表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。

古代スパルタの貴族に生まれ変わってしまった

作者: デイロー

俺の人生は酷いものだった。親とか、教師とか、友人関係とか、全部全部酷かった。


勉強もできず、彼女もできなかった。引きこもりだから、うつ病だから、口下手だから、目鼻立ちが魅力的じゃないから…。


理由なんてもはやどうでもいい。これは人生ではない、ただの悪い夢だ。


そう思いながら俺は首を吊って死んだはずだったんだけど目を覚ました。


本当に人生そのものが悪い夢だったのかという気持ちとここはもしや死後の世界なのかという疑問が半々。


「目が覚めたか。」


知らない言葉だけど意味がわかる。男は一目でわかる筋肉質で、髪の毛は短く、無精ひげを生やしている。西洋人だ。胸毛もある。


そしてひらひらの白い布だけを身にまとっていた。大事なところとか普通に透けて見えるんだけど。何だろう、まるで現実味がない。誰がそんな服なんて着るものかと。


頭に鈍重な痛みがしたので触ってみるとコブができている。男が手にしているコップを渡して、俺は反射的にそれを受け取ってから飲んだ。


意識が徐々にさえてくるにつれ記憶も取り戻した。


俺の名前はグレゴリウス。今年で八歳になる。


そしてこの国の名前は…。そう、何度も聞いているので知っている。


スパルタ。


彼の名前はハイポシウス。今俺たちは訓練中で、俺は彼のこん棒に打たれて気を失っていた。


「飲み終わったら起きろ。気絶したのでむち打ち五回だ。」


は?俺は聞き返そうとしたけど体はそれを拒絶していた。


慣れていた。自分の背中だけど見なくてもわかる。


背中には鞭に打たれたあとが当然のように残っている。柱を掴む。背中に悲鳴すら無意味になりそうな激痛が走る。舌を噛みそうだ。


木剣を握る。


俺は死んだはず。死んだはずなのに、生きている。


いや、生まれ変わったのか?前世を思い出したと?だとしたらおかしい。スパルタは数千年も前に滅んだ。


俺は過去に生まれ変わったとでもいうのか。


訓練を受けているのは俺だけではない。男、教官は冷静に見ている。彼の瞳はまるで獰猛な獣のようであった。


まだ八歳だぞ、子供をこんなに酷使させていいのか。


今はこん棒の時間で、次は木剣。その次は槍。


模範の動作を見て学ばされるようなことはない。最初から己のやり方を極めることを要求される。そこに指導が入って、よりよき動きになれるようにする。それを教官と一対一で殴りあいながら知っていく。


それから二人でペアを組まされると試合というか、これはもうほとんど殺し合いのようなものだろうと言えるものが始まる。


行儀よくやるものではないのはもちろん、相手が降参を宣言しないとどこまでやってもいい。骨を折ったら次の訓練に参加できない。そうすると腕が鈍り、負傷する確率が上がる。這い上がれずそのまま何かしらの理由で罰を受け、そのままその罰が原因で死ぬことは割と普通にあった。


俺も下手したら死んでいた。むち打ちを受けすぎると死んでしまう。神経がショートしてショック死をしてしまうのである。


スパルタって。


スパルタ式で訓練をするって。


こういうものだったのかよ。


地獄じゃないか。


これなら同じスパルタの人間でも特権階級であり全員が軍人としての役割を求められる貴族ではなく平民だったほうがよかった。


だがその理由も学ばされる。座学の時間もあるのだ。


ギリシャの北方には敵であふれている。


遊牧民たちが肥沃であたたかな土地を求めて引っ切り無しに押し寄せて来るので、ギリシャは常に戦争状態にあるようなものであると。


はぁ?ギリシャってそんな魔境だったの?ギリシャって、ギリシャ同士での戦争しかしていないイメージがあったんだけど。それとペルシアに侵攻されるとか。


もしかしてあれか。戦争に関する記録で残っているのは巨大な文明同士でのそれだけで、実際に文字すら持ってない遊牧民とか毎日のように侵略してくるからそれを記録に残す価値ですらないと。


ならイタリアはどうした。スペインは?いや、そっちも厳しいのは同じなのか。そんな侵略にさらされ続けたからこその帝国となったのか?


