第18話 綴る恋話
「ほんとうに……好きな人」
ほのかは乗り出した身をすとんと下ろした。
涼子の言葉、表情……自分自身ののことを考える。
ほのかの考える能力のキャパを越えていた。
「何かあった?」
出し抜けに涼子は言った。
「へ?な、なんで?」
ほのかは慌てる。
「だって最近、元気ないし……みんな心配してるし」
くしゃりとほのかの顔が崩れた。泣きそうになるのを必死にこらえる。
自分が悪いのに、泣くなんて卑怯だと思うからだ。
「翼も以前にまして変な行動してるし……つか学校に普通あんな人形わざわざ持ってくる?」
やれやれと涼子は肩をすくめた。
涼子の言葉に、ほのかは自分のことでいっぱいで周りのことに目がいってなかったことが恥ずかしくなる。
「……ごめん」
「まあ、翼は半分以上自分の趣味だろうけど……言えないことなら無理に聞かないけど相談事があるなら聞いてあげるよ」
少しぶっきらぼうな涼子の言葉、でもそれは暖かい。
「ごめん」
ほのかはただ謝ることしかできなくて俯いた。
それぞれの作業に戻って沈黙が戻った。
いつの間にか運動場の声が消えていてホッチキスの音だけが響く。
「私、彼氏がいるの話してないよね?」
突然言われてほのかは驚いて涼子に視線を向けるが彼女の手は動いたままだ。
「う、うん」
涼子のようにきれいだったら彼氏の一人や二人……いや二人いてはまずいような気がするが、いてもおかしくないと思う。
「その人今、32歳なの」
「そっか~涼子さんだったら年上の人でもお似合いそうって……32!?」
ほのかが声を上げると涼子がくすくす笑った。
「そんなに驚かなくても……でも、仕方ないか。私らの倍の年齢だもんね」
「えっと……どうやって知りあったの?」
「お隣さんで幼馴染なんだ。と言っても私が生まれたときには今の私たちの高校一年生だったから全然接点なんて普通ないんだろうけど、うちの家両親とも仕事が忙しくてよく親同士も仲が良かったお隣にお世話になってて小さいころから彼に面倒みてもらったの」
「うん」
「物心ついたころから『忍お兄ちゃんのお嫁さんになるんだ』って言ってたくらい」
涼子は淡々と語るが、ほのかはどういう反応をしていいのかわからない。
「彼、妹みたいに可愛がってくれた……ううん、それ以上に可愛がってくれたと思う。両親が忙しかったけど忍お兄ちゃんがいたからさみしくなかったんだ」
涼子のその話と裏腹に少しさみしげな顔をする。
「でも、私は『妹』じゃ嫌で中学2年のはじめ告白したの……そしたら彼なんて言ったと思う?」
いたずらな目をして涼子がほのかに問う。
ほのかは話についていくのにいっぱいで、答えられない。
ただ首を振って、涼子を見つめた。
「彼は『涼子は小さいころから俺を見てきたから、それを恋心と勘違いしてるんだ。俺よりいい男はいっぱいいるよ。涼子はきれいだからきっといい人が見つかる』って……ふざけんじゃないわよね!」
今まで淡々と語っていた涼子が急に声を荒げたので、ほのかは吃驚する。
「りょ、涼子さん?」
「私は、そんな『子供に対する大人の言い訳』を聞きたかったんじゃない。私は確かに子供だったけど、本気だったから……本気だったから好きだったから!」
思いだしているのか涼子の怒りでうっすらと上気した顔が少し切なげに歪む。
ほのかは一瞬その表情に見惚れた。
「だから、はやく大人になりたくて努力したわ!」
「う、うん」
「早く成長するように牛乳だって毎日飲んだし、毎朝美容体操もかかさず、夜はちゃんと9時に寝たし!見かけだけで頭の悪い女になりたくなかったから勉強だって頑張った!」
いつの間にか片手で握りこぶしをつくった涼子は熱く語る。
「はい!」
ほのかはその迫力に両手を揃え姿勢を正して聞いていた。
「それで、16歳になった4月、彼の部屋に夜這いに行ったの!」
「よ、よばいですか!?」
「そうよ!それで言ったの『もう16歳になって結婚できる年になった。もう大人だ。私のこと女として見れないなら拒絶して、それ以外の返事ならこのまま押し倒す!』って」
「ほひえ!?」
ほのかの口から悲鳴ともつかない声が漏れた。
普段のクールな涼子からは考えられない言動と行動である。
涼子は思っていた以上に情熱的な人なのかもしれない……。
「それで、付き合うことになったのよ」
言い終えて満足したのかにっこり涼子は微笑む。
「……そうなんですか」
その微笑みに、涼子のことは怒らせてはいけないとなぜか心に誓ったのは内緒だ。
「まあ、私の話はどうでもいいんだけど」
ほのかは、どうでもよくないのでは?と思ったが曖昧に頷く。
「どんな結果にせよ。後悔しないようにね」
それだけ言って涼子は手元の記入作業に戻った。
ほのかもそれに倣い作業に戻る。
パチンパチン……。
自分の頼りない思い……このホッチキスみたいにしっかり留まればいいのに。