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開かずのGK 10

 深夜、俺と久家は新たな目撃情報があったサッカー場へと赴いていた。

 結局、八木からあれ以上の話は聞けなかった。

 “開かずのGK”が誰かの命を脅かすものであればまだしも、そのような事例がない中、土足で踏み込む事はできなかったからだ。

 約束通り、久家にも何も言っていない。そもそも、八木の事を話していないので伝える義務もないのだが。


「ここか」

「前回の場所と比べると随分と寂しいな」


 腕を組み、どこか残念そうに久家は呟く。

 確かに、整備されていた河川敷のサッカー場と比べれば遠目でも凹凸などが目に付く。

 土のグラウンドはよくあれど、穴が多いのは整備がされていない証だ。

 とはいえ、見た所、自由解放されている公園に近いので贅沢は言えない。


「こんなものだよ。ゴールがあるだけ立派なもんだ」

「そうなのか?」

「小学生ならこれでもテンション上げてボールを蹴るぜ」


 家の近くの公園は軒並みボール禁止であり、当然ながらゴールもなかった。


「子供は偉大だな」

「そんな年寄りみたいな」


 久家は自分より若い世代に対し、微笑ましく感じるのに歳は関係ないと力説する。


「ただ、仮に八木博信がモチーフなら土のグラウンドに現れるかな?」

「ふむ……」

「プロは基本的に芝なはずだし、噂を広めた人達も当然知っていると思うんだよな」

「君の疑問も最もだ。だが、そのような情報がどこまで適用されるのか、正直わからないんだ」


 噂が噂を呼び、縁もゆかりもない土地に現れたりなどなと例をあげる。

 言われてみれば、広まった経緯を把握していない以上、どのような尾びれ背びれが付いているかわからない。 


「それを抜きにしてもPK勝負を求めるといった目的を満たすのなら、細かい部分は無視されてもおかしくない」

「……まあ、芝だ土だの前に、プロの選手がそこらのグラウンドに現れるのかって話か」

「そういう事だ」


 都市伝説の内容に関わる部分以外は意外と曖昧らしい。

 思い込み厳禁という事か。

 どうにも柔軟性に欠けるタイプなので自信がない。


「今でこそ、ここらで目撃情報が集中しているが、一度枠を越えるとあっという間だ。いちいち現場を調べに行く事もできなくなる」


 人伝いに広まっていくのはもちろん、昨今ではインターネットを経由するケースも存在して厄介だと久家は言う。


「都市伝説は複数の箇所で同時に現れるって事はないのか?」

「……あるかないかで言えばある。ただ、全く同じものではない」


 あるが同じではない?