なんで平民は戦争に動員しないのか。動員していると。物資の運搬とか、武器の手入れとかを主にやっていると。


実際に戦うのは貴族。そのための貴族。貴族がそんなんでいいのか。というかスパルタの軍人って、市民ではなく全員貴族だったのかよ。やばすぎないか。


貴族がこんなに武闘派でいいのか。


戦術も学ぶ。一に密集、二に密集、三に密集。密集して盾で身を隠し、3メートルほどの槍を構える。


そこから始まる。これをファランクス陣形という。ファランクスが崩されるのは許されない。


ファランクスが崩されるのは最後の最後だ。


それでも崩されるときは崩される。その時は剣や短槍、投擲を使う。鎧は肘から手首まで、膝から足首まで、そして胴体を守る。


ファランクスが崩れたらやることは簡単だ。


自分が一番得意なやり方で近くの敵を無力化する。殺しても殺さなくても、無力化をしないのは許されない。


剣で切れ、槍で貫け、拳で殴れ、牙でも爪でも使え。


スパルタはそうやって守られてきた。そうやって守るものだ。そうしないと蹂躙される。文字すら持たない蛮族に我々が命を懸けて守られてきた土地を奪われる。


そうしないためにとにかく鍛える。訓練中に死んだらそれまで。


教官は淡々とそれらを言っていた。熱を上げているわけでも叫んでいるわけでもない。淡々と、俺と同じ少年たちの一人一人の目をしっかり見ながら、スパルタはそうやって守るものだと説明された。


すべては名誉のため。名誉とは何か。命を懸けて守った証だ。祖国は最後の瞬間までお前を覚えるだろう……。


それを聞いて静かに、それでも確実に胸の中に熱く燃え滾るものがあった。


今まで感じたことのない感覚。


人生なんて辛いことばかりだと思っていた。嫌なことばかりだと思っていた。なぜ俺の親はまともな人間じゃないのか、なぜ俺にはまともな友人ができないのか、なぜ俺はまともな教育を受けられないのか。


痛みがなんだ。俺は意味のあることがしたかった。人生を意味のあるものにしたかった。だけど出来なくて、周りのせいにしろ自分のせいにしろ、何か理由をつけていた。いや、それが俺の現実だった。それから離れることはできない。


そんな現実からは出ていきたいと思っていた。だから俺は死を選んだ。その結果がこれなら、受け入れよう。


歴史に名を遺すことなんて考えない。


残すのはグレゴリウスという人間が生きていたという証。命を懸けて守り通す祖国スパルタである。


本格的なファランクスの陣形を練習をするのは大人になってから。


それまで生き残るのが先だ。


訪れたのはひたすら訓練が繰り返される日々。だがこれはいつものことだ。変わりはない。


しかし以前からは何となく周りのみんながやってるから、訓練するのを、生き残るのを求められているからやっているという気持ちが強かった。今は違う。より高みを目指す。自分の感覚を鋭利に研ぎ澄ませながら着実に今より強い自分を描きそれに近づいてはまたその先を、そしてその先を。それに終わりはない。


前世でもゲームを一度手に握ると自分がどこまでできるのかやりこむのが好きだった。そんなに得意ではなかったかもしれない。だが記憶は残っている。いつの間にか俺は自分の動きを俯瞰する視点を心の中で作って、それを繰り返す動作の中で修正しながら洗練されて行った。


武器と格闘術を極めていく中で俺は剣が得意だった。みんなが剣をこん棒の延長線上で扱っていたが、俺は違った。剣には握った剣までもがわかる固有の呼吸がある。この呼吸で切り込むか、この呼吸で下がるか、この呼吸で突きをするか。剣をまるで尖ったこん棒のように扱う連中はそれがわからないようで。


剣を握ると俺は負けることを知らなかった。


槍と格闘だって剣術に比べたら劣っていたけど、弱くはない。静かな時間が好きだった。何かをいろいろ考えることもない。考えて答えが出るまで悩むこともない。どうせ人間はいつか死ぬ。そうやっていつか死ぬなら祖国を守って死ね。


そんな単純な考え方をどこまでも極めるだけ。


この時代は、古代ギリシャは、雑にものが溢れていないだけあって意識が色んなものにかき乱されることがなくて。


気が付くと俺は成人になっていた。成人でも18歳である。


いろいろあった。


真冬に着の身着のまま、すらない。パンツとサンダルだけで訓練合宿所から放り出されて、夜には平民の家に忍び込み食べ物と飲み物を盗んで、昼には平民たちが仕事に出ている間にそこで眠りにつく。それも誰かに見られるわけにはいかないので浅いまま。


