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開かずのGK 4

 時間を見計らって校庭へと向かう。

 いつも通りなら着替えも終わり、雑談している頃合いだろう。


「……別に久家は帰っても良いんだぞ?」


 隣を歩く久家に言うが、


「二度手間になるではないか。それに、人づてでは情報がねじ曲がってしまう可能性もある」


 正論であった。ぐうの音も出ない。

 言い訳させてもらうと、俺だって道理はわかっている。

 ただ、それと同じぐらいにあいつらの事もわかっているわけで……。


「お? ヨッシーじゃん!」


 こちらが気づくよりも早く、剛が遠目から声を掛けてくる。相変わらず目ざとい奴だ。


「おっ「キャプテーン! ヨッシーが来ましたよー!」ばっ!?」


 目的は剛だけなので余計な人を呼ばないで欲しいのに。

 良くも悪くも脊髄反射で活きている男だ。予想できた展開か。


「ヨッシーだって!?」

「あん? 大遅刻じゃねえか」

「吉井先輩が来てるんですか!?」

「吉井だと……?」


 ほらほら、うるさい奴らがゾロゾロとやってきたじゃないか。

 困っている俺とは対照的に久家は物珍しそうに見ている。


「なっ!? お、おおお前! 女連れとはどういうりょうけんだ!?」


 先輩の一人がわなわなと震えながら俺たちを指さす。


「行儀悪いですよ」

「あ、すまん……じゃなーい!」

「ヨッシー、最近この子と仲良いんですよお」


 剛がねこなで声で余計な事を言う。

 そんなのだからうざがられるのだ。


「な、なななななっ……!?」


 あーあ、壊れちゃった。


「吉井先輩! お久しぶりです!」

「金子……。久しぶりだな」


 中学時代の後輩――今も後輩だが――金子は、満面の笑みで迎え入れてくれる。


「あ、君は……久家さん? 先輩と知り合いだったんだ」


 どうやら、同じクラスらしく久家と金子は知り合いだった。


「色々とあってな。なあ、せ ん ぱ い」


 人前なので先輩と呼ぶ久家。

 慣れていないのか、それともからかっているのか、溜めて呼んでくる。


「おお、無骨な口調……良い」


 壊れた先輩は更に壊れる。

 たくましい女性がタイプとか言っていたな、そういえば。


「へえ……。ま、吉井先輩が楽しそうなら良いか」

「楽しい? 楽しいかな……。楽しいかも……」


 否定するのもあれなので、ふんわりと反応しておく。

 久家は懐疑的視線を送ってくるが気づかないフリをする。


「良いなあ! 俺も久家ちゃんみたいな子と楽しい放課後過ごしたいなあ!」


 会話らしい会話をしていないにも関わらず、“久家ちゃん”呼びはやめておけ。

 最終的には剛の人柄だと何とかなるが、恋愛的な意味では始まる前に終わってしまうのではないか。


「吉井……」


 小走りだった二人とは違い、ゆっくりと歩いていた先輩二人も到着する。

 本題に入るのは、いつになるのやら……。


「てめえ、遅刻してきた分際で女連れとはよほど地獄が見たいようだなア」


 人相の悪い先輩――土井先輩は指を鳴らしながら恫喝してくる。


「君、サッカー部に在籍しているのか?」


 久家が小声で聞いてくる。それを見て吐血する壊れた先輩は……どうでも良いか。

 まあ、勘違いもされるわな。


「先輩、俺はサッカー部じゃないですよ」

「はあ!? いいから外周行ってこい!」

「んな無茶苦茶な……」


 苦笑するしかなかった。

 実際に走り出したら止めるだろうが……いや、並走するか。この人は。


「個性的な面々だな」


 またも小声でささやいてくる久家。当然、距離は近くなる。

 本人は微塵も気にしていない。……いや、気づいていないようだが勘弁してほしい。

 これでは、彼女に現を抜かしてサッカーをやめた男みたいではないか。


「これが恐ろしい事に全員同じ中学なんだ。……あと、距離が近い」

「ふふっ、これは失礼」


 わかってやっていたか。タチの悪い……。


「吉井」

「あ、キャプテン……」


 鋭い目つき、精悍な顔つき、短髪と如何にもな容姿をしたキャプテンは真面目な顔で俺の両肩を掴む。


「病気は大丈夫なのか?」

「はい?」


 意味の分からない質問に間の抜けた声を出す。が、すぐにいつものかと呆れる。

 一見、しっかり者な見た目だが中身はドのつく天然なのだ。


「命にかかわる病気なのだろう?」

「あー、今の所、命の危機にはありませんね」

「そうか……」


 突如としてキャプテンは涙を流す。

 驚く久家、慣れた様子の俺達。


「良かった……。本当に良かった……」

「ありがとうございます」


 軽い口調で返す。


「い、いいのか? 誤解しているようだが……」

「誤解を解くのは何年も前に諦めた。この人の脳内ストーリーに合わせた方がずっと楽だからな」


 周りを見てみろと促す。

 皆、一様に遠い目をしている。これが日常なんだ。


