第24話 朝のあいさつ
「っはよー、ほのか」
「おはよう、綾」
学校の登校途中、坂道を上っているときに、ほのかは後ろから声をかけられた。
季節はあっという間に過ぎて、朝から暑い夏日で生徒の真っ白な半袖シャツが目立った。
「今日もあっついねー」
綾がうんざりしたようにうめく。
「そうだね」
「ああもう!この坂なんとかないの!」
綾がそう叫んだあと、並んだ二人の背後から何かがぶつかってきた。
「「!?」」
「ごきげんよう!二人とも!!」
ほのかと綾の間に入り二人の肩に手をかける翼だ。
「翼!あんた普通あいさつできないわけ!?」
翼は二人に体重を預けてくる。それほど重くないが、坂を上っているのでそれなりに足腰にくる。
「……おはよう、翼ちゃん。お、重たい」
「まあ!重たいなんて”れでえ”に失礼ね!」
「何キャラよ!?それ!つか、重たい!暑い!」
「下々の者たちはわたくしに役に立ててうれしいでしょう?」
「翼ちゃん、なんのアニメ見たの?」
「えと、フランス革命あたりの貴族の話」
「それはいいからどけ!」
綾はべりっと翼をはがす。その拍子にほのかからも離れた。
それに気にしたような様子もなく翼は綾を見てにんまり笑う。
「”いつもの”綾だね」
「っ!?私はいつもこーよ!ほら、二人とも早く行くよ!遅刻しちゃうでしょ!」
そう言って綾は歩く速度をはやめる。
心なしか耳が赤い。
「あ!ちょっと待ってよう。綾」
ほのかが慌てて追いかける。
その横を翼はすっと走り、勢いよく綾の背中に飛びつく。
「うわっ!あぶなっ!」
「おんぶおばけ!」
「なにすんのよ!のけーーー!」
綾の言葉を無視して翼はにまにましながら、ひっついている。
「たくっ朝っぱら何やってんだか」
「あ、涼子さん」
いつの間にか暑い中も涼やかな顔をした涼子がほのかの横にきていた。
「おはよう、ほのか」
「おはよう」
「うれしくてしょうがないみたいね」
前でぎゃーぎゃーと騒いでいる綾と翼を一瞥して涼子が呟く。
「なにが?」
ほほえましく見ていたほのかが首をかしげる。
「あんたら、仲直りしたんでしょ?」
「あ……」
「よかったわね」
「うん!」
ほのかがにっこり笑うと涼子も穏やかに微笑んでいた。
「えー美術部の活動予定ですが、これから試験一週間前になるので活動はお休みになります。それで夏休み中の活動なんですがー……」
放課後の美術室、今日は絶対参加と言われたいたので、いつもより人数が多い。
そんな中、のんびりとした声でしゃべっているのは、美術部長そして綾の思い人の斎である。
その言葉に、ほのかは止まった。
もう期末試験の時期である。そして夏休みだ。
試験が憂鬱なのはいつものことだが、夏休みを思ってほのかはどよんと暗くなった。
先輩に会えなくなる。
綾への呵責が消えた今、自分の気持ちを素直に認めることができた。
廊下ですれ違うたび、食堂や校庭で見つけてしまうたび悲しくなる。
遠い人だ。
考えてみると、彼とまともにしゃべったのは屋上だけだったし、まして学校内でしゃべったりメアドや携帯番号を知っているわけでもない。
三年のオネエサマに囲まれている姿も幾度か見て胸がずきんと痛んだ。
「――――――――のかちゃん、ほーのーかちゃん」
「!?」
我に返ると目の前ににこにこ顔の斎だった。
「やーっと気がついてくれた。何度も呼んだんだよ?」
「す、すみません」
「ま、いーけど。話聞いててくれた?」
「あの……えっと」
「聞いてなかったのね。どーしたの?ぼーっとしちゃって」
斎の顔は責めているというより、呆れて笑っている。
「あーもしかして!」
斎がひらめいたとばかりに人差し指を上に立てた。
「恋煩いとか?」
「へ?」
ほのかの顔がみるみる赤くなる。
「ぶちょー、それはセクハラです」
固まってしまったほのかを助けたのは、いまどき珍しい三つ編みを二つにし眼鏡をかけた同じく二年の福原副部長である。
「セクハラかあ。それは困ったなあ」
言葉と裏腹に斎は全然困ったように見えない。
「ほのかちゃん、このいい人面に騙されちゃダメ!お腹の中は真っ黒黒の腹黒なんだから」
福原先輩はほのかの両肩をしっかり掴み真剣な表情で言い聞かせる。
「あははー腹黒なんてひどいなあ」
「斎先輩が腹黒ですか?」
ほのかは展開についていけなくて首をかしげる。
「いやーん、やっぱりほのかちゃんって可愛いわね!」
ぎゅむっと福原先輩は抱きしめる。
見かけによらずふくよかな胸に息が苦しい。
「ほらほら、ほのかちゃんが困ってるよ。福原」
解放されたほのかは酸素を一生懸命吸った。
「なによ!邪魔しないでよ!斎」
「別に邪魔しているわけじゃないよ。ただ相手が嫌がってるようだからそういう行動のほうがセクハラなんじゃないかなあ」
なんだろう……顔は笑っているが二人の間にばちばちしたものが見えるような気がするのは……。
「あ、あの斎先輩。お話ってなんですか?」
「そーいえば、そうだったね。この前、提出してもらった屋上からの絵なんだけどね。あれ審査委員賞とれたみたいなんだ」
「本当ですか?」
「あら、おめでとう。ほのかちゃん」
「それで美術館に飾ってもらえるようだから、もっとちゃんと額をつけて再提出することになってね。今週はもう本当は今日で終わりなんだけど、今週の水曜来れるかな?ちょっと作業して搬入したいんだけど」
「はい、わかりました」
「で斎は何の賞とったわけ?」
「あー僕は銀賞だったよ」
「うわあ、すごいですね」
「……どこまでも、嫌味な奴!じゃ、私これから予備校あるから帰るわ。おつかれさま」
「お疲れ様です」
「おつかれー」
残った斎は、ふっとほのかに向き直った。
「あの屋上からの絵さ」
「は、はい」
先ほどの斎の発言もあり、ほのかは緊張した。
「すごくきれいに描けてたよね」
「ありがとうございます」
「もしかして特別な思いとか籠ってたり?」
ほのかはハッとにこにこ顔の部長の顔を見た。
「あははー自分の絵に気持ちが籠るのは当たり前だよねー。ごめんね、変なこと言って」
「いえ、そんなことないです」
「じゃー、今日は連絡事項以外とくにやることないから」
「あ、はい」
ほのかは自分のかばんに荷物を詰め込み始めた。
その時、ぼそっと斎が呟いた。
「…………たくっあのヘタレ」
「?先輩何か言いましたか?」
振り返りほのかは斎の顔を見たが、斎はひらひらと手を振った。
「ん、なんでもないよー」
はやいものであと3話ほどで最終話です。
はじめての作品でドキドキでしたが、感想など頂けてとても励みになりました。
ありがとうございます!
もうしばらくお付き合いくださいませ。