知ってはいたけど直接経験するとこれはまた感慨深かった。


異世界より地球の古代の方が刺激的だとは考えもしなかったのである。


食べ物は味がほとんどしないか固いものが殆どだったけど、もともと前世でも食が細かったので気にせず生活していた。


それでも成人になると色んな権利が発生するのだが。土地を所有する権利、奴隷を所有する権利、参政権、女性と結婚して家族を持つ権利…。


そう、女性と結婚できるようになるのである。俺にも当然親がいる。じゃあ親が決めるのか。いや、そうじゃない。


スパルタの女性は強い。強く、美しい。彼女たちはほかのギリシャの国々の男性並みに日々鍛錬をする。


筋肉質である。筋肉質と言ってもボディービルダーのような筋肉質ではなくアスリートのような筋肉質である。


風呂にも頻繁に入り、体にもよく香油を塗る。


そして皆が自信満々な態度をしていて、見ていて清々しい。女でも強いし肉体派なので陰湿じゃないのである。


そんな強くて凛々しく美しい女性を、彼女の家から攫う。自分を攫いに来た男性が気に入らなかったら激しく抵抗して失敗する。気に入ったら抵抗するように人に見せかけて攫われてからそのままゴールである。


なんてことをするんだスパルタの貴族は。もう俺もそんなスパルタの貴族の一員なのだが。


実は前々から目をつけていた子がいた。この時代からしたら童顔だと舐められるのであまり好まれない。美しいとは思われないのである。だが俺は違う。童顔だからいいのではなく、西洋人の童顔は東洋人の美人と大差ない。


ちなみにスパルタの貴族は、男女問わず見目がいい。それはなぜか。目鼻立ちが悪かったら赤ちゃんのうちに殺されるからだ。


俺も例にもれず美青年である。前世ではあまりぱっとしない顔立ちをしていた。だが今世では違うのだ。


前世から口下手だった俺はこういう文化の方が性に合っている気がしないでもないし。


彼女の家は知っている。俺は宿舎からこっそり出て、貴族街にある豪邸の一つに足を踏み入れた。隠密には慣れている。軍隊は隠密行動も必須スキルの一つなのだ。


奇襲の時、足音が消せたら効果はその分高まる。だからあんな真冬で追い出されるようなことがあるのだろう。


いや、あれはただの通過儀礼のような気もするけど。考えるのはよそう。もう過ぎたことである。


今は訓練に訓練を重ねる日々だ。スパルタの成人男性は20代の殆どを兵隊訓練に使う。ファランクス陣形の訓練である。


密集し、盾で互いの弱点をカバーしながら槍で突く。簡単そうに見えるが、かなりの集中力と訓練を要する。


自分だけではなく隣にいる人間までカバーするものだから、訓練を重ねないと隙ができてしまうのだ。自分も知らないうちに。


今の時代の戦争はファランクス維持力を競う戦いと言っても過言ではない。ファランクス陣形をどれだけ徹底的に守れるか。小さい隙でも作ってしまえばあっという間にそこに向かう流れが生まれる。


そしてこれはギリシャが北方の蛮族相手に必勝する戦略である。それはなぜか。


ギリシャの国々は山岳地帯で作られている。平地が少ないため騎兵の運用は困難。蛮族の騎馬兵が自分の長所を活かせない。するとどうなるか。投擲をしてから突っ込んでくるだけとなる。


ファランクス陣形はそれを防ぐに最適ということだ。隙間のない盾がびっしり並び、3メートルを超える槍は敵がたどり着く前に敵を貫く。


ただ映画よりはずっと色にあふれている。すべての盾は貴族家のものだ。貴族家には紋章がある。それを盾に描いている。様々な獣や植物が描かれているのである。


ギリシャの彫刻だってそうだ。大理石の彫刻だけど、着色されているのである。肌の部分はここらの人種の肌色で、服も服の色で。


なぜ未来には白くなったのかって、着色料が植物由来のものだからだ。つまり劣化していずれは消えるのである。


と言ってもスパルタはギリシャのほかの都市に比べると色は少ない方だという。俺は行ったことがないのでわからん。重要な役職についていると使者とかで訪問することがあるかもしれないが。


オリンピア祭典?


妻とイチャイチャする方がよかったので行ってない。


そう、結婚したのだ。結婚をしたのである。


皆が寝静まったある春の日の夜のことだった。強引に攫うなんてことはさすがに気が進まなかったもので、あえて起こしたらこっちを見てきょとんとしていた。


まさか自分を攫いに来たとは思わなかったようで。


俺は彼女を横抱きして家まで彼女を連れて行った。


家は大騒ぎになった。一言も言ってなかっただろう、あの家の娘さんじゃないか、顔がちょっと幼いが、それでいいのか、お前強いだろう、等々…。


俺が決める。俺が決めた。彼女がいい。彼女が一番いい。最初に見た時から好きだった。俺と結婚してくれないか。


彼女は、スパルタ人女性は基本的に迫力もあるし男女で口調が変わることがない、こう答えた。


「ああ、いいだろう。結婚しようじゃないか。」


だが結婚してもイチャイチャする時間より訓練する時間の方がずっと多い。仕方ない。スパルタではこれが貴族の義務である。だが夜は楽しいのである。


殆どが訓練宿舎で寝泊まりをしている間、俺はへとへとしながらも家に戻って彼女を抱いて、いや、俺は疲れているので彼女が主導する時のほうが多かったから俺の方が抱かれたようなものか、そんなんやってたらすぐ子供ができるわなと。


