SS13 ご主人さま
とある平日、私の方が先に帰った日のこと。
「ただいまー」
「おかえりなさいニャン!」
「んぉ?」
俯いて靴を脱ぎかけていた秀くんは、私の声に少しだけ驚いた様子で顔を上げた。
「ニャンニャーン!」
こういうのは、下手に恥ずかしがらずに振り切るに限る……というわけで、猫耳カチューシャを装着した私は手もグーにして猫っぽいポーズを取る。
「ははっ、猫さん可愛いな」
そう言いながら、秀くんはポンと頭を撫でてくれたけど……それだけ。
「何かのイベントで貰ったとか?」
「いや……自分で買ったものだけど……」
「そうなんだ。うん、可愛いよ」
うーん……反応が薄い。
もうちょっとくらいは動揺してくれると思ったんだけどなー。
……いや、諦めるのはまだ早い。
こんなこともあろうかと、私はもう一つ策を用意しているのだ……!
◆ ◆ ◆
「ワンワン! ご主人さま、遊んでワン!」
そう……猫耳が駄目なら犬耳を付ければいいじゃない!
というわけで、リビングで寛いでいた秀くんの元に今度は犬モードで甘えてみた。
「っ……!」
秀くんは、なぜかカッと目を見開き……。
「………………」
そのまま、固まった。
「………………」
………………。
「………………」
……?
「………………」
えっ、待ってこれ何の時間なの?
「………………」
私待ち? 私のアクション待ちなのかな?
これ、私持ちのボール案件?
「ん゛んっ!」
とか思ってたら秀くんがいきなり自分の胸を右拳で強く叩いたもんだから、思わず「ふぇっ!?」って声が漏れてしまった。
「え、あの……どうしたの……?」
そのままもう一度固まってしまった秀くんに、恐る恐る声をかける。
「……ふぅ」
そこでようやく、秀くんの硬直が解けた。
「危なかった……もうちょっとで心臓が止まるところだった……」
「うん、真顔で何を言ってるの……?」
思わず問いかける私から、秀くんはそっと目を逸らす。
「その、唯華……なんていうか、アレだ……か、かわ……可愛い……よ……?」
それから、もにょもにょとそんなことを呟いた。
いつもだったら、こっちが恥ずかしくなるくらい堂々と言うのに……何だろ?
……もしかして。
めちゃくちゃ、どストライクに刺さったってこと?
「ふふーん?」
そういうことなら、追撃するしかないよね!
というわけで私は、そのうち使う時が来るかもしれないと思って買ってみた首輪も装着してみる。
大丈夫、人間用だよ。
「ワンワン! ご主人さま! ご主人さま大好きワン!」
「っ……!」
四つん這いになる形で秀くんの膝の上に手をつくと、秀くんはビクッと上半身を後ろに反らして……。
「………………」
ふと真顔になって、つぅと涙を流した。
「いやそれどういう感情なの!?」
こういうとこ、一葉ちゃんとの血の繋がりってやつを感じるよね……。
「あぁ、ちょっとマロンのことを思い出しちゃって……」
「あっ……」
涙を指で拭いながらの秀くんの言葉に、私は自分の失態を悟った。
マロンっていうのは、秀くんちで飼ってたゴールデンレトリバーの名前で……。
「そっか……亡くなっちゃったんだ……ごめん……」
「いや全然元気に生きてるけど?」
「私の沈痛な謝罪、返してもらっていい?」
ケロッとした顔で返されて、思わず今度はこっちが真顔になってしまった。
「今の、亡くなった子のことを想っての涙じゃなかったの……?」
「や、しばらく会ってないなーと思うと懐かしくて」
まぁ秀くんはマロンのこと凄く可愛がってたし、気持ちはわかる……かな?
「ご主人さま、撫でてワンッ」
ちょっとでも寂しさが紛れればと、秀くんの方に頭を差し出す。
秀くんは、フッと小さく笑って。
「よーしよし、良い子だねー」
「っ……」
ワシワシワシッと力強く頭を撫でられて、思わず声が出そうになった。
今まで秀くんに撫でられることはあっても、それは宝物に触れるみたいな優しい手付きで。
それも、もちろん嬉しいんだけど……。
「よーしよしよし」
「ワ、ワンワンッ!」
こういうちょっと乱暴なの? も、良いかも……!
「よーしよし」
「キャンッ……!?」
とか思ってたら優しく喉元を撫でられて、今度こそ声が出た。
「よーしよしよし」
「んひゃんっ……!?」
次に背中を撫でられ、ゾワゾワゾワッとなんだかちょっとイケナイ感じの快感が走る。
「よーしよしよし」
あれっ……? ていうか秀くん、なんか目がトロンとしてきたような……?
「マロンー、良い子だねー」
なんか、よくわかんないけど幻覚みたいの見えちゃってない……!?
そ、そう言えば今日寝不足気味だって言ってたし……!
「お前はここ撫でられるのも好きだよなー」
「あははははははっ!?」
急にお腹を撫でられて、思わず笑ってしまう。
「ちょっ、秀くん……んぁっ……!?」
流石に止めようと思ったんだけど、途中でくすぐったさとは別の感覚がやってきて変な声が漏れた。
「よーしよしよし」
「んぅ……あんっ……あっあっ……んっ……」
ていうか、秀くんのこの手付き……!
◆ ◆ ◆
「……ん?」
ふと我に返った俺は、周囲を見回す。
なんだろう、今のが白昼夢ってやつなのかな?
なんだか、マロンを撫でていたような気がする。
なんて思いながら、ふと目の前に視線を戻すと……倒れ伏した唯華の姿が目に入って。
「ちょっ、おい、大丈夫か!?」
「ん……はぁ……はぁ……」
すぐさま抱き上げると、顔を真っ赤にした唯華は荒い息を吐くのみ。
「すぐに救急車呼ぶから!」
「んんっ……」
スマホを取り出そうとする俺の手を、唯華がそっと押し止める。
救急車は呼ぶな、ってことか……?
「秀くん……」
「どうした!? 俺に何をしてほしい!?」
尋ねると、唯華は俺の耳元に口を寄せてくる。
……今更だけど、なぜか着衣が乱れている上に顔を赤らめ、息を荒げてる姿ってなんだか……って、唯華の一大事に何考えてんだ俺!
さぁ、唯華の言葉を一言一句聞き逃さないよう……。
「もう……テクニシャンなんだからぁっ……」
「んんっ……!?」
えーと……とりあえず、大丈夫ってことで良いのかな……?
にしても、なんで妙に満足げなんだろう……?







