SS7 オタサーの集い
その日、私は辱めを受けていた。
「私としては、このコマ……救出されるヒロインという立場なら、普通は驚きだったり嬉し涙を浮かべたりする描写などをする場面かと思うのですが……あえて、ちょっとダラしないデレ顔として描いた先生の意図。私はこの時、彼女は立場も半ば忘れて旦那様に見惚れ、例えばそう……『かっっっっっっっっっっっこよ!!』といったことを考えている表情であると読み取ったのですが」
「そうだねぇ、『こういう旦那様も新鮮でしゅきぃ……!』とかも思っているかもしれないねぇ」
「ふぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ! 解釈一致、ありがとうございます!」
「あの」
「その後のシーン、しばらくこの顔のまま描写されていますが……これはもうこの間ずっと、その場で転げ回りたいくらいの興奮状態だったということで?」
「それだねぇ、実際そうしなかった自分を褒めてあげたい、くらい思っているかもしれないねぇ」
「思ってそうですー!」
「あの!」
鼻息も荒くキラキラした目で語りかける一葉ちゃんと、それに微笑んで応じるお婆様。
一見、微笑ましい構図だけれど。
「私の前で、私の心情を考察するのやめていただけます!?」
私にとっては、地獄絵図でしかなかった。
そう……さっきから二人が語っているのは、お婆様が描いたっていう例の漫画。
秀くんが私を攫いに来てくれた時のお話についてなのである。
「唯華」
恥ずかしさで真っ赤になっているだろう私に、お婆様はフッと笑う。
「この漫画はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません」
「それ言っとけば免責されるわけじゃないですからね!?」
「まぁ作者としては、世界のいつかどこかで起こった話を切り取るようなつもりで描いているけどねぇ」
「何を大物作家みたいなことを……! ちょっと前にこの家で起こった出来事ですけどねぇ……!」
果たして、なぜこんなことになっているのか。
話は、少し前に遡る。
◆ ◆ ◆
「はっ……初めまして、神絵師先生! ワンリーフです! あの、フォロ、ヒョロワーの!」
珍しく緊張気味な一葉ちゃんが、お婆様に向かって大きく頭を下げる。
場所は、実家の中庭。
用意したテーブルの上には紅茶とお菓子のセットが載っていて、ちょっとしたお茶会みたいになっている。
「はい、リアルでは初めましてだねワンリーフさん」
お婆様は、穏やかに微笑んで小さく頷いた。
そもそも、このお茶会の主催はお婆様……一葉ちゃんのことを話すと、一度会ってみたいってことで。
それを伝えると、一葉ちゃんも大喜びで参加を表明してくれて現在に至る。
「いつも拡散いいね、ありがとうね」
「いえそんな! 神絵師先生の作品は全人類が履修すべきですので! あっ、二十万リツイートおめでとうございます!」
「ありがとうねぇ。貴女たちのおかげだよ」
「いえそんな、神絵師先生の描かれる作品あってこそですから!」
「あの」
「神絵師先生、次の新作のご予定などはおありだったりするのでしょうか!?」
「そうだねぇ、今夜にはアップロードしようと思っているよ」
「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉ! 神絵師先生の新作、楽しみしかありません! 全裸待機します!」
「あのさ」
「それで、神絵師先生! 神絵師先生が……」
「あのさ!」
顔を合わせた直後から盛り上がる二人……というか興奮する一葉ちゃんとそれを受け入れるお婆様の会話に、どうにか割り込む。
「スタートから気になって仕方なかったんだけど……その、『神絵師』っていうのは絵が上手い人の総称だよね? お婆様が神絵師なのかは知らないけど、『神絵師先生』って呼び方は何かおかしくない……?」
「いえ、義姉さんそれは違います」
「あっ、そうなの……?」
なんだろう、私が知らないだけでそういう文化があるのかな……?
「神絵師先生は、『神絵師』というアカウント名で活動されている神絵師ですので」
「ややこしっ!?」
って、そんなことよりも……。
「ていうかお婆様、自分で神絵師を名乗ってるんですか!? シンプルに不遜! 恥ずかしくないんですか!?」
「アカウント作った当初はネタアカウントのつもりだったんだけどねぇ。イラストや漫画をアップしているうちにいつの間にかフォロワー数が増えていって、今じゃ変えるに変えられなくなっているのさ」
「プロの作家さんやイラストレーターさんがたまに言ってるやつ……!」
「落ち着いてください、義姉さん……いえ、この場では『神絵師の孫』と呼ぶべきですか」
「べきではないよ!? 何かしらの物語が始まりそうな呼称やめて!?」
一葉ちゃん、冗談で言ってるのか本気で言ってるのかイマイチわかんないんだよね……割と、本気でよくわからないことを言ってる節があるし……。
……それはともかく。
「あとあの漫画、二十万人もの人に見られちゃったの……!?」
「いえ、義姉さんそれは違います」
あっ、良かった……二万の言い間違いとかだったのかな……?
それでも、相当だけど……。
「あくまでリツイート数ですので……閲覧者数で言えば、数百万は下らないかと」
「そこそこでっかい政令指定都市の人口レベルじゃん……!」
「神絵師先生の許可を得た有志が各国の言葉に翻訳して拡散したのも大きかったですね」
「私の恥、グローバルワイドで晒されてるの!?」
「いえ、義姉さんそれは違います」
もういいよ、このパターン!
どうせ、より酷い事実が公表されるんでしょ!?
「兄さんと義姉さんの『エモ』が……世界中の人々の心に、お届けされているのです」
んんっ……!? これはちょっと、酷いのか酷くないのかもよくわからない……!
あと一葉ちゃん、なんでめっちゃキメ顔なの……!?
「と、というかお婆様も、そんなの許可しないでくださいよ!」
「唯華」
「あ、はい……」
少し目を細めたお婆様に睨まれると、刷り込まれた反射で背筋が伸びる。
「さっきから叫んでばかりで、お客人の前でお行儀が悪いよ。せっかくのオフ会だっていうのに」
「私はオフでしか繋がってないんですけど……」
「義姉さん、本日はお招きいただきありがとうございます」
「このタイミングで……?」
「それでは、今日の出会いに……乾杯」
「乾杯……です!」
「普通にお茶会が始まってしまった……」
という感じで、やけに息が合った感じの二人に私のツッコミが届いた様子もなく。
結局、他のツッコミどころが濃すぎて「一葉ちゃんのアカウント名、個人情報に直結しすぎじゃない?」ってツッコミを入れるタイミングは逃してしまった。
◆ ◆ ◆
そして、一葉ちゃんの緊張もすっかり解けた今。
「何度見ても、この勘違いに気付いた時の表情の描き方が絶妙過ぎます先生……!」
「そこは特に気合いを入れて描いたからねぇ、恥ずかしさが滲み出ているだろう?」
「はぁっ、このコマだけでご飯三杯はいけますぅっ!」
私は、『くっ殺』を心で理解したと思う。
「ずっと悪役だと思っていた相手の印象が、少しずつ変わっていく様も良きでした……」
「ま、悪役にも悪役なりの動機と理由があるってことさね」
……まぁ、でも。
大興奮の一葉ちゃんはもちろん、お婆様もなんだかいつになく楽しげで。
この、歳の離れた友人たちを繋ぐ役割を果たせたんだと思えば……まぁ私の恥くらい安いものかもしれない。
そんな風に思えた。
「是非、いつかお二人の幼少期のエピソードなどもやっていただきたいのですが……!」
「そうだねぇ、そっちの方がネタは沢山あることだしやってみるかね」
「わぁっ、楽しみですっ!」
そんな風に思わないとやってられなかった。