だが俺は心配をしていた。赤ちゃんは審査され、少しでも欠陥があったら廃棄される。


俺はほかの文化は受け入れることができた。何なら今でもスパルタのためなら生きては戻れない戦場であったとしても出陣をする覚悟がある。だがあれはだめだ。


子供を殺して何になる。知ってるか。スパルタが滅びてしまった原因の一つに、スパルタ後期の軍隊の動員数が前期には数千だったものが数百にまで減ったのがある。なぜって、幼児を、子供をあんなに殺してるからだ。


馬鹿か。赤子が生まれたら鑑定士に送るのは議会は定めている。だがそれがどうした。


俺は彼らに言いたかった。言いたいことを全部言いたかった。


ちなみにスパルタ人は議会でもあまり長話はしない。普段はこんな感じに議会で講義が行われる。


「遊牧民どもがまた乗り込んでくるそうだ。」


「規模は?」


「三千ほど。」


「場所は?」


「北の山だ。」


「いくら送る?」


「五百でいいだろう。」


「時刻は?」


「明日の正午。」


これで可決される。


しかし俺はこれで終わらせない。若い人は殆ど座ってるだけ。二人の王様以外は全員貴族なのでみんなが国会議員のようなものだ。


王様がなぜ二人いるのかだが、一人は戦場で指揮をし、一人は国内に残るためだ。


それで俺は発言権を王に求めた。


「王よ、我の発言を許可願いたい。」


「名は?」


「エピデウスとエルピナの息子、グレゴリウス。」


「よかろう。」


「貴公たちに問いたい。生まれてすぐの赤子を身体的条件を基準にすぐに殺すのは妥当な判断かと思うか。」


「そうするしかない。ファランクスのためだ。」議員の一人が答える。


「だが赤子と言っても成長しなかったらわからない場合もある。それはどう判断する?」


「鑑定士は確実と言っている。」


「何を根拠に信じるのかと聞いているんだ。鑑定士がそうだと言ったらそれが鑑定士の嘘でも信じるのか。鑑定士は誰が鑑定する?彼らが確実であると、神様は言っていたのか?偉大なるゼウス神がそう決めたとでも?」


「なら鑑定士を鑑定する鑑定士を育てるか。」


「それはまた誰が鑑定するというのか。いつまで経っても終わらないだろう。」


「ならそなたはどう提案する?」


王の一人がそう聞いて、ここで俺は言ったのだ。


「スパルタを守るためにはスパルタの厳しい訓練に耐えられるだけで十分だ。子供に欠陥?ファランクス陣形だけを守るのだけがすべての価値とでもいうのか。平民でさえそうはしないだろう、弓兵だって育てられる、工兵だって育てられる、何なら平民に落としたらどうだ。それもできず殺すと?ふざけるな!どうせ死ぬなら戦場で死ぬ!母親がどれだけ苦労して子を産むのか知らんのか!一体この世のどの動物が自分の腹を痛めて産み落とした赤子を殺すか!ああ、いたな。赤子を食ってしまうものとか。ならそうするか?せっかくの肉だ。赤子を食うというのか!それとも必要な犠牲だと?俺たちの祖国は赤子を犠牲にでもしないと維持されないとでもいうのか!そこまで脆弱とでもいうのか!」


ここでしばらく場に沈黙が流れた。


二人の王の隣には王妃たちもいる。スパルタ人は女性でも限定的ながら参政権を持っていて、王妃は議会に参加できるのだ。


スパルタの王妃は王妃ではない。王と並ぶ女王なのである。


「神託を受けよう。」


そして皆が何も言えない状態で、女王の一人が言ったのだ。


彼女の隣に座る夫である王が言った。


「だが君は口数が多い。戦場で頭を冷やせ。」


これで俺の初の戦場が決まったのである。


我ながら何をしていたのかと、言いすぎてしまった感じはあるけど。


まあ…、ついね。やってしまったわけで。


これで俺は一躍有名になってしまったわけで…。


悪い意味で。


ちなみに神託でそれでも赤子を殺すようなことを言ってたら俺が神官たちを殺していた。妻とスパルタから逃げてやるとも思っていた。いや、愛国心はあるけど、さすがに国そのものがやばい思想を持ち続けているとか、それで亡ぶのが確定しているのに何もしないとか、逆にそっちの方が反逆者っぽくないか。


