第4話 僕たち、結婚します
落ち着いて見える『ゆーくん』こと唯華さんとは対照的に、俺の混乱は未だ収まりきっておらず。
「それにしても秀くん、しばらく見ない間に大きくなったねぇ」
「親戚のオッサンか?」
感慨深げな唯華さんを相手に、思わず素でツッコミを入れてしまった。
「それに、とっても格好良くなった」
「そりゃどうも……」
正面切って恥ずかしげもなく言われると、逆にこっちもそんなに照れないもんだな……。
なんて謎の発見をしているうちに、ようやく少しずつ動揺も収まってきた。
「君の方こそ……見違えたよ、本当に」
そこから先を言うのは、流石に少し恥ずかしかったけれど。
「凄く……その、綺麗になった」
「ふふっ、ありがとう」
本心からの言葉だったけど、社交辞令と受け取られたか唯華さんの反応はあっさりとしたものだ。
まぁ、普段から言われ慣れてるだろうしな。
「今ならもう、男の子だなんて勘違いはされないかな?」
「……気付いてたのか」
イタズラっぽく笑う唯華さん相手に、若干気まずい想いが芽生える。
「そりゃね。昔の秀くんったら、私を完全に男の子扱いだったもん」
こっちをからかうような笑みなんかは、イタズラ小僧……もとい、イタズラ娘さんだった『ゆーくん』と確かに繋がるものがあった。
「あー……申し訳ない」
「ふふっ、そんな気まずそうに謝らなくても」
頬を掻きながら謝る俺を見て、唯華さんはクスクス笑う。
「あの頃の私は、そう勘違いされても仕方なかったっていうか……あえて、男の子だと思われるように振る舞ってたんだから」
「そう……なの?」
だとすれば、理由が気になるところではあるけども……これは、踏み込んで良い話なんだろうか……?
「小さい頃から、女の子は女の子らしくしなさいって……特に、お婆様が厳しくて。あの頃は、それに対する反抗の真っ最中だったってわけ」
と思ってたら、あっさりと語ってくれた。
「なるほどな……もしかして、初めて会った時に名前を言うのを躊躇ってたのも?」
「うん。『唯華』じゃ、いかにも女の子じゃない? それもあんまり好きじゃなくて……秀くんが察してくれて、あの時は嬉しかったなぁ」
懐かしげに目を細める唯華さんは、やっぱり『ゆーくん』と重なるところはあるものの……今じゃすっかり女性らしくなっていて、なんだか脳が混乱する思いだ。
「ところでっ」
「っ……!?」
なんて思っていたらズズイッと唯華さんが身を乗り出してきて、思わずちょっと身体を後ろに逸らしてしまった。
「ねぇ、秀くん」
唯華さんが浮かべる笑みは、今度もゆーくんがイタズラを思いついた時のものを彷彿とさせる。
「一つ、提案なんだけど」
果たして、唯華さんはそう続けながら自身の胸を手の平で指した。
「私に、しとかない?」
短い言葉ではあったけど、この場における意味は明白だろう。
「秀くんちも似たようなものだと思うけど、ウチも早く結婚しろってうるさくてさぁ。でも、よく知らない相手と結婚するって博打要素が強すぎるでしょ?」
「……彼氏とかはいないのか?」
「いたらこの場に来てないって」
「そりゃそうか……」
それに、烏丸家も古くから続く名家だ。
お相手は誰でもいい、ってわけにもいかないんだろう。
「その点、秀くんが相手なら気が楽かなって」
「そんな軽いノリで結婚を決めていいのか……?」
「人生、重く考えすぎても身動き取れなくなるだけじゃない?」
「そうかもしれんが……」
曖昧に言葉を濁しながら、考える。
実際のところ……その選択肢は、俺にとってもかなり『アリ』だ。
というかぶっちゃけ、実質選択肢がないところに垂れてきた蜘蛛の糸だとさえ言える。
十年という月日を隔てているとはいえ、唯華さん……ゆーくんは、同世代で俺が心を許せた唯一の相手なんだから。
今後、初対面の誰かと結婚を決めるよりは遥かに……そう。
それこそ、気が楽……かも、しれないな。
「ふふっ」
思考の奥に沈んでいた意識が、唯華さんの笑い声で浮上する。
「考え込むと耳たぶを摘む癖、変わってないんだね」
「えっ……? あっ、おぉ」
指摘されて初めて、自分が無意識に耳たぶを触っていたことに気付いた。
