第14話 不機嫌な沈黙
「協力するっていっても何をすればいいのか……」
こういった色恋沙汰に慣れていない、というより親しく男子と交流したこともないほのかは困ってしまった。
「たとえば……好きなものとか!好きなタイプとか!!」
「ええ!?」
思わずほのかは眉を八の字にする。近藤先輩とはそんなこと聞くほど親しくはない。
日常会話さえない間柄なのに……。
しかし、開き直った恋する女のパワーは強い。いや、もともとの綾の性格なのか……がっしり握られた手は離してくれそうになく目は強く訴えている。
キーンコーンカーンコーン
「やばっ授業始まっちゃう!」
綾は手をつないだまま、ほのかを引っ張って走り出した。
始業の鐘に救われたのははじめてだ、とほのかは思った。
そんなことがあって数日過ぎ……雅海と屋上以外で接点もないので部活がなければ会うこともない。
しかし、今日は火曜日だ。
屋上の扉の前でため息をつく。6月ももうすぐ終る。7月の第1週の木曜日にコンクールの絵を提出と言われたので指折り数えてみると、ここに来るのはあと3回だけ。
そう考えるとなんだかさみしい気がした。
それに、あのときの綾の顔を見て以来、胸にもやもやする感じはなんだろう。
「そんなことより、絵完成させなきゃ!あと3回しかないんだから!!」
気合いを入れて扉手をかける。鍵が開いていてさきに雅海が来ていることが来ていることがわかった。
薄暗い階段の踊り場から外に出るといつもまぶしく感じる。
視界には、白いワイシャツ姿の背中、少し茶色い髪が風になびく。
雅海はいつもの定位置におらず、屋上の真ん中あたりで足を投げ出して座っていた。
いつもと違う状況でほのかは戸惑う。
なぜ、彼はあそこにいるのだろう。
そんな疑問を持ちつつ彼に近づいた。なぜなら、彼の左脇あたりがほのかのいつも絵を描いている場所。
おそるおそる腰を下ろす。
この場合、あいさつしたほうがよいのか。
足音で気付いているだろうが、彼は何のリアクションもない。
「…………」
「…………」
いつもと違う沈黙がほのかには重く感じる。
そっと雅海のほうを見ると、視線がばっちりあう。
「……お前……」
「なんですか?」
「いや、なんでもない」
再び視線が逸らされる。
何か言いかけたが、言うつもりはないらしい。それを問える雰囲気ではない。
いつもはほのかの存在を許容するようなどこかのんびりした雰囲気あったが、今はそう、言葉にすれば、拒絶。
それに気付いたほのかは、なんだか泣きたいような気持になった。
どうしてだろう。
ほんの2週間も前は存在すら知らなかった相手だ。屋上以外では交流はないし、挨拶さえしない仲なのに……そんな考えをほのかは頭を振って追いやった。
先輩の様子もおかしいが、少し今の自分はおかしい。
雅海はそれから一言しゃべらない。ただ重苦しい空気が落ちる。
はじめてみたときに感動した遠くに見える海の太陽に当たって輝いてみえるが、それほのかの心を浮上させるものにはならなかった。
「そ、そういえば先輩って好きな食べ物とかありますか?」
不自然さが拭えない急な話題、ほのかはただ今の状況を打破したくて、綾に頼まれたことを思い出して言った。
「は?」
誰だってこの状況で急に食べ物の話などされれば不審がるだろう。雅海も不審げな顔をする。
「いや、すみません。ただ単に気になっただけで……ほら、先輩と話す機会ももうあんまりないですし」
「だからってなんで好きな食べ物の話になるんだよ」
呆れたように雅海が言う。少し雰囲気が和らいで、ほのかは少しほっとする。
「べ、別に好きなものだったらなんでもいいんですよ!例えば、動物とか……女優さんとか!」
最後のは「好きなタイプ」とはさすがに直接言えないほのかの精一杯の変化球である。
雅海は黙って、ほのか見る。
ほのかは顔の造作よりも雅海のこの意思の強そうな目のほうが印象的だと思う。
その目がほのかを何かを探るようにまっすぐ見る。
この視線は苦手だと思った。ネコ科の野生生物に見られているような気がする。
「なんで俺の好きなもんなんて急に聞くんだよ。もしかして……」
雅海が言葉を途中で切る。視線はずっとほのかに合わせたままだ。
「俺のこと好きなの?」