最初の戦場だけど。


それはもうすごかった。


何がすごいって、馬が使えない遊牧民って、ファランクスの前にはまるで役に立たない。


こっちは一人の軽傷者すら出ていないのに、3000ほどいた敵は500ほどを残して全滅。勝手に突っ込んできて突破しようとあがいて、無数の槍にくし刺しにされ無残に死に絶えたのである。


やばい。ファランクス思ったより強すぎる。あの有名なレオニダス王が出る映画より蹂躙できたからね。


毎日これの訓練ばっかりしている理由はわかる。


そして奴隷を大量に確保。兵士だけじゃない。


遊牧民の連中は戦争を吹っかけてくる時はただ兵士だけを送ってきたりはしないんだよね。


遊牧民がそもそも定住して文明を築き上げている場所に突っ込んでくるのって、自分たちの中で争いが起きたりして、それを平定した奴が遊牧民をまとめ上げては大勢で押し寄せてくるか、それとも自分たちの中での争いに負けて、定住している人たちを殺して自分たちが取って代わろうとするかのどっちかで。


前者は心配しなくてもいい、まだその時代じゃないので。どんな時代かって、あれだよ。


モンゴルとか、フン族とか。


今は紀元前なんだよね。ペルシア戦争も時期的にはまだ少し余裕がある。


だが後者はしょっちゅう起こるのである。


それはもう、定例行事のように、下手したら月に二、三回の頻度で。それでそこで集まってきた連中は家族とかいるわけだ。


父だか兄弟だか、とにかく男たち…、たまに女もいる、そいつらを殺してから残った家族たちは言葉は当然通じないので武力で威嚇しながら、実際に見本で反抗した奴は殺したりしながら、全員を捕まえてスパルタに戻る。


戻ったらそのまま奴らは奴隷に落ちる。


そんな仕組みだ。


だが俺が生まれて流れが変わった。


俺が議会で抗議をしたことによって流れが変わった。


俺と妻の愛の結晶を知りもしない人間に殺されてたまるか。


だがその反動というか…。


じゃあお前がファランクス以外の兵科を作って育成してみろ、と言われて。


弓兵と両手剣を使う突撃兵を俺が担当して育てることに。


俺が生まれた時代はギリシャ同士での大きな戦争は起きず、遊牧民が引っ切り無しに侵攻してくるだけの平和(?)な時代だったこともあって、俺はこれは下手したら死ぬんじゃないかという戦場には行ったことがない。


模擬戦では当然ながらファランクス同士でぶつかりあうこともやるけど、木の盾と槍と同じ長さの棒で。


あれはやばい。相手がいくらスパルタ人より劣っても、こっちも必ず死者が出る。特に最前列に立たされると生存率は絶望的と見ていい。


しかしこのファランクスも万能ではない。そもそも進軍が遅い、騎兵を相手にするのははなから前提にすらしていない。いや、ほかのギリシャの国はともかくスパルタではやってるが。やってるけど本格的ではない。だって知らないし。大規模の騎兵が迫って来る状況とか経験していないし。


遊牧民が近くでウロチョロするときもあるので遠征にも出る。その時はたまに騎兵と相対することもあるが、この時代の騎兵はちょっと、いや、かなり弱い。ただ馬に乗って突っ込んでくるだけだから。馬は中世のように鎧なんて着ていないし、馬に乗って弓なんて撃ってこないし。


ただの雑魚である。馬なのに魚である。ヒッポカンポスか。だからヒッポカンポスが神話に出るのか。違うか…。ヒッポカンポスとは頭と胴体が馬で、下半身が魚の、ポセイドンが乗る馬のことである。


しかしどうしたものか。


そんなこんなあったけど、何気に充実に過ごしているスパルタ人としての生活。


だがこの時の俺は知らなかった。


古代ギリシャが滅びずにそのまま残って、ローマと欧州を半分ずつ支配する歴史になってしまうことを。


そしてそうやって変わった世界の歴史の現代にまた生まれ変わってしまうことを…。



おしまい。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] すげー面白かった 短編なのが悔やまれる... 連載してるじゃん!? ありがとうございます!
[良い点]  嫁取りの様子とかかなり面白かったです。それに、スパルタ人の生活の様子がよくわかったのもよかったです。連載も始まったようで、この後が楽しみです。 [気になる点]  2つほど  そこが“スパ…
[気になる点] 続きが読みたいですね
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