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開かずのGK 5

 後日、剛から追加の情報が届く。

 まず、謎のGKの噂は実際にあった。

 ただ、剛の友達の更に友達が遭遇したとの話であり、友達の友達どころか、友達の友達の友達の話になる。

 曖昧な情報でも良いと言ったものの、剛自身、不安が残るのか、当てにしないでくれよと念を押してきた。


「実際、どう思う?」

「どうだろうね。友達の友達でも、その更に先でも信ぴょう性に差はあまりないと思うが……」


 俺の携帯の画面――剛から送られてきたメッセージを読みながら久家は考え込む。


「友達と話していたら、どこからかボールを蹴る音が聞こえてきた。ちょっとからんでやろうかと音の在りかを探していたら、2mはあろう大男がゴールの前に悠然と立っていた。ボールはPKの位置に置かれており、他に誰もいなさそうだったため、友達が不意打ちでシュートを放つも完璧にセーブされてしまった。怖かったので、その場は逃げた。以降、その道は通っていないからどうなっているかは知らない……か」

「何故、からもうとしたのか。それに、不意打ちでシュートするのも如何なものか」

「……まあ、そういう人種なんだろ」


 というか、そこに引っかかっていたのか。

 この友達の友達の友達のように、サッカー経験者であるヤンキーなど珍しくない。

 何だったら本格的にやっていなくても、遊びや体育でやっていたというだけで自信満々な人も時折いる。

 ……そんな人らも土井先輩が睨めば、遠くで悪態を吐くだけだったが。


「それより、これは都市伝説と言えるのか? ただのサッカー好きにしか思えないけど」

「ただのサッカー好き? ……私が知らないだけで、このような人はいるものなのか」

「流石にPKを想定したイメトレをしている人は珍しいけど、一人でボールを蹴っている人ならちょいちょいいる」


 俺もたまにしている。

 もちろん、球技が許可された公園でマナーを守った上でだ。


「ふむ? 申し訳ないが、私はサッカーに明るくなくてな。このPKとやらは一人では出来ないのか?」


 珍しいと反射的に思うも、興味がなければ知らなくても無理はないかと直ぐに思い直す。


「そうだな……。とりあえず、サッカーは基本的に手をつかってはいけないんだ」

「バカにしないでくれ。それぐらいは知っている」

「悪い悪い。んで、条件付きで手を使って良いのがGKだ」

「……ふむ」


 微妙なリアクション。

 何となく知っていた程度なのだろう。

 経験則だと条件を知らない人は結構いる。


「PKってのは、GKとキッカー……手を使ってはいけない人との一対一だと思ってくれたいい」

「一対一なのか」

「GKが手を使って良い位置で反則を犯した場合に行われる対決なんだ」

「ほうほう」


 正確にはPK戦もあるし、関節フリーキックなど反則にも種類があるが、今ここで語る必要はないだろう。


「距離が近い上に、キッカーが主導権を握れるからGKは圧倒的に不利……」

「絶体絶命のピンチではないか」


 久家の素直な感想に力強く頷く。


「だからこそ、GKが光り輝く舞台でもあるんだ」


 正に面目躍如の機会といえよう。

 身も蓋もない言い方をすれば、決められて元々だし。

 人によっては実は好きだという人もいる。

 逆に決めて当然だからこそ、蹴るのは御免被るという輩もいる。……俺だ。


「普段、中々主役になる事がないからこそ、止めた時の興奮たるや見てるだけでも思わず声が出ちゃうくらいだ」

「ふふっ、それは大層興奮するんだろうな」

「あ、ご、ごめん……。ちょっと熱が入っちゃったな」


 微笑ましいものを見る顔つきの久家を見て我に返る。

 遂、気持ちが入ってしまった。

 ごほんと嘘くさく咳払いし、話を戻す。


「そういうわけで一人で練習する事は難しい。だから、イメトレかなって思ったんだ」


 仮に実在する人間だとして、2m近い大男が誰もいない空間を見つめながらジッとイメトレしていたらある意味ホラーかもしれない。

 暗がりだったら間違いなく遠回りの道を選ぶ。

 そもそも、身長がまず目にする事がない程、大きいのだ。

 何もなくても急に現れたらビビッてしまうかもしれない。失礼な話だが。


「そう思うとよく蹴ったな、こいつ」


 ちょっと見直してしまう。

