第16話 遅すぎた自覚
「俺のこと好きなの?」
そう雅海に問われとき、ほのかの表情は動かなかった。
喜怒哀楽、どの感情も表れない顔、逆にほのかがそんな表情をするのは珍しい。
ハトに豆鉄砲を撃ったらこういう顔になろうか。
それを見て雅海は苦笑する。
「冗談だよ……ただ、俺は……」
雅海が何か言いかけると、ほのかが突然急に立ち上がった。
「す、すみません!!用事を思い出しました!!!」
早口にそう捲し立てると、ほのからしからぬ素早さで荷物を持つと踵を返し屋上の扉へ向かう。
「お、おい!」
雅海の制止の声も聞こえないかのように、ほのかは早足で歩く。
ガチャンと金属製の扉が乱暴な音を立てて閉められた。
「なんなんだよ、一体……」
一人残された雅海は呟いて、息を吐くと大の字の倒れた。
どうしよう、どうしよう、どうしよう……
たんたんたん、と階段を下る音が速まる。
どうしよう、どうしよう、どうしよう……
ほのかの足が早足から駆け足に変わって、美術室のある3階はとっくに通り過ぎていた。
最後にはほぼ全速力で1階まで駆け下りたほのかの息は少し上がっていた。
それ以上に頭の中がぐるぐると意味のない回転を続ける。
胸の動機がとまらない。
「どうしよう」
あのとき、雅海に問われた言葉。
あのとき、雅海の瞳。
ほのかのすべての気持ちを見透かされているような気がした。
ほのかの中で今まで不明瞭で形をなしていなかったものが、一瞬にして形として現れた。
今まで見ないふりしていたものを、自覚してしまった。
「私……近藤先輩のことが好きなんだ……」
ほのかはうずくまり、呟いた。
自覚すれば、思いは簡単に膨らんで混乱で泣きそうになる。
雅海は綾の好きな人だ。
3年のきれいな先輩たちにいつも囲まれている。
顔が良くて、頭も悪くないし運動神経だっていい。ファンクラブがあるくらいだ。
だから、ほのかなんて相手にならない。
相手にしてもらえないだろうし、自分でも別世界の人だと壁をつくってた。
人をからかって意地悪そうに笑う顔。
夕陽を眺めて穏やかに笑う横顔。
雨を「音楽みたいだ」と言って無邪気に笑う顔。
周りからクールだとか言われてる割にほのかにはぽんぽん言葉をかけてきて意地悪だと思ったけど、なんだかんだ言って優しくて何度も助けてくれた。
屋上に来ていいと言われ、いろんな表情を見て楽しくて自分が特別なような気がしてうれしかった。
いつからなんてわからない。
いつの間にか好きになっていた。
綾の頬を染めた真剣な表情が頭をよぎる。
協力する、と言ってしまった。
「私は卑怯物だ……」
彼のことを好きな人他にもいることを知ってたくせに、自分の居心地がよい場所に陣取って、そのくせ自分の気持ちさえ見ないふりして友達にもいい顔して……知らず知らずに、ぽろりとほのかの頬に涙がこぼれた。
「私は本当に馬鹿だ……」