第37話 出陣と見送りと、烏丸本家にて
「うし……行くか」
諸々の準備を終え、俺の実家を出る。
「待ってください、兄さん」
……ところを、一葉に呼び止められた。
「何か……えっ、何その格好……?」
何か用か、と尋ねようとしたけどつい別の疑問が口を衝いて出る。
一葉はなぜか武道着を身に纏い、頭にはハチマキまで巻いているという露骨な戦闘スタイルだったためである。
「話は伺いました」
「……唯華の件か?」
「はい」
「さっき爺ちゃんに話したばっかなのに、どっから……?」
「普通に、扉にコップを当てて廊下からその会話を盗み聞いていただけですが」
「うん……うん?」
普通の定義がちょっと乱れてるような気がするな……。
「兄さんは、今から囚われの義姉さんの救出に向かわれるのですよね?」
「確定したわけじゃないけど……まぁ、そのつもりでいる」
俺は、頷いて返しつつも。
「言っとくけど、連れてかないぞ? 何があるかわかんないからな」
先んじて、そう制しておく。
一葉も、この状況に居ても立っても居られないのかもしれないけど……。
「そのような無粋は致しませんよ。此度はただ、お見送りに参ったまでです」
と思ったら、一葉はそう言って微笑んだ。
「めちゃくちゃ自分も出陣するって格好に見えるけど……」
「私も心は共に戦っております、という気持ちの表れです」
「……そっか」
その気持ち……ありがたく受け取っておこう。
「兄さん……」
とそこで、一葉は酷く不安げな表情を見せた。
「……どうした?」
薄々その理由を察しつつも、俺はただそう尋ねるだけ。
「……いえ」
結局、一葉もただそれだけ言って首を横に振った。
「凱旋、お待ちしております」
そして、顔に微笑みを戻し……カチッカチッ、と手の中に持っていた石を打ち合わせる。
「あぁ……任せろ!」
わざわざ切り火で見送ってくれる妹に力を貰った気分で、俺は大きく頷いて返した。
「……ところでその石、何?」
そこで、ふと……一葉がさっき打ち合わせていた石について尋ねてみる。
火打ち石かと思いきや、そんな無骨なものではなく妙に綺麗な宝石? のようだ。
別に他意はなく、本当にちょっと気になっただけなんだけど……。
「えぇ、流石に火打ち石はすぐに用意出来なかったのと……今回の場合、これの方が効果があるかと思いまして」
「効果……?」
「実はこれは兄さんと義姉さんををイメージした自作のパワーストーンいわゆる非公式推しグッズでしてお二人の内面や性格から想起されるカラーを用いつつも二つ並んだ時に一番映えるように形と色を調整しているのでつまりこの二つの石を重ね合わせることで兄さんと義姉さんがまたお二人共に在る未来が訪れるのは確定的に明らかとなり更に石言葉的にも……」
「なんて……!?」
なんかめっちゃ早口で説明されたけど、何を言っているのかはよくわかなかった……。
◆ ◆ ◆
といった、一幕はありつつも。
「……おいおい、警戒態勢がガチじゃねぇか」
烏丸の本家を訪れてみれば、思わず半笑いが漏れた。
ガッツリ閉じた正門の前には、警備員が二人。
普段は、流石にあんなとこに常駐まではしてないはずだ。
さて、そうなるとこっちはどう出るか……といえば。
「どうも、こんばんは」
無論、正面突破……ということで、笑顔で挨拶する。
「……こんばんは」
挨拶を返してくれる警備員さんは、俺を見て僅かに表情を固くした。
明らかに、俺の顔を知ってるって態度だ。
「九条秀一と申します。唯華さんに用事があって伺ったのですが……」
「申し訳ございません、諸事情により今は誰も通すことが出来ない次第でございまして……」
まぁ、これは予想通り。
実際には、ピンポイントで九条秀一を通すなってお達しなんだろうと思うけど。
「そうですかー、残念です」
笑顔を保ったままの俺は、特に残念そうには見えないだろう。
「………………」
「………………」
その場に留まる俺と警備員さんの間に、沈黙が訪れる。
「……あの?」
門前払いを食らっておきながら一向に立ち去らない俺に対して、警備員さんがちょっと気まずげに声をかけてくる。