 やっている事は絶対に良くないのに。

 ……まあ、その後、逃げているわけだが。


「……確かに君の言う通り、あまりにも“らしく”ない」


 せめて負けた相手は二度とボールが蹴れなくなるとか、決めるまで帰る事ができないとかがなければと久家は言う。


「言っておいてなんだが、平和な都市伝説って可能性はないのか?」


 全てに厳しいペナルティがあるものなのだろうか。


「私達が追う都市伝説は基本的に噂が広まった結果だ」


 頷く。


「だからこそ、人が広めたくなる要因が必要だ。往々にしてそれは命の危機などのペナルティとなる」

「……なるほど」


 確かに、この程度だと変な人がいたで終わってしまうか。

 そもそも、都市伝説となるにはあまりにも……。


「加えて、残虐、もしくは不可思議な現象は対象を“人間ではない”と思わせる事に繋がる」


 久家が違和感を言葉にしてくれる。

 そう、あまりにも平凡だったのだ。

 幽霊など非日常の存在が関わっているなど、とてもではないが思えない。


「せめて、もう少しストーリー性があれば……」

「ストーリー性、か」


 この場合、きっと悲しさや残忍さなど負の内容が求められるのだろう。

 ハッピーエンドだったら、誰が幽霊になってまでPK勝負をしようとするだろうか。


「非業の死を遂げた……とかか?」

「もしくは大きな後悔を残し、自ら……すまない」


 顔に出ていただろう。久家が謝る。

 あまり想像したくない話だった。

 けれど、日夜誰かが自ら命を絶っている。決してない話ではない。


「ただ、仮に広まる土壌があったとしてもやはり疑問は残る」

「そうなのか?」


 広まる余地が十分にあるのならおかしくない気がするが。

 久家はあくまで現状ではと前置きし、


「この人の言う事が本当だとすれば、労せずして逃げられた事になる。また、シュートを止めた事に対するリアクションにも言及がない。仮に、何らかのストーリ性があったとして、この二つを許す内容が思い浮かばない」

「わざわざPK勝負を望んでいるっぽいものなあ。止めたのに、はいさようならってのは確かに不自然だよな」

「開かずのGK……この特殊な事例に対し、除霊方法――つまり、彼の未練が何なのか見つけ出す必要がある」


 当然、その前に本当に具現化した都市伝説化なのかを調べる必要があると続ける。


「どちらにせよ、夕暮れ広場の幽霊の時ほど危険な目に会う可能性は低い。油断は大敵だが、緊張しすぎる必要はないだろう」

「それは本当に助かる」


 ありがたい事だが、それよりももし彼が幽霊だとした時、抱えている後悔の方が気になる。


「あ、でも、噂によって捻じ曲げられているかもしれないのか」


 どうにも、そこら辺の理解が整理しきれていない。

 噂の中身を調べていると、そういう話なのだと納得しそうになる。


「そのようなケースも多くあるというだけだ。特に元とのなった事件などが存在しない場合、もしくは背びれ尾びれが付きすぎてしまった場合だな」

「そして、話に登場する存在に近しい幽霊が巻き込まれる」


 久家はため息を吐く。


「巻き込まれ、自我を失い、無理やり人を襲う悪霊にされる霊もいれば、ごく稀に増幅した憎悪や力に酔いしれ、解放された後も堕ちたままな霊もいる」


 久家は自嘲気味に笑う。

 巻き込まれた幽霊を助けたいと願う彼女からすれば、解放したものの堕ちてしまう霊を見るのは酷く悲しい事だろう。


「彼らを助けたいと願うのは、あくまで私のワガママだ。君は第一に力の把握、それに伴う危険から己の身を守る術を学ぶ事に注力してくれ」


 身を守る術とは、対処方法などを体で覚える事だろうか。

 それとも、都市伝説などとどう距離を置くかを考える事か。

 きっと両方……いや、もっと広い視野で学ばなければならない。

 そんな力、持っていなければそれに越した事はないのだが。


「私は幽霊を見る事はできるが、結局の所、彼らが何者で、何を考え、何を望んでいるのかはわからないんだ」


 久家は窓枠にもたれかかれ、静かに語る。


「わかるのは全てが終わった時だけ……」


 開かずのGK――彼の思いも、望みも、結末も誰にもわからない。

 顔も知らないフィールドの守護神、彼が見据える相手を俺は想像することもできなかった。


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