第9話 彼の正体
ちゃり、とほのかの目の前に出されたのは、鎖に繋がった鍵。ぶらぶらと振り子のように揺れている。
ほのかはその鍵に見覚えがあった。
「俺がここへ入れる理由。答えは簡単、俺が屋上の扉のスペアキーを持っているから」
見覚えがあるはず、ほのかが現在借りている鍵と同じものだ。
「なんでそんなもの持ってるんですか」
「何年か前の先輩が勝手に合鍵つくって、それが代々受け継がれてんの。んで今持ってるのが俺」
「それってホントはだめじゃないですか」
「バレたらまずいかな」
と言う割に近藤の顔は飄々としたものだ。
「私がバラしたらどうするんですか」
思わずほのかは不貞腐れて言う。
「ふーん、お前ってそんなに恩知らずなんだ」
「うっ」
藪蛇である。
「ま、ここは俺の昼寝スポットだけど特別に来るの許してやるよ。珍獣」
「珍獣じゃありませんってば!というかここは先輩の所有地じゃないでしょ!」
いきり立つほのかのことを、ふっと余裕な顔で笑うと近藤は立ち上がる。
「んじゃ、俺は帰るから。鍵を閉めんの忘れんなよ。お前抜けてるから」
近藤は背を向けてひらひらと手を振る。
「わかってます!……先輩、一言多いですよ!」
彼の背中に最後の言葉が届く前にガシャンと屋上の扉は閉じられた。
近藤雅海、2年4組、部活所属はなし。
格好が派手なので生活指導の先生に目をつけられているが、成績は常に上位で他の先生方にはウケは悪くないらしい。
誕生日は12月14日、やぎ座のB型、6歳年上の兄が一人いて4人家族。
「……なんで家族構成まで知ってるの?」
涼子が呆れた、という顔をした。
いつものランチタイムのおしゃべり、それとなくほのかが綾に近藤先輩のことを聞いてみると綾は嬉々として語りだした。
「ファンクラブがあるんだもん。そこからの情報」
「ぶっ!!」
ほのかは飲んでいたジュースを噴き出してしまった。
「ちょっ、ほのか汚ーい」
すかさず瑞樹がティッシュを取り出して拭いてくれながら呟く。
「まあ確かにファンクラブっていうのはすごいね」
「あ、ありがとう、瑞樹ちゃん。顔はかっこいいけどファンクラブって……」
ほのかはあんなに性格が悪いのに、とまでは言わない。言ったら、昨日の下りを言わなくてはならなくなる。秘密というわけではないが、なんとなく言いたくない。
「うん、なんかバンドやってるらしくて他校にもファンがいるらしいよ~」
「へえ、すごいなあ」
瑞樹は感心して言うが、翼は完全に興味がないのか読書に集中している。
ほのかにとって、ますます別世界のようで人である。しかしながら、屋上からの眺めは描きたい。というわけで、まず敵を知ることからはじめようと思ったのだ。
「でも、ファンの女の子を寄せ付けないらしくて……でも、そのクールなとこがいいんだよねえ♪」
「いやでも、この前一緒にいた3年の先輩は?」
「あ~あの人はファンクラブの会長さん。なんかあの人たちが他の子たちガードしてるみたい」
「なに、近づいてきたこをシメちゃったりするわけ?」
「ん~、なんか抜け駆けで家までプレゼント渡し行った子が泣かされたらしい」
「すごい世界だな」
「そ、そうなんだ……」
ほのかは唖然とする。できることならお近づきになりたくない。
「なになに~ほのかもファンになっちゃった」
「ま、まさか!!」
ほのかはぶんぶんと首を振る。
「なーんだ。つまんない仲間ができたと思ったのに」
「あんたはカッコいい人なら誰でもキャーキャー言ってるじゃない」
「涼子さん、それは言わないでよ~」
とか言いながら綾は全然めげた様子もなく、同じ学年に可愛い男の子見つけたんだ~♪と話し始めて涼子をさらに呆れされている。
そんな様子を見ながら、ほのかはあの屋上の件は秘密にしておこうと改めて誓った。
3年のオネーサマに知られたら……裏庭に呼び出されてシメられちゃう様子がほのかの頭に浮かんだ。ほのかたちの高校には裏庭なんてないけど。
ほのかだって、自分の身がかわいい。