第25話 いざ尋常に!!
「斎先輩これで捨てちゃっていいですか?」
「うん、いいよ。ごめんね。関係ない雑用まで手伝ってもらっちゃって」
今日は水曜日の放課後、約束通り絵の額をつけ搬入するという簡単な作業なのだが、額のありかは『魔の準備室』と恐れられる場所だった。
ほのかは入った瞬間、絶句する。
積み重なるスケッチブックはピサの斜塔みたいになってるし、真ん中のテーブルに雑然と並べられている石膏像群は夜に見たら泣きそうだ。
そのほかにもいつの代かの文化祭の時の作品のオブジェや美術道具などがほこりをかぶっている。
「この中に額があるのでしょうか?」
おそるおそるほのかが斎に尋ねると、斎はいつものにこにこ顔で言い放った。
「多分ね」
「多分ですか!?」
さわらぬなんとかに祟りなしとはよく言ったもので、準備室を半分整理する気持ちで目的の物を探すことにする。
ちなみに斎先輩はぬかりなく二人分のマスクと軍手を用意してた。
なんとか目的のサイズの額縁を見つけられたときには、汗だくになっていた。
「じゃ、ちょっといっちゃん先生のとこ行ってくるから」
「はーい」
ほのかは美術室に一人になった。
じっと自分の絵を見る屋上から望む街の風景、遠くに水平線の青と空の蒼の境界線、そして空にかかる虹……近藤先輩と二人で見た景色だ。
そっと自分の絵をなでた。
絵具が乾いたざらざらした感触。
それがもうこの景色が過去のことなのだ実感させられる。
確かにあの時の光景は美しく、ほのかの絵の腕ではすべて表現できたとは思わないが、ほのかはこの絵を気にいっていた。
賞をもらえるのは嬉しかったが、正直おまけのようなものだ。
この絵を見ると思い出すことができるから、絵に描けない気持ちと隣にいた人を……。
「うっふっく……」
ほのかは嗚咽をもらす。
瞳からは涙があふれ出していた。
ああ、好きなんだ。
いつの間にこんなに好きになってたんだろう。
綾のことで押さえていた気持ちが溢れ出る。
いつの間にか気持ちがどんどん育っていることに気付かないようにしてた。
でも、もう自分はあの場所に行く理由がない。
その残り少ない機会でさえ自分の気持ちに目を背けて逃げた。
いじわるに笑う顔や男の人なのに綺麗な横顔、無邪気に笑う顔が浮かぶ。
あの表情も見ることも、もう出来ない。
きっとかっこいい先輩は私と過ごした他愛もない時間なんてあっという間に忘れて綺麗な彼女ができるだろう。
いや、もしかしたらもういるかもしれない。
「ほのかちゃん?」
背後にかかる斎の声にほのかは慌てて涙を乱暴に拭った。
「ああ、だめだよ。擦ったら赤くなっちゃうよ」
そう言って斎はほのかの手を止める。
「斎先輩?」
「泣いているのは雅海せい?」
どこか困ったような斎の顔にほのかは息を飲む。
どうして斎が知っているのだろう。
「ち、ちがいます!私が勝手に……」
そう言ってほのかは目を伏せる。
「勝手に想ってるだけです……」
「そのことはアイツに言った?」
「え……?」
「うーん、想像できるというかなんというかアイツの態度も悪かったんだろうけど」
そう言って斎は頬を掻いた。
「言ってもきっと迷惑ですよ」
ほのかは自嘲気味に言った。
会うことのできる限られた時間も自分は逃げてしまった。
「迷惑かどうかは本人に言ってみないとわからないじゃない?」
「でも……!」
ほのかの言葉は途中で遮られた。
「ほのかちゃん、手出して」
戸惑いながらほのかは手を差し出した。
その手に冷たい何かが置かれる。
「鍵……」
「先輩たちから受け継いでる屋上の鍵は実は一つじゃないんだよね」
斎の顔を見れば、いたずらっぽく笑っている。
「多分、アイツ今日もいると思うから行っておいで」
ほのかはじっと鍵を見つめた。
「作品の搬入は俺がやっておくから」
そう言ってぽんとほのかの背中を押す。
「……先輩、ありがとうございます!」
そう言ってほのかはぺこり頭を下げると走りだす。
「いってらっしゃ~い」
斎の呑気な声が聞こえた。
ほのかは向かう先は屋上、勢いよく階段を登り始めた。
あと本編2話です。