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開かずのGK 3

「ほう……」


 震えた携帯を手に取り、送られてきたメッセージを読んでいた久家が興味深そうにうねる。

 内容は恐らく都市伝説――彼女も知らない――だろう。

 その笑みの元は何なのか。知りたいような知りたくないような……。


「見てみたまえ。君にぴったりの案件だぞ」


 そう言って俺に画面を見せてくる。

 俺にぴったりな都市伝説などあるのだろうか。

 こちとら、遂こないだまで幽霊の存在すら信じていなかったのに。


「なになに……開かずのGK?」


 GK? 見慣れたアルファベットの並びだが……いや、まさかな。


「あの、久家さん」

「どうした」

「このGKってまさかゴールキーパーの事ではないですよね?」


 久家は答えずにフンっと不敵に笑う。

 それが答えだった。


「う、嘘だろ……。GK? GKの都市伝説とかあるのかよ……」

「確かに珍しいが、特段特別でもない」

「え……」

「そもそも、大事なのは噂になる事だからね。某大手メーカーや某ファーストフード店にまつわる都市伝説もあるぐらいだ。GKの一つや二つあってもおかしくないだろ?」


 大手メーカーの方はピンと来ないが、ファーストフード店の方の“噂”はどこかで聞いた事がある。

 確かそこで使われているお肉が……といった内容だったはずだ。


「……仮に力があるとして、俺が納得したら具現化するのかな」

「人が悪霊に操られるケースがある以上、断言はできないのが恐ろしい所だ」


 久家は事もなさげにいう。

 時折、世の中で何故そんな事をしたとの事件がある。

 その一端に都市伝説が関わっていたとしたら……被害者が被る損害は死と言っても過言ではないだろう。

 やはり、安易に噂を信じるのは良くないな……。


「君は堅物な方だから要らぬ心配だと思うがね」

「誰が堅物だ」


 確かに頑固とはよく言われてきたが。

 親だけでなく、友達にも。


「自分の世界がしっかりとあるという事だ。私はそういった人間の方が好感が持てるよ」

「へいへい、ありがとうございます」


 適当に返すが嘘ではないのだろう。

 久家自身、自分の世界を持っているタイプだろうし。


「それで、どんな噂なんだよ」

「こらこら、他者から不意にもたらされた情報では意味がないとの話だっただろ?」

「あ、悪い」


 意識せずに聞いていた。

 素直に信じる事はない癖に、ナチュラルに聞こうとはする。

 あまり良くない傾向だ。気を付けないと。


「とりあえず、命の危険はなさそうだという事だけは聞いている」

「それだけ聞ければ安心だ」


 名称からして心配はしていなかったが、ホッと胸を撫でおろす。


「それでは、当面はこの噂について当たる事としよう。良いかな」

「異議なし」

「具現化したかどうかすら聞いていないので、“友達の友達”を中心に情報を集めるべきだろう」

「友達の友達?」

「都市伝説で用いられるフレーズだ。自分でもなく、直接的な繋がりのある人物でもない。所謂、建前だな」


 信ぴょう性に欠ける噂だからこその存在。

 もし違っていたとしても仕方がないよねとの合図。


「つまり、友達の友達なんて存在しないって事だよな?」

「往々にしてね」

「じゃあ、どうやって情報を集めるんだよ」

「簡単な話だ。友達の友達とかでも良いのだが、このような噂を聞いた事はないかと尋ねれば良い」

「……それだけで良いのか?」

「これが重要なんだ。仲が良い者との噂話とは違い、他者に問われた場合、友達の友達から聞いた話はしまい込んでしまう傾向にある」


 なるほどなと納得する。

 自ら話のネタとして話すのと、誰かの質問への回答では心理的ハードルに差がある。

 俺がその立場だとして、友達の友達が言っていたけどとはとてもではないが話せない。


「あくまで、私達は誰かの善意を求めるのだという事を忘れないように」

「了解」


 注意事項を説明し終え、久家はさてと切り出す。


「どこから当たったものか」

「やっぱり、サッカー部かな」

「サッカーがらみの都市伝説とはいえ、本質は噂である以上、噂話が好きな人材の方が知っているものだが……」


 この手の話が好きな者は、スポーツに興味の薄いタイプが多いと続ける。


「つまり、サッカーが好きで、かつ噂話も好きな奴が適切だと」

「そうなるね」

「……心当たりがある」

「本当かい? それは助かる」

「夕暮れ広場の幽霊の時に、久家が助けてくれた俺の友達は覚えているか?」


 久家はもちろんと言う。


「体の大きさといい、髪の派手さといい、忘れる方が難しい」


 避難させるために運んでくれた知り合いも、ひーひー言いながら連れて行ったものだと笑う。

 恐らく、剛が言っていた“お兄さん”だろう。

 うちの剛が迷惑をおかけして申し訳ありませんと心の中で謝罪する。

 もし、会う機会があったらちゃんと謝ろう。

 ……何で俺が、とは思うまい。当人が認識していない以上、仕方がないのだから。


「剛はあの見た目で噂話好きでさ。……まあ、怖いものは苦手だけど、怖いもの見たさな部分もあるから、噂ぐらいなら知っているんじゃないかな」

「それは素晴らしいな。泣き言ではないが、私はどうにも話を聞きだすのが苦手でね。君の友人に噂話好きがいてくれるとありがたい」


 久家は変わった所はあるものの、コミュニケーションが苦手でもなければ、特段接しにくい人間でもない。

 なので、聞き出すのが苦手なのは他の理由だろう。恐らく、相手側の。

 偏見だが、噂話好きの人は他人への関心が高いイメージがある。

 異性であれば舞い上がり、同性であれば疎ましく感じるのではないか。あくまで想像でしかないが。


「まあ、期待はしないでくれ」


