第7話 料理のお手並みは?
「あとは、空気清浄機だけか?」
「うん、それでリストは全消化だよ」
同居二日目、俺たちは大型家電量販店に来ていた。
自立を促すって家の方針で俺は高一から一人暮らしをしてたんで、一応俺が使ってた家電類はあるものの。
それはあくまでも一人用だし、洗濯機やら冷蔵庫やら炊飯器やら諸々は新たに買い揃える必要がある。
「あっ、見てみて秀くん!」
と、空気清浄器のコーナーに差し掛かったところで唯華が何かに気付いた様子で駆け出す。
「これ! ダルマ型の空気清浄器! 凄くない!?」
「ぶっふぉ!?」
シャープなデザインの空気清浄器が並ぶ中に鎮座する明らかに異彩を放つ存在に、思わず吹き出してしまった。
「な、なんでダルマ型なんだよ……!」
「縁起物だからじゃない?」
「空気清浄器に縁起物要素いらないだろ……!」
笑いを堪えながらのツッコミは、声が震えてしまう。
「わっ、凄い! 最大適用床面、三十畳! 空気中のカビやホコリを、五分で九十九%以上除去! 更に、スマホのアプリで外出先から操作も可能! だって!」
「ふはっ、なんで無駄に高機能なんだよ……!」
「普通のやつより体積が大きいから、色々と組み込めたんじゃない?」
「お、おぅ……そう考えると、合理的……なの、か……?」
一瞬「なるほどな?」と思ったけど、よく考えるとどうなんだろうな……。
「しかも、なんとこれ……」
唯華は声を潜め、何か重大な事でも語るような口調でダルマ型空気清浄器に触れ……そっと、押した。
傾いたダルマ型空気清浄器は……しかし、倒れることなく元の姿勢に戻る。
「倒れても、起き上がる」
「ふっ、くくっ……! ダルマ要素強すぎだろ……!」
駄目だ、なんかツボに入っちまった……!
「ねぇ秀くん、これにしようよ! 私、ビビッときちゃった!」
「うん、なんかもう俺もそれしかない気がしてきたわ……今更、普通の空気清浄機じゃ満足出来ない身体にされちまったわ……」
ここで出会ったのも、何かの運命に思えてきた。
「それじゃ、けってーい」
「おぅ」
傍らに積まれたダンボール詰めのダルマ空気清浄機を抱え、レジへと向かう。
その、途中。
「あら、新しく同棲するカップルかしら」
「初々しいわねぇ」
少し離れたところから俺たちを見ながらそんな会話を交わすマダムたちの声が漏れ聞これてきて、なんとなく面映い気分になった。
まぁ、確かに男女二人でこうしてたらそう見えるよな……実際、間違ってもいないわけだし。
……つーか。
「うん? 秀くん、どうかした?」
「や、なんでも」
唯華にはそう答えたけど、今日ずっと気になってる点はあった。
それは……。
「あの二人、なんか可愛いねー」
「えっ、あの子すっごい美人じゃない?」
「はーっ、俺も彼女欲しい……」
すげぇ人の視線を感じるな!? ってことである。
理由は明白、シンプルに唯華の容姿が人目を引くためだ。
ややダボッとしたプルオーバーのシャツにデニムパンツっていう割とラフな出で立ちだけど、それが逆に素材の良さを目立させている。
「~♪」
だけど当の唯華は鼻歌混じりで、全く周囲を気にした様子もない。
つまり、いつものことなんだろう。
一方の俺は、その隣を歩くというのは少し緊張するというか……唯華の名誉のためにも「なんであんな男が」とか思われないよう、気持ち背筋を伸ばすのだった。
「あっ、そうだ」
と、何かを思い出したような表情の唯華。
「この後、スーパーにも寄っていい?」
「いいけど、なんで?」
「なんでって、食材を買うためだけど」
「……なんで?」
理由を聞いた上で、思わずもう一度尋ねてしまった。
「ふふっ、今日は私の手料理を振る舞ってあげるからっ」
と、力こぶを作ってみせる唯華。
「……そっか、期待してるよ」
そう言いつつも、俺は一応『覚悟』を決めることにした。
ぶっちゃけ、お嬢様育ちの唯華がまともに料理出来るとは思えないもんなぁ……。
◆ ◆ ◆
そして、数時間後。
「……マジかよ」
テーブルの上に並んだ品々を見て、俺は絶句していた。
山菜の和え物、豆腐と錦糸卵のお吸い物、筑前煮に天ぷらに茶碗蒸し、そして魚の煮付けと見事な品々が並んでいたためである。
「……えっ、お取り寄せした?」
