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第39話 願わくば、祝福を

「この度は、貴女の許可を得に来たわけではなく……俺の一番大切なものを、攫い返しに参りました」


 ……なんて、嘯いてはみたものの。


「……とはいえ」


 俺は悪趣味な笑みを引っ込め、真剣な表情を意識して形作る。


「俺としては……貴女にも認めていただくのが、俺たちにとって一番幸せなことだとも思っています」


「くくっ、今更調子の良いことを言うじゃないか」


 俺の無礼に怒った様子もなく、唯華の婆ちゃん……華乃(かの)さんは、どこか俺を試すような調子で笑う。


「承知の上です」


 いずれにせよ、唯華は取り戻す。

 それは絶対に成し遂げるって覚悟を示すために、最初にぶちかましたけど……出来れば、それだけで終わりたくはなかった。


「俺は、貴女の価値観を否定はしません」


 彼女の言う価値観それ自体が、単純に悪だなんて思わない。


「事実、貴女はそうやって長きに亘って家を、家族を支えてきたのでしょう。それは俺には想像もつかないくらいの偉業で、本当に凄いことだと思います」


 それはたぶん、彼女の理想を体現した生き方だったんだろうと思う。


「ですが」


 それでも。


「貴女の掲げる理想とは、違う形なのだとは思います」


 チラリと唯華に目を向けると……なぜか、ちょっと息を荒げているような?


 ……いや、今は余計なことを考えてる場合じゃない。


「少しお転婆なところもありますが、それは俺を未知の場所へと引っ張ってくれる力強さでもあって」


 頭の中に、これまでの唯華との生活を思い出す。


「その奔放さは、俺にはない発想でいくつもの新鮮な驚きや発見をもたらしてくれました」


 さほど長い期間でもないのに、思い出せることは無限にあった。


「昔から変わらない……変わらないでいてくれたところが、俺にとっては大きな救いになっています」


 俺の言葉なんかが、俺より遥かに長く生きた人の心に届くのかはわからないけど……精一杯、紡ぐ。


「唯華が、俺の世界を広げてくれました。唯華が、俺にいくつもの縁を繋いでくれました。唯華が唯華でいてくれたからこそ、今の俺があるんです」


 紡いでいるうちに、愛おしさがどんどん胸に広がってきた。


「俺にとっては、そんな唯華が」


 唯華の肩を抱く腕に、少しだけ力を込める。


「今の、この唯華こそが」


 流石に、これを口にするのは少々恥ずかしかったけれど。


「最高の、俺の嫁なんです!」


 真顔で、言い放つ。


「だからどうか……貴女も、ありのままの唯華を受け入れてはいただけませんか」


 今の俺に言える、精一杯を伝える。


「どうか……俺たちの結婚を、祝福してはいただけませんか」


 華乃さんは、俺のジッと睨んで黙したままだった。


「……くくっ」


 しかし、その口元が徐々に緩んでいく。


「ぶっ、ふっ、あっはははは!」


 かと思えば、噴き出しておかしそうに笑い始めた。


「あっはは……! それは、『説得』じゃなくて『惚気』ってぇいうんだよ! アンタ、ホントに何しに来たんだい!」


「何をしに来たかと言えば、最終的には唯華を迎えに来たという回答になるわけですが……」


 引き続き笑い続ける華乃さんを相手に、なんとなく気まずい気持ちとなって俺は己の頬を掻いた。


「ははっ……旦那にそこまで惚気られちゃあねぇ」


 ようやく笑いが収まってきたらしい華乃さんは、小さく微笑んで。


「ここでゴネる程、あたしぁ無粋じゃないよ」


『っ!』


 言外に告げられた『許可』に目を見開いた後、俺と唯華はどちらからともなく視線を交わした。


「ありがとうございます!」


「っ、ありがとうございます、お婆様!」


 そして、俺に続いて唯華も深々と頭を下げる。


 どうやら、ミッションクリア……かな?



   ◆   ◆   ◆


   ◆   ◆   ◆



  嗚呼……気をつけないと、すぐにでも頬が緩んでしまいそう。


「……んふっ」


 というか、頭を下げているのを良いことに既にまぁまぁ緩んでいた。


 だって……お婆様相手に堂々と立ち回る秀くんは、ひたすらに格好良くて。


 何より、私のことをあんな風に……とっても大切に想ってくれてるんだって、凄く伝わってきたんだもの……!

 それにそれに、『最高の俺の嫁』って!


 もうこんなの、今すぐこの場で転げ回りたいのをどうにか堪えている自分を褒めてあげたいよね……!


「……はぁっ」


 そんな浮かれた私に冷水を浴びせるような、お婆様の深い溜め息。


「ただ、一つ気に入らないのはねぇ」


 ま、まだ何かあるんです……?


「さっきから、何なんだいアンタたちは。揃いも揃ってあたしを、人攫いか何かのように扱って」


「えぇ……?」


 そりゃまぁ家族同士のことではあるけど、拉致同然に私を連れ去ったのは事実ですよね?


「一応言っておくけど、この子は勝手に実家(こっち)に帰ってきただけで、別にあたしが無理矢理に連れ帰ったわけでもなんでもないんだからね?」


「えっ……?」


「ちょ、ちょっとお婆様、その言い方は酷いではないですか!」


 秀くんが「どういうこと……?」とでも言いたげな視線を向けてくる中、私は慌ててお婆様に抗議する。


「確かに、最終的に戻る判断を下したのは私自身です! ですが、そうなるよう仕向けたのはお婆様で……!」


「本当にそうかい?」


「えっ……?」


 思わぬ言葉に、ついつい目が瞬く。


「本当にそうだったか……冷静になった今の頭で、よーく思い出してみな」


「えぇ……?」


 絶対、私は間違ってないはずだけど……なんて思いながら、私はあの日のことを。


 秀くんともう一度離れることを決めた日の出来事を、脳裏によみがえらせた。

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