第6話 二度目の災難
美術室と図書館は3号館にある。3号館とは、ほのかたちが授業を受ける1号館を中心にみて西側にある美術室や図書館、音楽室、家庭科室、化学室などがある棟だ。1号館とは2階部分でガラス張りの渡り廊下でつながっている。同じように、1号館の東側には2号館がつながっていて、対して2号館のほうには体育館、軽運動場、道場、部室などがある。
放課後の生息分布としては運動部系が東側、文化部系が西側になろうか。
ほのか、綾、翼でその渡り廊下に差し掛かった時、ほのかは気づいてしまった。
気付かずそのまま通り過ぎればよかったのだ。しかし、昨日の今日、あの顔はいろんな意味で忘れられない。
昨日、下敷きにした彼が渡り廊下の真ん中あたりで数人と立ち話しているのである。
「どーしたの?ほのか」
突然、立ち止ったほのかに気づいた綾が振り返る。
「あ、あの人……」
昨日下敷きにした例の人だよ、と指差して言えるはずもなく視線だけをやってつぶやく。
「あー!近藤先輩じゃん!!」
そんなほのかの気持ちも知らず綾は大きな声で言った。
そうかあれが噂の近藤先輩なのか、などとほのかは呑気に思っていられない。
彼がこちらをちらりと見たような気がした。一瞬ほのかはひやりとしたが、大して気にも留めないのか再び自分たちの話に戻った。ほのかはほっとした。もしかしたら、顔なんて覚えてないかもしれない。
「やっぱり、かっこいい~」
綾が内緒話をするように顔を寄せる。
「確かに顔はいいが……女侍らせて性格悪そう」
翼が嫌悪感丸出しで言う。
「3年のオネーサマ方じゃん。でも、やっぱかっこいいからだよ!」
ほのかは昨日の彼に気を取られて気付かなかったが、確かに彼以外みな女の先輩である。高校入りたてのほのかたちと違って、制服を着慣れていて、髪は巻いてあるが自然な感じにセットされているし、先生に注意されない程度に、しかしばっちり化粧までしている。
「ケバイのばっか……」
翼がうんざりしたように言ったが、ほのかの目には大人びて雑誌に出てくる人たちみたいだと思えた。
「もう、行こうよ」
翼の言葉にはっとする。確かに渡り廊下の入口付近で立ち止っているのは不自然だ。何より目的地は彼らの向こうにある。
「……そうだね」
ほのかは歩き出す。綾は「え~せっかく会えたのにぃ」などと文句を言っている。
近づいていっても、彼はこちらに視線もやらない。
ほのかはほっとした。やっぱり、覚えていないんだ。
「ねえ、マサウミ。これから遊びに行こうよぉ」
女の先輩の一人の声が聞こえた。前を通り過ぎると、何のブランドかわからないが香水の匂いまでする。
同じ学校の人たちなのに、なんだか別世界の人のようだ。
と彼らを通り過ぎ、3号館に入るところでほのかは、ほっと息をついた。
なんだか緊張してたらしい。近藤先輩とやらが冷静に考えたら「君、昨日階段から落ちたこだよね」などと話しかけてくるわけがない。ほのかはちょっと馬鹿馬鹿しくなった。
しかし、人間気が緩むと足もとも緩むらしい。
いや、にぶいほのかだからこそやってのけたのかもしれない。渡り廊下の境目のわずかなでっぱりに普通足はひっかけない。
「ふぎゃ!」
転んだ。見事に転んだ。
「くっ……」
斜め後ろから、何かを耐えるかのような声がした。ちらりと振り返れば昨日と同じように近藤先輩は腹をかかえて震えている。
「だいじょうぶ!?ほのか!」
綾と翼が心配して声をかけるが、ほのかは顔から火がでるほど恥ずかしい。
「だ、大丈夫」
なんとか返事をすると素早く立ち上がり、その場から逃げるように綾と翼を引っ張って逃げるように立ち去った。