 もっとわかりやすく教えてくれと注文をつける。

 久家は人差し指を立て、


「そもそも、都市伝説は元となった幽霊――存在に拘りはない」

「適合する要素があれば良いんだもんな」


 それもどの程度なのかは、計りようがないがなと呟き、


「各地に適合する幽霊などがいるのであれば、複数の同一の都市伝説が現れてもおかしくはない。中身次第ではあるがね」

「なるほど」


 顎に手を当て、一つ一つ整理しながら頷く。


「どうしても幅がある故に、これだというマニュアルがないのが頭の痛い所だ」


 そう言って久家は苦笑する。

 多くの事柄がそうかもしれない。

 サッカーも戦術があり、多くのケースを想定しながら練習をするが、試合中に綺麗に当てはまる事は少ない。

 都市伝説とは違い、自分らから仕掛けるケースがあるだけマシだが。受け身の難しさというやつか。


「……誰もいないな」


 グラウンドには開かずのGKどころか誰もいなかった。

 河川敷のサッカー場は、線路が傍にある事もあり、深夜でありながらも比較的明るく、遠くから人の声も聞こえてきた。

 だが、ここは住宅地の一角にある事もあり、周囲には静寂が漂っており、ある種の切なさは胸中を襲う。


「人のいないには現れないよな」

「どうだろうな。人がいなければ目撃情報が上がらないだけで、ただひたすら佇んでいる可能性もある」

「それはちょっと……」


 悲しいな。

 最後まで口にする事はなかった。何故なら、背後から足音が聞こえてきたからだ。

 ビクッと慌てて振り返る。

 俺はまだしも横にいる久家はどうみても未成年だ。もし、警察や見回りの人なら面倒くさい事になる。

 だが、俺の心配は杞憂に終わり、けれど驚きに目を見開く事に……。


「八木?」

「吉井君?」


 グラウンドに足を踏み入れてきたのは八木博信の一人息子、八木博だった。

 掃除の時間は最終的に和やかな雰囲気で終わったものの、八木の見せた激情などは彼の心境を語っていた。

 何故、彼がここに……。


「……知り合いですか?」


 苗字が同じ事に気づいたのだろう。

 だが、俺の反応を察し、気楽な様子で聞いてくる。


「あ、ああ。クラスメイトだよ。まさか、こんな所で会うなんてって驚いてしまった」

「ぼ、僕もだよ」


 八木は愛想笑いをする。

 恐らく、八木は俺達の目的をわかっているが、俺の言葉を信じて知らないふりをしているのだろう。

 実際、久家は察してはいるだろうが何も知らない。


「あ、紹介するよ。こいつは後輩の久家桜花」

「久家桜花です」

「く、久家、さん……。あっ! よ、吉井君のクラスメイトの八木って言います……!」

「八木先輩ですね。どうぞ、久家とお呼びください」

「は、はい! ……あ、う、うん!」


 眩い笑みを浮かべ、優雅に一礼する姿はおしとやかなお嬢様そのものだった。

 俺からすれば違和感が強く、苦笑いするしかないのだが、八木は頬を薄く染め、慌てて頭を下げる。

 外見からすれば違和感どころか、非常にマッチしており、かつそう目にする事はない品のある美しい女性だ。八木の反応も自然と言えよう。


「ふふっ、印象は良いに越した事はないからね」

「怖いよ……」


 土井先輩の時は、繕っても仕方がないと思ったようでいつもの調子で対応していたが、こちらの方が効くと判断した時の久家はこうなるらしい。

 そういえば、元々お嬢様学校に通っていたのだ。虫も殺せる子を演じるのは朝飯前なのかもしれない。


「俺達はオカルト研究部の活動で実地調査に来たんだけど……」


 チラッと久家を見てから八木にアイコンタクトを送る。

 嫌なら無理して言わなくて良いぞとの思いを込めたのだが、八木はすっかり久家への警戒を解いたようで小刻みに頷き、


「そ、そうなんだ。僕も似た感じかな」 

「似た……という事は八木先輩も都市伝説を?」


 目をキラキラとさせ、同志を発見したかのように声を弾ませる。演技力高いなあ。

 八木はどうするのだろうを様子をうかがう。


「そ、そうなんだけど、二人とは目的が違って……」


 申し訳なさそうに後頭部をかきながら、ごにょごにょと言葉を濁す。

 どうやら、誰かさんと違って嘘をつくのは得意ではないようだ。


「え、えっと、吉井君から聞いて、ないのかな」

「吉井先輩からですか? いえ、何も聞いておりませんが」


 とぼけた演技もお手の物だ。……実際、聞いていないのだが。


「そ、そっか。ありがとう……」

「いやいや、約束がなくても言わないのが当然だから」

「ふふっ、吉井先輩は良いお方ですから」

「か、からかうなよな」


 良い男のおしとやか版がきた。

 普通の事をして褒められても居心地が悪いだけなのでやめて欲しい。


「ぼ、僕もそう思うよ」

「八木まで……!」

「八木先輩もですか? 気が合いますね」


 気が合うとの言葉に再び頬を染める八木。もう完全に骨抜きであった。


「あ、え、えっと、僕は、その、噂を広めた奴……人が来るんじゃないかなって思って」

「“開かずのGK”のですか?」