そういや昔、ゆーくんに言われて初めて自分のこの癖を知ったんだっけ……。
「そろそろ、考えも纏まってきた?」
「……あぁ」
実際、ちょうど方針も固まったところだ。
「じゃあ、私と結こ……」
「ちょっと待った!」
唯華さんの言葉を遮る。
なんとなくだけど、続く言葉は『結婚してくれる?』辺りだと確信出来たから。
「……やっぱり、私じゃ駄目かな?」
苦笑を浮かべる唯華さん。
だけど、そうじゃなくて。
「違うんだ」
まったく……俺も意外と、時代錯誤というか古風なところがあったもんだ。
「その言葉だけは、俺の方から言わせてほしい」
「えっ……?」
自分でも、こんなことにこだわりを持ってるだなんて思ってなかった。
「唯華さん」
緊張に、顔が強ばるのを自覚する。
「俺と」
唯華さんに向けて、手を差し出して。
「結婚、してください!」
大きな声で言うと共に、頭を下げた。
「っ……!」
唯華さんが息を呑む気配が伝わってくる。
ここまでの流れで、流石に断られることはないだろうとは思う。
でも、人生で始めての『告白』……をすっ飛ばしての『プロポーズ』に、ドキドキと心臓が無限に高鳴っていく。
その後の沈黙は、実際には数秒ってところだったんだろうけど……俺には、無限に感じられた。
けれど、すぅと息を吸う音が前方から聞こえて。
「はいっ!」
大きな返事と共に、唯華さんが俺の手を取ってくれたのだった。
◆ ◆ ◆
◆ ◆ ◆
「それじゃね、秀くん」
「あぁ、またな」
手を振る私に、秀くんも軽く手を振り返してくれる。
秀くんからのプロポーズを受けた後は、お母様と秀くんのお祖父様にも戻ってきてもらって。
今後のスケジュールなんかを軽く話した後、今日は解散っていう運びになっていた。
秀くんがお祖父様の車に乗り込むのを見送ってから、私も迎えの車に乗る。
「……ふっ」
後部座席に腰を落ち着けた瞬間、これまでずっと堪えていた笑みが思わず漏れた。
嗚呼、本当に。
ずっとずっと、漏れ出ないようにどうにか我慢してたんだ。
あまりに、計画通り……いえ、それ以上の成果だったから。
「ふふっ」
頬が弛緩していくのを自覚する。
もう、私の本性を全部曝け出しても……いい、よね?
「うふっ……うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふぅ……!」
秀くんが……!
秀くんが、「結婚してください」って言ってくれたぁっ……!
嬉し過ぎて情緒がヤバい!!
いやぁ、今日は色んな意味で人生で一番ドキドキしたよ!
ちょっと待ったって言われた時は、完全に断られる流れだと思ったもん……!
良かったぁ……!
その直後にプロポーズしてくれたもんだから、内心でのテンションの落差がエグかったよね!
思わずその場で叫び出しそうになったのをどうにか堪えられたのは、人生最大のファインプレーじゃないかな!
それにそれに、「綺麗になった」とも言ってくれたし!
あの時も、ニヤけそうになるのを堪えるのに必死だったよぉ……!
「そのだらしない笑みをここまで出さずにいられたこと、素直に褒めてあげましょう」
私の隣に乗り込むお母様は、そう言いながらも呆れ顔だった。
「貴女は、彼とお別れしたあの日から『秀くんと結婚する』って言って聞かなかったものねぇ……彼のお見合いに自分以外の相手が選ばれないよう、ガチガチに根回しまでして」
「ちょっとお母様、それ間違っても秀くんには言わないでよね? 重い女だと思われちゃうと困るから」
「言うつもりはないけれど、どうしてこんな重い女に育ってしまったのかしら……」
小さい頃、いつの間にか芽生えていた秀くんへの恋心。
それは、十年の時を経た今でも色褪せることはなかった。
むしろこうして再会して、これまで以上に激しく燃え上がっているのを感じる。
とはいえ……それを表に出すと、たぶん引かれちゃうよね。
秀くんにとって、私はあくまで『親友』なんだから……今は、まだ。
引き続き秀くんの前ではクールに振る舞おう、クールに!
明日以降、しばらくは毎日更新して参りますのでよろしくお付き合いいただけますと幸いです。