 興味がなかったため、ホラー系の話は聞く事も聞かされる事もほとんどなかった。


「他校だけど、他にも噂話好きには心当たりがある。最悪、二人の友達とかに詳しい人がいるんじゃないかな。面倒くさいのは……」

「面倒くさいのは?」


 言葉を切ったため、久家が尋ねてくる。

 流れで口から出てしまった。

 ……どうしたものか。


「あー、口実はどうしようかなって。俺が噂話とかホラー話に興味ないの知っているから」

「確かに口実は大事だ」


 剛も拓也も俺が本気で拒否すれば追及はしてこないだろう。

 噂話についてはもちろん、久家との関係性についてもだ。

 実際、俺が面倒くさいと思っているのは後者。前者は別にどうとでもなるし、勘違いされても構わない。

 ただ、久家関係は本人に迷惑がかかる可能性がある以上、適当に扱う事できない。

 また、久家が言っていた通り、善意での情報提供を求めるのだ。

 あまり雑な対応は取りたくなかった。


「……そういえば、ここは何部なんだ?」

「確か、占い……いや、天文部だったかな。むむっ、手芸部との話も」


 待てよ、オカルト研究部だった気もと何故か現役部員が頭を悩ませている。

 他の部員の存在は知らないため、俺目線では君がわからないなら誰がわかるのだ問題だった。


「そんな目で見ないでくれ……。私も強制的に入部させられたんだ」

「強制って誰にだよ」

「顧問の先生」


 おい、それは問題行為だろ。


「優香さん――先生は姉上の同級生で、小さい頃から……その可愛がってもらっていて。どうにも逆らえない……」

「そ、そっか」

「優香さんの事は気にしないでくれ。……この部活はそもそも二人が創部したものらしい。だから、色々と話は聞いていたのだが、結局何の部活だったかはわからずじまい」


 久家曰く、日によって活動内容が違ったらしい。

 それこそ占いだったり、星を見たり、マフラーを編んだりと。

 ……ただ、たむろっていただけでは?


「それに、どう見ても部員が足りないはずなのに、正式な部だから大丈夫、委員会には出ろよの一点張りで」

「そういえば、転校生だったっけ」


 通い一か月もしない内に部長とは。しかも、謎の部の。


「理事長とお爺様が旧知の仲らしく、恐らく姉上がその関係性を利用して好き勝手していたのだろう」

「うわ、権力の闇」


 まあ、与えられたのは物置に近い部屋ではあるが。

 ……委員会に出るという事は予算は下りているのか?

 やはり、闇か。


「困惑はしたが、結果としてこうやって活用しているので感謝するしかないが」

「いや、感謝する必要はないだろ」


 無理やり押し付けられたわけだし。

 ただの有効活用だろう。

 部室で会う必要があるわけでもないし……。


「……そうか」

「どうした?」

「何部かわからないなら、別に好きに語っても良いよな」

「問題はないと思うが……」


 それがどうかしたのかと久家は小首をかしげる。


「口実があれば聞きやすいって話だったろ。だから、オカルト研究部で都市伝説とか幽霊にまつわる噂を調べているって事にすれば」

「確かに! 素晴らしいアイディアだ!」


 久家は両手を合わせ、驚きと称賛の混じったリアクションをする。


「よ、よくある手法だろ。そんな褒める事でも」

「いやいや、私からは逆立ちしても出てこない考えだ。もっと胸を張るが良い」

「逆立ちしてもって……それは流石に言いすぎだろ」


 苦笑するも久家は静かに首を横に振る。


「私達のような者からすれば、“オカルト”との表現からはどうしても縁遠くなる。興味本位で研究すると表する事もね」


 悪く言っているわけではないと久家は言う。


「身近な事すぎて、見えない……知らない人達の感性を持っていないだけだ」

「まあ、想像するしかないものな」


 逆に、俺が幽霊が見える人の感性を手に入れる事はできないだろう。

 どれだけ、想像しても空想のものでしかない。それこそ、思いつかない視点やら感覚はいくらでもあるだろう。


「やはり、君がいてくれると心強い」

「な、なんだよ」


 いきなり穏やかな顔で言われると照れてしまう。

 本気でそう思ってくれている事が伝わってくる。


「今の話だけではない。夕暮れ広場の幽霊と退治した時もそうだ。私は型にはまった救い方しか考えつかなかった。けれど、君はその心が思うままに行動し……きっと、巻き込まれた彼女の霊魂を癒しただろう」

「……結果論だろ」


 そもそも、巻き込まれた幽霊は虐めを苦に自殺したわけでもないし。

 何だったら、俺が更に歪めたせいで苦しんだのではないだろうか。


「見当違いの慰めの言葉を送られても腹が立つだけだろ」

「……ああ、君には見えなかったのか」


 久家がポツリと呟く。


「何がだよ」

「彼女がさ」

「……見えていたけど」


 この手で抱きしめたわけだし。


「私には境がわからないからね。どこまで見えていて、どこから見えていなかったのか」

「うんって言葉を最後に気づいたら消えていたな」

「なるほど……。じゃあ、最後の瞬間、彼女がどれだけ安らかな顔をしていたのかは知らないんだな」


 彼女はきっと救われたはずさと久家は語る。


「巻き込まれた彼女がどんな過去を持っていたか、今となっては誰にもわからない。だけど、君の言葉は彼女の胸に刺さったんだ。間違いなくね」

「……だと良いけど」


 久家は苦笑する。


「やはり、私の言葉は信じてもらえないらしい」


 俺も苦笑する。


「そういう性分でな」


 でも、もし少しでも救われてくれたのならば、これ程までに嬉しい事はない。

 誰かの支えになる。そこに生者も死者もないのだから。


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