 久家の問いに八木は頷き、多分それ父さんの事だからと小さな声で告げる。


「八木先輩の、お父さん……」

「た、多分だけどね。身長とか服装とか……聞いた感じだと父さんっぽくて」

「聞いたって……」


 八木のリアクションから“開かずのGK”について知ったのは今日だろう。

 そこから短時間で俺達の知らない服装まで……。


「あ、そういうのを良く知っている知り合いがいて」


 一瞬、剛の事かと思ったが、服装の情報が入ったのなら俺に言わないわけがない。

 だとすれば……思いつくのは、お父さん関係の人だ。

 サッカー選手の知り合いであれば記者など本格的な人がいてもおかしくない。

 何にせよ、突っ込んで聞く事でもないか。


「その人も父さんを元にした噂っぽいって言ってて……」

「だから、噂を流した人を探しに?」


 八木はこくこくと小刻みに頭を縦に振る。


「興味本位で首を突っ込んいる私が言うのもおこがましいですが……それは、安易に噂を流した人を糾弾するため、ですか?」

「く、久家さん……く、久家は、吉井君も何も悪くないから……! ぼ、僕だってホラーゲームとか好きだし……」

「お気遣いありがとうございます。八木先輩はお優しいのですね」


 正に聖女の微笑み。後光がさしている。

 そんな久家に熱い視線を送る八木と、冷めた目で見る俺、対照的であった。


「表情が硬いですよ、吉井せ、ん、ぱ、い」

「…………これが地なもので」


 表情を固定したまま、八木に聞こえない音量で語りかけるとか高度なテクニックを披露する久家。


「噂を流した人は許せないよ……。でも、探しているのは糾弾するためなんかじゃなくて……」


 俺と久家は顔を見合わせる。

 どうやら、何か事情があるようだ。

 無理やり聞き出す事はできないので、黙って八木の言葉を待つ。


「……その、父さんは、いなくなったんだ。一年前に、忽然と……」

「「っ!」」


 目を見開く。

 確かに、都市伝説と化した時点で不幸があった可能性は脳裏をよぎった。

 けれど、まさか失踪だなんて……。


「それって引退してから……」


 八木の怨嗟からしてと口をつく。

 が、八木は曖昧に首を横に振る。


「引退してから一年近くは経っていたから……。直接的な原因ではないと、思う」


 もちろん、時間が経った事で改めて思いが昂る事はある。

 だが、八木の言う通り、キッカケだとは考えづらかった。


「あの、失踪届の方は……」


 八木は今度ははっきりと首を横に振る。


「母さんが出す必要はないって……。下手に騒ぎが大きくなったら帰ってきづらくなるから……」


 長らくプロの世界で活躍していたお方だ。

 警察が動く事態になったら記事になる可能性は高かった。


「最初は心配だったけど、事件とか事故に巻き込まれたのなら連絡が来るだろうし……」


 見つからない場所にいる可能性もあるが、自らの意思で失踪したとの方が納得がいく。

 ……それはそれで辛いが。


「ごく一部の人にしか話していないから……」

「噂を流した人は行方を知っているんじゃないかって思ったんだな」


 八木はうんともすんとも言わない。

 信頼している人が流したのか、それとも“何か”を知っている人が流したのか。どちらせよ、嬉しい展開は想像しづらかった。


「あの、二人は誰かに見かけなかった?」

「……申し訳ございません」

「ここ以外にも行った事があるけど、誰も……」


 土井先輩の顔が過り、言葉に詰まった。

 横で頭を下げている久家から冷たい視線が飛んでくる。

 仕方がないだろと内心言い訳をしつつ、


「正確にはサッカー部の先輩に会った。けど、噂を流したとはとても」


 苦しいかなと不安を覚えるが、八木は学生なら違うかとすんなりと納得してくれる。


「八木選手に憧れてGK始めた人だから、もしかしたら噂を知って探しに来ていたのかも」


 二人がバッタリ会い、この話になる可能性を考慮して知っているかもと付け加えて置く。

 実際には顔も見ているのだが。


「父さんに憧れて……」


 八木は嬉しそうに、寂しそうに曖昧に微笑む。

 俺も久家もそんな八木に掛ける言葉がなかった。



 ――不意に風が吹く。



 土埃が舞い上がり、咄嗟に腕で目を隠す。

 これがあるから土のグラウンドは大変なんだよなと思いながら目を開ける。



 ――ゴールの中央にて油断なく構える巨大な壁。



「なっ!?」

「えっ……!?」


 俺と八木は驚きと混乱に思わず声を漏らす。


「…………」


 唯一、久家だけが冷静な目で対象を見据えていた。


「父……さん……?」


 ペナルティマークの位置に佇むボール。

 たった12ヤード……だが、どこに蹴っても決まらない。そう相手に確信させる絶対的な存在感。

 対峙しているわけでもないのに、頬を嫌な汗は伝う。



 ――八木博信は、そこにいた。




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