「いえ、ここにいればそのうち通していただけることもあるかなーと思いまして」
「は、はぁ……」
俺の返答に、警備員さんはめちゃくちゃ怪訝そうな表情となった。
んなわけねぇだろ、ってところだろう。
そりゃそうだ……普通に考えれば。
と、そこで。
「……はい、こちら高橋」
通信が入ったらしく、インカムに対応する警備員さんこと高橋さん。
「えっ……? はい、ちょうどいらっしゃっておりますが……」
チラリと、俺を見る。
「はい………………はい!? よ、よろしいのですか? ですが、大奥様は……は、はぁ……はい……そうなんですか……」
通信を終えたらしく、今度は狐につままれたみたいな表情を向けてきた。
「し、失礼致しました……! どうぞ、お通りください……!」
そして、俺に道を譲ってくれる。
「ありがとうございます」
最後にもう一度ニッコリ笑って会釈し、徐々に開いていく門を堂々と通る俺なのだった。
俺のコネクションを用いれば、正門を突破することなど造作もないのである。
……なんて、イキってはみたものの。
実際のところ、取った手は非常にシンプル。
お義母さんにお願いしただけである。
状況を伝えると「何をやっているんですか、あの人は……」と、電話越しに頭を抱える姿が伝わってきた。
お義父さんもお義母さんも、今は出張中で不在……家は婆ちゃんに掌握されてるだろうけど、所詮は引退した身だ。
現役当主の方が権限は上なので、こうして指令を上書きしてもらった次第である。
唯華を迎えに行くのに唯華のお母さんに頼るとか、マジで格好つかないことこの上ないけど……それでいい。
ダサくとも、強引にでも、今回は俺の持てる『全て』を使って唯華を取り戻すつもりだ。
とはいえ、正門の段階でもうちょい手こずるかと思ってたんだけど……もしかして婆ちゃん、今何か取り込み中で家を見てない状態なのか……?
◆ ◆ ◆
◆ ◆ ◆
「お婆様、今夜こそは私の話を聞いていただきます!」
「仕方のない子だねぇ……聞けば今日、学校にも行っていないそうじゃないかい」
「お婆様がいつご帰宅されるかわかりませんでしたので……!」
昨日私を連れて実家に戻った直後から、なぜかずっと雲隠れしていたお婆様をようやく捕まえることが出来た。
「話すにしても、少し頭を冷やしてからの方が良いと思うけれど」
「私は、至って冷静です!」
「冷静な子とは思えない声量だねぇ」
「ぐむっ……!」
実際その通りではあったので、つい呻いてしまった。
「……お婆様のお怒りは、理解しているつもりです」
今度は意識して、静かな声で。
「……ほぅ?」
どこか試すような意思が感じられるお婆様の目を、真っ直ぐに睨み返す。
「お婆様の承認を得ず、結婚を取り進めてしまったことは謝ります。申し訳ございませんでした」
「ふむ……」
誠心誠意を込めるつもりで頭を下げたけれど、お婆様に伝わっているのかどうか。
「順番が逆になってしまい誠に恐縮ではございますが、改めて……どうぞ、結婚のご許可をいただきたく」
「自分は、既に十分合格点に達しているとでも言いたげだねぇ?」
「私も、もう幼い頃とは違います。お婆様の言いつけだって、ちゃんと守っているではありませんか」
「ほーぅ? あたしの言いつけをねぇ……?」
えっ……なんだろこの、めっちゃ含みのある感じ……。
「これも、あたしの言いつけ通りだってかい?」
お婆様は手慣れた様子でスマホを操作し、画面を私に向けた。
「動画サイト……?」
そこに表示されている、投稿された動画のタイトルは──
MBSラジオ「寺島惇太と三澤紗千香の小説家になろうnavi-2ndbook-」内の朗読コーナーにて、本作『男子だと思っていた幼馴染との、親友のような恋人のような新婚生活』を朗読いただけることとなりました。
https://www.mbs1179.com/narou/
毎週日曜放送の全4回で、初回は本日8/1(日)17:10開始の番組内にて。
しばらくすればアーカイブも配信されますので、リアルタイムで聴取できない方、放送対象エリア外の方はそちらでご確認いただけますと幸いでございます。







