第42話 用意していた手札と
華乃さんからも、無事祝福の言葉をいただけて。
「時に、旦那さんや」
「あっ、はい?」
「少し、気になってたんだけどねぇ」
てっきりこれで終幕かと思ったけど、まだ何かあるんだろうか……?
「アンタは、あたしにアンタらの結婚をぶち壊すだけの力があると想定していたわけだろう?」
「そうですね、はい」
「なら、あたしが結婚を許さないと頑なに言ったらどうするつもりだったんだい?」
あぁ、なるほどそこか。
一応、俺なりに考えというか用意はしていたところだ。
「その場合は、言った通りに唯華を掻っ攫っていこうかと。とりあえずは、実家まで」
「そして、実家の力で匿ってもらおうってかい? 格好つけた割には、他人頼みだねぇ」
「はぁ、まぁ、というか」
そうならなくて良かった……と、安堵しつつ。
「その場合、今日この場で九条家当主の座を俺が引き継ぐことになってました」
俺は、用意していた手札を今更ながらに公開する。
『……はぁっ!?』
すると、華乃さんと唯華の驚きの声が重なった。
「ちょっ、秀くん、私聞いてないんだけど……!?」
「ここに来る前、爺ちゃんに初めてした話だし」
「えっ、ていうか、なんでそんな話に……!?」
「俺自身が当主権限をフルに使って護るのが一番確実だろ? あと単純に、正式な九条家当主の嫁に手を出すのは相当な覚悟がいるかなーと」
「凄い軽い感じで言うよね……!? ご当主の座って、そんなカジュアルな感じで引き継ぐものなの……!? ていうか、学生のうちからご当主とか大丈夫なの!?」
「まぁめちゃくちゃ大変になるから、流石に悩んだけどさ。とはいえ、唯華を護るためなら仕方ないかなーって」
「しゅ、秀くん……」
唯華の頬が、少し朱に染まる。
ははっ、ちょっと気障っぽかったかな?
「だけど……アンタだけがそう宣言したところで、当主がはい交代となるわけじゃないだろう?」
「あ、はい。爺ちゃん経由で、父さんからも承認済みです。そういうことならしょうがねぇ、いいよ! とのことでした」
「知ってはいたけれど、なんつークレイジーな一家だい……」
華乃さんは、呆れたように呟いて頭に手をやる。
「とはいえ、流石に最終手段でしたので……貴女が、唯華のことを想ってくれている素敵なお婆様で助かりました」
「おや、孫だけじゃ飽き足らずあたしまで口説くつもりかい?」
「ははっ、俺みたいな青二才じゃお相手にならないでしょうに」
「アンタなら、一晩くらいなら付き合っても良いと思ってるよ」
「それは光栄です」
なんてやり取りを交わし合っていると……横から、クイクイと袖を引かれた。
そちらに目を向けると、なぜかちょっと膨れっ面になっている唯華が。
「秀くん……お婆様を口説いちゃ、ダメッ」
「っ……!」
いや……いやいやいやいや。
こんなの、冗談の応酬だって唯華もわかってるだろうに。
なのにこんな……まるで、嫉妬みたいな感情を見せるだなんて……そんなの……!
クソッ……!
可愛すぎるだろ……!
◆ ◆ ◆
◆ ◆ ◆
むぅ、ついつい抗議しちゃった……。
もちろん、冗談だってわかってるけど……それでも。
なんだか、秀くんとお婆様が妙に通じ合ってるように見えちゃって。
「……いや、悪い悪い」
秀くんは、笑いを堪えるみたいに顔を手で覆って俯いちゃってる。
頬がちょっと赤く見えるのも、きっと笑いを堪えているせい。
こんな子供っぽい独占欲に、呆れちゃったよね……。
「最高のパートナーがいるってのに、他の女の人を口説くなんてナシだよな」
だけど顔を上げた秀くんは、こうして真摯に返事してくれる。
「今後、俺が口説くのは唯華だけだって誓うよ」
それから、ニッと笑って私の頬に手を当てた。
ちょっと俺様風なレア笑顔に、この言葉……思わずニヤけちゃいそうになるのを堪えるので必死だよねぇ……!
「ふっ、愛されてるねぇ」
ちょっとお婆様、今キラーパス的なのぶっ込んでくるのやめて!?
「えぇ、愛してますので」
秀くんも、真顔で何を!?
も、もちろん私はわかってる。
それは『親友』としての『親愛』であって、そういう意味じゃないって。
秀くん、ホントそういうとこあるから。
でも、それはそれとして……愛してるとか言われちゃうと……!
うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ! 耐えろ、私の頬肉!
◆ ◆ ◆
◆ ◆ ◆
「……んふっ」
と、唯華はイタズラっぽく微笑む。
「もちろん私も愛してるよ、秀くんっ」
そして、少しだけ身体を傾けてそう返してくれた。
もちろんそれは、俺と同じで親友としての親愛を示してくれただけに過ぎない。
ただ、流石にこう正面から言われると……頬がますます熱を帯びていくのを、自分じゃ止めることが出来なかった。
「あははっ!」
とそこで、華乃さんが耐えかねたかのように吹き出した。
「イチャつくんなら、後は家でやりな! あたしゃ、各国で撮ってきた動画にナレーションと字幕を入れる作業で忙しいんだからね!」
「ちょっと待ってお婆様、何の活動してるの!?」
普通にネットスラング的なのを知ってたり、この人も割と謎だよな……。
まぁ、それはともかく。
「それじゃ、俺たちはこれで……」
今度こそお暇しようとしたところ。
「おっと、そうだ」
華乃さんが、何かを思い出したように呟く。
「唯華」
「な、何でしょうか……?」
これまでの諸々から、唯華はちょっと身構えている様子だ。
「式には、呼んでもらえるんだろうね?」
だけど、華乃さんはイタズラっぽく微笑んでいて。
「は、はいっ! もちろんです!」
唯華は、コクコクと何度も頷く。
今回の一件……結局のところは、スタートから全部俺たちの勘違いで。
俺も恥をかいたし、唯華も恥ずかしい思いをしたと思う。
「一番良い席をご用意しますので!」
「あぁ……楽しみにしているよ」
だけど、この二人のわだかまりが解消したのなら。
俺たちの恥も、無駄ではなかったんだろう。
そんな風に、思うことにした。