「ここまでの流れからで、そんなわけないでしょ」
「……だよな」
若干呆れ気味の唯華の返しに、ぼんやりと頷く。
作ってるところを見られるのはなんか恥ずかしいって唯華が言うもんだから調理過程は見てないんで、ワンチャンその可能性もなくはないかと思ったんだけど。
「さっ、食べよ食べよっ」
「あ、うん」
特に誇るでもない唯華は、これくらい出来て当然って感じだ。
『いただきます』
二人、声を揃えて手を合わせる。
それから、俺は恐る恐る山菜の和え物を箸で摘んで口に入れた。
見た目だけは完璧だけど味が壊滅的っつー可能性も一応考慮して、気持ち摘んだ量は少なめ。
「あっ、美味っ」
けれど、思わずそんな声が漏れるくらいに美味しくて完全に杞憂だった。
続いてお吸い物、筑前煮と順々にいただいていき……。
「うん、美味い。これも美味い。いや、美味いなっ!?」
どれも上品な味付けながらしっかりと旨味は感じられる上に、皿同士が味を引き立て合っているようで食べれば食べる程に美味い。
「滅茶苦茶美味いよ、唯華!」
箸が止まらないけど、合間でもう一度感想を口にする。
言うて俺もまぁ所謂お坊ちゃんなわけで、実家にいた頃は結構な美食環境にあった。
けど、唯華の料理はそれに勝るとも劣らないものに思える。
いや、そこらのスーパーで買った食材がこんなに美味しくなることとかある?
「ふふっ、そう言ってもらえると嬉しいな……十年の修行の甲斐があったよ」
「えっ、十年?」
微笑む唯華の言葉に、素で疑問の声が漏れる。、
「んんっ……! というのは、もちろん冗談でぇ!」
咳払いする唯華の笑みは、若干ぎこちなく見えた。
「ふふっ、やだなぁ秀くん。十年後の結婚を見越して八歳から料理の修行を開始するとか、そんな重い女なんているはずないじゃない」
「それはまぁそうだろうけど……」
「……うん」
あれ……? なぜか、若干落ち込んだ雰囲気に見えるような……?
「ともあれ! ほら、お見合いで結婚も決まったことだし? ちょっと花嫁修業でもするかなーってお料理を習った結果だよ」
かと思えば、唯華は表情を改めてそう説明する。
「お見合いまでは、料理したこともなかったってことか?」
「そうだねー。何しろ私、箱入り娘だし?」
「そんな短期間でここまでの腕前になるって、天才かよ……」
正直、八歳の頃から修行してたって方がまだリアリティがあるけど……実際、十年前の男子っぽかった『ゆーくん』が料理の修行とかするとも思えないしなぁ……。
「唯華、将来は何かしら料理に関わる仕事に就くべきなんじゃないか? 料理の道に進まないの、料理界にとっての損失じゃない?」
「もう、大げさ」
「割とマジで言ってるんだが……」
というか、料理界を背負って立つ唯華の姿を幻視したまである。
「それに……私のお料理は、秀くんに食べてもらえればそれでいいのっ」
「っ……」
ま、まぁその、俺たちの結婚生活に当たって習ってくれたわけだしな。
他に披露するような機会もないって意味だろう……たぶん。
「あ、ありがとな……」
とはいえ動揺は大きくて、そう返すのが精一杯だった。
◆ ◆ ◆
ふふっ……良かった、秀くんに美味しいって言ってもらえて。
八歳の頃からガッツリ修行してきた甲斐があったってものだよね。
「んんっ……? ところで今気付いたけど、なんか全部俺好みの味付けっつーか実家の味に似てるような……?」
「そう? 秀くんのために作ったから、自然とそうなったのかもね」
「天才かよ……」
まぁ実際のところは、前々から秀くんのところの専属シェフさんと連絡を取り合って味付けを教わってたからなんだけど。
「煮付けも良い感じに仕上がってるから、食べてみて?」
「あぁ、いただくよ……んんっ! これも、美味い! って俺、さっきから美味いしか言ってないな……具体的に言うと……」
「ふふっ、いいよそんなの。食レポじゃないんだから」
秀くんの表情を見れば、本当に美味しいと思ってくれてることがわかるし。
「それより、沢山食べてくれると嬉しいな」
「おぅ、任せろ!」
どんどんと食べ進めていってくれる秀くんを見てると、胸に嬉しさが広がって……同時に、ちょっと思う。
まずは胃袋……掴めそうじゃない?