第44話 Happy Birthday and ...
唯華失踪(誤解)騒動から数日が経過し、俺たちの日々はすっかり落ち着きを取り戻していた。
「ふぁ……」
そんなとある平日、あくび混じりにダイニングへと向かう……と。
「おっはよー!」
「お……はよ?」
唯華が元気に挨拶してくるもんだから、思わず目を瞬かせてしまった。
いつもは、俺の方が先なのに。
テーブルに目をやれば、何品も揃った豪勢な朝食まで用意されている。
「朝飯、用意してくれたんだ。ありがとな」
家事の役割分担として、朝食は俺の担当パートだっていうのに。
「ふふっ、誕生日の朝くらいはゆっくりしてほしくて」
お礼を伝えると、唯華はそう言ってニッコリ笑った。
そう……本日は、俺の十八歳の誕生日である。
俺自身、忘れていたわけじゃない。
とはいえ。
「お誕生日おめでとう、秀くん!」
「あぁ……ありがとう、唯華」
こうして、唯華からお祝いの言葉を貰えたことと。
とあるイベントが控えている以外は、例年と変わらない一日になるだけだろう。
……この時点では、そんな風に考えていたんだけど。
◆ ◆ ◆
「お誕生日おめでとうございます、九条くんっ!」
「おめでとさーん!」
登校するなり、高橋さんと衛太がお祝いの言葉で迎えてくれた。
「あ、おぅ……ありがとう、二人共」
そもそも誕生日が知られているという認識すらなかったんで、素で驚いて碌なリアクションが取れなかった。
「んふふー。唯華さんがこっそり教えてくれたんですよ?」
俺の疑問を察したらしい高橋さんが、ニンマリ笑う。
「なんでこっそりなんだよ……」
「ふふっ、九条くんのその顔が見たくて」
若干恨めしさを込めた目を向けると、唯華はイタズラ成功とばかりに微笑んだ。
「おー、九条っち今日バースデーなん?」
と、そこで会話に加わってきたのは天海さん。
前に、せっかく話しかけてくれたところを俺がクッソ塩対応して拒絶した相手……なのに。
「おめおめー!」
天海さんは、遺恨の欠片もなさそうな笑顔で祝福してくれる。
もしかして、何か裏でもあるのか……? と、以前の俺ならそう考えてここでも塩気味に対応したことだろう。
だけど。
「ありがとう、嬉しいよ」
今は、好意を素直に受け取ることにした。
すると、天海さんはパチクリと目を瞬かせて。
「にひっ」
それから、どこか嬉しそうに笑った。
「アタシ、今の九条っち割と好きよ?」
「そりゃ光栄だ」
冗談めかした彼女に、冗句を返す。
「ねーみんなー! 今日九条っち、お誕生日なんだってー!」
それから高橋さんは、手でメガホンを作って他のクラスメイトへと呼びかける。
「あっ、そうなんだね。おめでとうございます、九条くん」
以前とは違って特段緊張を纏った様子もない、クラス委員の白鳥さんを筆頭に。
「今日なんだー、おめー!」
「九条さん、おめでとうございます」
「ハピハピバースデーイ!」
「オメタン~!」
今まで話したことのないクラスメイトたちも、次々にお祝いの言葉をくれる。
以前だったら、考えられなかった光景だ。
たぶん唯華や衛太、高橋さんと普段から話している影響で、以前ほど取っつき難い印象はなくなっているんだろう。
……そして、実際のところ。
俺自身、以前よりも人間不信が薄まっている自覚はあった。
それこそ、衛太や高橋さん……そして、唯華のおかげで。
『おめでとう!』
こんなことになるとは思わず、正直面食らっていたんだけど……徐々に、胸に暖かさが広がっていって。
「みんな……ありがとう!」
みんなに、心からの感謝を返すのだった。
◆ ◆ ◆
そして、その夜。
「改めて……お誕生日おめでとう、秀くん」
「ありがとう、唯華」
唯華が差し出したグラスに、自分のグラスを合わせる。
中身は、ノンアルコールのシャンパンだ。
「いやぁ、今日は楽しかったけど疲れたねぇ」
「ははっ、そうだな」
放課後は、誕生会と称して衛太と高橋さんにカラオケに連れ出され……サプライズでケーキなんかも用意してくれてて、なんとも面映い気分になったもんだ。
その後の夕食は、俺の実家で。
これは例年通り、家族にも祝ってもらった。
ただ、「いよいよですね」となぜか大興奮の一葉の相手をするのはちょっと大変だったけど……。
ともあれ。
帰宅して現在、最後に唯華と二人でこうしてグラスを交わし合っているわけである。
「なんか……新鮮な気分だよ」
それが、今日一日を過ごした俺の正直な気持ちだ。
「ずっと、家族以外から誕生日を祝われることなんてなかったからさ」
別に、それを気にしたこともなかったけれど……。
「嬉しいもんだな、色んな人から祝ってもらえるっていうのはさ」
今は、心からそう思えた。
「ふふっ、そっか」
俺の感想に、唯華は自分のことみたいに嬉しそうに笑ってくれる。
「さて……それじゃ、私からのプレゼントだけど」
「おっ、何かくれるのか」
「ふふっ、当たり前でしょ」
ここまでに何度か他の人からプレゼントを受け取る機会があったものの、唯華はそれをニコニコ見守るだけだった。
もしかしたら、何もないのかと思っていたんだけども。
「プレゼントはねぇ……」
手を背中の方にやり、唯華は勿体つけるようにそこで言葉を切り。
「ジャン!」
長いリボンを取り出した。
おっとぅ? これは、まさかアレをやるつもりか……?
◆ ◆ ◆
◆ ◆ ◆
取り出したリボンを、私は手早く自分の身体に巻いていき。
「私がプレゼントです!」
結んだところで、ドヤ顔を意識しながら自分自身を指した。
「ははっ、ベタなネタできたな」
リボンを取り出した時点でこの流れを予想してたのか、秀くんは軽く笑うだけ。
冗談だって、信じ切ってるみたいだけど。
「ネタじゃ、ないよ?」
「えっ……?」
真顔になって言い切ると、秀くんはちょっと呆けたような表情に。
「プレゼントは、私」
そう……これは、ネタでも冗談でもなく。
「私の全部を、秀くんにあげる」
私は、本気の本気で言っているのである。







