SS16 本当にあった怖くない話
「いやぁ秀くん、昨日はごめんねぇ」
俺が辱めを受けた翌朝。
ちょっと気まずげな表情の唯華が、俺に向けて両手を合わせながら頭を下げていた。
「『徹夜明けのテンションでハイになっちゃってて』さー」
なんか今、めっちゃ強調された気がするな……。
「いや、まぁ、謝ってもらう程のことでもないけどね……」
俺としても、別段怒ったりしてるわけじゃない。
まぁ、新鮮な経験ではあったよな……色んな意味で。
「というわけで、お詫びというか贖罪として……」
「……なるほど、つまりはこういうことですね?」
モムモムと朝食の食パンを齧りながら俺たちのやり取りを見ていた一葉が、したり顔で会話に加わる。
「今度は、義姉さんが兄さんの制服を着」
「それは駄目っ!」
言葉の途中で唯華がなぜか大声で遮り、一葉がちょっとビクッとなった。
「……義姉さん、ご安心ください」
かと思えば、慈愛に満ちた笑みを唯華へと向ける。
「私は、リバも受け入れられるタイプのオタクですので」
何を言ってるのかよくわからないけど、そういうことじゃないんじゃないかなってのだけはなんとなくわかった。
「……一葉ちゃん、昨日の夜のことを忘れちゃったの?」
「っ!」
なぜか悲愴感漂う表情でポツリと呟く唯華に、なぜかハッとした様子を見せる一葉。
うん、ホントになんで?
「そうでした……たかだか小一時間着ただけの服でアレだったのです、普段から兄さんが着ているものなど……戻ってこられなくなる可能性が……」
どこから?
「私は……まだ、ヒトでいたいの……」
テンション感が、徐々に化け物に侵食されていく系の人のそれなんだよなぁ……。
「……あっ」
とそこで、一葉が何かを思い出したような表情で俺を見た。
「ご安心ください、兄さん。今朝、私が姉さんの部屋から出てきた事実こそがR-18タグが必要なかったという証左ですので」
「うん、まぁ、何に安心すれば良いのかよくわからないけど、可愛い妹のことの言うことだから安心しておくことにするな?」
ドヤ顔の一葉、可愛いね?
「とそこで、改めて私のからの提案だよ!」
一方、普通のテンション……より、やや高め? に戻った唯華が、ポンと手を合わせる。
この一連の茶番、なんだったんだ……?
なんて思う俺を他所に、唯華の目がキランと光った……気がする。
「コスプレで、如何?」
………………んんっ?
これもしかして、俺に対する問いかけ……だったりする……?
「コスプレ、ですか……」
ちょうど朝食を食べ終わったらしい一葉が、口元をティッシュで拭った後に立ち上がった。
「それでは、私はこの辺りで失礼しますね」
「おっとぅ、逃さないよ一葉ちゃん!」
玄関に向かおうとする一葉を、唯華が後ろから抱き止める。
「秀くん辱め罪は一葉ちゃんもでしょ? ちゃーんと罪を償わなくちゃ」
「いやですねぇ、義姉さん……」
どこか悪い笑みを浮かべる唯華に対して、なぜか一葉は恥ずかしそうに顔を背けた。
「私は、レーティングはキッチリ守るタイプのオタクですので……いくらなんでも、R-18ド直球なコンテンツはちょっと……」
「えっ? どういうこと?」
「?」
疑問を浮かべる唯華、それを受けてなぜか一葉も疑問を浮かべた。
「コスチュームで、プレイされるのですよね? 交ざること自体は吝かではございませんが、それは再来年以降のアダルト一葉ちゃんにご期待ください」
一葉の言葉を受け、一瞬キョトンとした表情を浮かべる唯華。
次いで、ハッと何かを理解したような顔となる。
「って、朝からそんなことするわけないでしょ!?」
そして、ちょっと顔を赤くしながら叫んだ。
「ふふっ、そうですか。つまり夜には……ということですね?」
「今のは言葉の綾ってやつだけども……!」
ニマリと笑う一葉に、ますます唯華の顔は赤くなっていく。
そんな中、一葉はスンッと真顔に戻った。
「冗談です。ただコスチュームを身に着けるというだけでしたら、もちろん私も参加させていただきますよ。それでは、我が家に参りましょうか」
「えっ、なんで実家にって話になるんだ?」
前後が繋がってないように思えて、俺は思わず疑問の声を上げた。
「? 義姉さんサイズのコスプレ衣装が私の部屋にあるからですが?」
………………えっ、なんで?
「そういうことなら、私は私の部屋にある一葉ちゃんサイズの衣装を持って行くねっ」
………………なんであるの?
「ちょっと待っててね~」
なんて、鼻歌交じりで自室に戻っていく唯華の背中をボーッと見送って。
「えー……っと」
こめかみに手を当て、状況を整理する。
「つまり、お互いの部屋に自分の衣装を置いてある……ってこと、か?」
「? なぜそんなことをする必要が?」
なんでだろうね、俺もそれを知りたいんだよ妹よ。
「いや、唯華サイズの衣装が一葉の部屋にあるって……」
「私の場合は、いつか義姉さんに着ていただくこともあろうかと勝手にコツコツ拵えていただけですが?」
だけ? なんだ、へぇ、そう……。
「私も同じだよ~! 良かったぁ、実際に着てもらえる時が来て!」
と、俺たちの会話が聞こえていたのか自室から唯華の弾んだ声。
えぇっと……ちょっと待ってな?
俺か?
俺がおかしいのか?
俺が知らなかっただけで、日本にはそういう文化が存在しているのか?
本人に無断で勝手に衣装を揃えてるって、普通に考えて……。
怖っ……怖くない???
「ふふっ……お互いに同じことを考えて行動していただなんて、なんだか本当の姉妹のようで嬉しいですね」
「あはっ、そうだねー」
怖くないのですか、そうですか。
まぁ、本人たちがそれで良いなら良いんだけども……。
なんか、唯華がどんどん一葉方向に傾いていってるように見えるのは気のせいだろうか……。