「…………本当に個性的な面々が揃っていたのだな」


 一周回ったのだろう。久家は心底感心したと様子だった。


「はいはい、俺が……俺達が来たのにはもちろん理由があります」


 キャプテンの平常運転ぶりに冷静さを取り戻し、手を叩いて会話の主導権を握る。

 剛だけに聞くつもりだったが、丁度良いし、皆に聞いてみよう。

 正直、金子以外は頼りにならないが、いないよりはマシだろう。


「その前に……」


 久家を見る。


「初めまして久家桜花と言います。今日はオカルト研究部の活動の一環としてお話を聞きたいと思い、吉井先輩に仲介を頼んだ次第です」


 自己紹介を受け、オカルト研究部などあったのか、俺達に聞きたい事とはと口々に言い合うサッカー部員。

 再び手を叩く。静かになる。


「えー、仲介の吉井です。久家は今、とある都市伝説……噂について情報を集めています。この中に、“開かずのGK”って言葉に聞き覚えがある人は?」


 皆、黙ったままだ。

 ここまでは予想通り。


「じゃあ、友達がそれっぽい事を言っていたなって人は? GKの噂なんてこれ系だと珍しいと思うんだけど」

「全然曖昧でも構いませんので!」


 久家が付け足す。

 剛と以外にも土井先輩が態度を変える。


「開かずのGKって言葉は知らないけど、ダチがいきなりPK勝負を仕掛けてくる奴がいるとか言っていたような」

「「っ!」」


 俺と久家はバッと剛を見る。

 その勢いの良さにひるんだ剛は、多分だからなと念押ししてくる。


「ほう、そのような骨太な者がいるのか」


 キャプテンは嬉しそうに頷く。

 壊れた先輩は、唯の変人じゃんと引いていた。


「でも、それっぽいよ。な、久家」

「ああ……あ、はい」


 慌てて口調を直す。その仕草に撃ち抜かれる剛と壊れた先輩。


「うーん、僕は特にピンときませんね。力になれなくてすみません」

「いやいや、唯の噂話だし。思い当たる節を考えてくれただけで感謝しているよ」

「……ふふっ、吉井先輩は変わりませんね」

「そ、そうか?」


 金子は昔から独自のツボを持っている子だったが、それは今も変わっていないようだ。


「土井先輩は何か知っていますか?」


 最後に、様子を変えたものの黙っている土井先輩へと話を振る。

 土井先輩は、腕を組んだままピクリとも動かない。


「し、死んでる……!」


 剛がふざけるが反応しない。

 おかしい。いつもなら間違いなく拳が飛んでくるのに。


「先輩……」


 久家が服の裾を引っ張る。

 わかっているよと返す。

 当人が答えたくないのなら無理強いするつもりはない。


「すみません。噂話とか好きじゃなかったですよね」

「…………いや」


 バツが悪そうに視線を逸らす。

 そんな態度をされると、こちらこそ申し訳ない気持ちになる。


「ありがとうございます。ぶしつけな質問に付き合っていただき」


 久家が頭を下げる。

 俺も合わせて下げる。


「ありがとうございました」

「いやいや、気にしなさんなって。それより久家さん、チャット教えてく「金子、頼む」あ、ちょっ!?」

「はいはーい、行きますよー。……それじゃあ、吉井先輩、また今度」

「おう。暇な時にでも遊ぼうな」


 ナンパ男が退場した事で場が健全になる。……まだ剛はいるが。

 奴は大事な情報源なので残すしかない。


「剛、その友達から詳しい話を」

「へいへい、わかっているよ。わかったらチャットで送るぜ」

「サンキュー!」

「ありがとうございます!」

「久家ちゃんの頼みならお安いごようだよ!」


 俺のためにも働きやがれ。


「それでは、先輩方、俺達はこれで失礼します」


 キャプテンと土井先輩に挨拶をし、その場を後にしようとするが、


「ところで吉井」

「何ですか?」

「病気が治ったのなら、いつ部に戻ってくるんだ? 間に合わなくなるぞ」

「…………」

「キャ、キャプテン! 命に別状はないってだけで、激しい運動は難しいですよ!」

「むっ、そうだったのか」


 言葉に詰まっていると、剛が助け舟を出してくれる。

 ありがとう、剛。心の中で悪態をついて悪かった。


「すまない。何も知らないで……」

「いえ、気にしないでください」

「一番辛いのは吉井だと言うのに……。やはり、次のキャプテンはお前しかいない」

「キャ、キャプテン!」


 会話が通じているようで通じていない。

 やはり、この人と意思疎通するのは難しすぎる。

 久家もおおーと動物園のお客さんの様なリアクションを取っているではないか。


「じゃ、じゃあ、失礼します」


 久家の背中を押し、さっさと退散しようとした瞬間だった。

 土井先輩の呟きを偶然にも拾う。


「まさか……いや、でもあれは……」


 振り返り、詳しく聞きたかったが聞こえないふりをして、その場を去るのだった。



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