおや、どうやら先輩からの信頼度は大層低そうだ」

「胸に手を当てて考えてみな」

「…………ふむ、信頼を積み重ねていった過去しか思い出せない」

「改ざん甚だしいな!」

「でも、一緒にサッカーボールを蹴ったではないか」


 久家の言葉に思わず固まる。

 確かに、今回は結果だけ見ると遊んでるだけのシーンも多かったか。

 PK戦の時は応援してくれたし、


「……確かに、ちょっとは打ち解けたかもしれないか」

「まだちょっとなのか」


 苦笑する久家にへっと鼻で笑う。


「隠し事しているからだよ」

「隠し事?」


 キョトンとする久家は、数秒程考えた後、


「色々とあるが……どれの事だ?」

「おい!」


 そんな悪びれもせず、堂々と言うなや。


「いやいや、秘密の一つや二つ誰にでもある事だろう?」


 君だって、隠し立てした事ぐらいあるはずだと返される。

 言葉に詰まる。

 当然だ。久家に限らず墓場まで持っていく秘密ぐらい俺にだってある。


「って、そんな普遍的な話じゃなくて!」

「では?」

「……八木のお父さんが生きていたの知っていただろう」


 意図したわけではないが、話をする前に久家はニュースを見ていない事が確認できた。

 にもかかわらず、久家は意識不明だった事、意識を取り戻した事を伝えても特段反応を見せなかったのだ。

 驚く必要がない。想定内の出来事だった。

 久家は流すかもしれないが、その場合は俺の久家への信頼度は底辺まで下がるだろう。


「なるほど、その話か」


 しかし、俺の覚悟とは裏腹に久家の様子はあっさりとしていた。


「まあ、確かに見えていないのだろうなと思ったが、どうしても当たり前すぎて伝えるのを忘れてしまう」


 見えていない、当たり前、その言葉の並びから一つの可能性に至る。


「いたのか? 八木博信の幽霊が」


 久家は断言はできないと前置きをし、


「あのGKが老けた様な男の幽霊が飛んでいくのを見た」

「絶対、それじゃん!」


 前置きは何だったのか。


「仕方がないだろう。私は八木博信の顔を知らないんだ。多分としか言いようがない」


 何も間違った事は言っていないが、反論したくなるのは何故だろう。

 ……まあ、いいか。


「じゃあ、お父さんが目を覚まさなかったのは幽霊にされていた……からで良いのか?」


 魂を囚われていたなどの言い回しの方がしっくりくるが。


「幽霊にも種類はあって、あれは生霊の類なのだろう。感覚の話で悪いが、生霊の方が生命力に溢れて見える事が多い」

「それがあったか」


 生霊と考えれば幾分収まりが良い。


「だが、生霊だったために目覚めなかったのは恐らく違う」

「え」

「空白期間が存在するだろ? 都市伝説が具現化するまでの間、ずっと生霊として彷徨っていたのだろうか」

「……確かに」


 俺にとっては短期間の事だが、事柄そのものは一年近く前に起きたのだ。


「経験上、生霊が長い間、漂っている事はない」

「レアケースってわけか……」

「そうなる」


 俺も久家も納得していないのがありありと見て取れた。

 当然だろう。今回の都市伝説は、レアケースが偶然にも被って起きた事になるからだ。


「きな臭いな……」

「どうあれ、今の私達に取れる手立てはない」


 そう言って久家は携帯を開く。

 信頼できる知り合いに情報を共有するとの事だ。


「…………吉井先輩」


 メッセージを送り終えた後、久家がポツリと呟く。

 どうにも、彼女に先輩呼びされるのはむず痒い。


「な、なんだよ」


 そのせいでどもってしまう。

 からかわれる、と思ったが久家は気づいていない様子だった。


「いや、なんでもない」

「な、なんだよ。気になるじゃないか」


 往々にして言葉を飲み込んだだけなのだ。

 もやもやするから話せと催促すると、久家は曖昧に微笑み、


「君は良い男だな」


 煙に巻くのだった。



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