第34話 何気ない日常が
衣替えも完了し、随分と気温も上がってきたとある日の休み時間。
「もうすぐ夏休みですねーっ!」
高橋さんが、そんな風に話を切り出してきた。
「どこ遊びに行きますっ?」
相変わらず、俺たちが参加するっていうのは彼女の中で決定事項みたいだ。
もちろん、俺だって今更断るつもりはない。
「陽菜ちゃん、その前に期末テストがあるってこと忘れないでね……?」
「もーっ、唯華さんそれは言わないお約束ー!」
じゃれ合うような、二人の会話。
少し前から、唯華から高橋さんへの呼び方が変化していた。
俺の知らないところで、何かそういうことがあったんだろう。
「あっ、そうだ! せっかくだし、皆で旅行とかどうですっ?」
「あぁ、それは楽しそうだね」
高橋さんの提案に、俺は本心からの言葉を返した。
「へへっ……補習によって溜まりに溜まっているであろうオレの鬱憤を晴らす良い機会になってくれそうだぜ」
「補習を受けるのは確定してるんだな……」
「補習の期間マックスで、お嬢のガードの代役も既に手配済みだぜぃ」
「そのマメさを、勉強に活かすことは出来ないのか……?」
衛太の謎の潔さに、思わず苦笑が漏れる。
「でででっ! 海にしますかっ? 山にしますかっ? 間を取って、街にしますかっ?」
「私は、海かなー。やっぱり、一番『夏』! って感じがしない?」
「……俺は、山の方が涼しそうで好きかな」
「おっと? これは、オレが街を推す流れか? 街……街……そうだ京都に行こう、とかか?」
「おっ、いいですねぇ京都! 海も山もありますし!」
「あんまり京都旅行で海要素とか山要素を真っ先に推す人いなくない……?」
「とはいえ、日程によってはある程度の欲張りセットプラン的なのも可能かもな」
そんな風に夏休みの予定を話し合っていると、柄にもなくワクワクした気持ちが湧いてくる。
前までは……唯華が来るまでは、こんな自分なんて想像もしてなかった。
そんな風になりたいとも、特に思っていなかった。
だけど、今は……あぁ。
良いもんだな、って思う。
◆ ◆ ◆
◆ ◆ ◆
「ねーねー秀くん、夏休みの旅行なんだけどさー」
「あぁ、楽しみだな」
私の呼びかけに、すぐにそんな言葉が返ってきて……なんだか、少し嬉しくなる。
秀くんにとって、色んなところで友達との思い出を作るっていうのがもう当たり前のことになってるってことだから。
「ふふっ、そうだね」
楽しみなのは私も同じだから、頷いて返す。
「だけど、そっちじゃなくてさ」
「ん? そっち……?」
とはいえ、今回の私の本題はその件じゃなかった。
「旅行、皆で行くのとは別に……私たち二人だけでも、行っちゃわない?」
「なるほど、それも良いかもな」
陽菜ちゃんや衛太といるのも勿論すっごく楽しいけど、やっぱり二人きりの時間も大切にしたい。
秀くんも、そう思って頷いてくれてたんだったら嬉しいな。
「皆での旅行は山の方向になりそうだし、そうなるとこっちはやっぱり海かなっ?」
「あーうん、海なぁ…… 海は、どうだろうなぁ……あまり良くないんじゃないかなぁ……」
……んんっ?
「昼の話し合いでも渋ってたけど、海は嫌いな感じだった? それなら別に、全然他のとこでもいいんだけど」
「んー、まぁ海そのものは全然いいんだけど、人の多いところで水着は嫌かなーって」
「あれっ? 秀くん、人に肌を晒すのそんなに抵抗あるタイプだっけ?」
「や、俺じゃなくて唯華が」
「私? そりゃまぁあんまりジロジロ見られると良い気分じゃないだろうけど、そこまで気にするようなことでも……」
……おやっ?
これ……ひょっとして?
って、とある可能性に気付いた。
「ねぇ、それってもしかして」
冗談ってことで誤魔化せるように、ニンマリとした笑みを形作って。
「秀くんが、私の水着姿を他の人に見せたくないってこと……だったり?」
内心ではちょっとドキドキしながら、踏み込んでみた。
「えっ……?」
秀くんは、そんなこと思ってもみなかったって顔になる。
「ははっ、んなわけ……」
最初は、笑い飛ばそうとしたみたいだけど。
「………………んんっ? あれ?」
ふと真顔になって、額を手で覆いながらブツブツと呟き始める。
「いや、これは、そういうんじゃ……や、でも……おおっ……? えぇっ……?」
しばらく、そうしていたかと思えば。
「………………マジかー」
項垂れて、なんだか落ち込んだ様子を見せ始めた。
「ごめん……どうやら、そういう感情もあったらしい……つーか、俺が一番引っかかってたのはそこだったのかも……」
「あはっ」
秀くんがあんまりに真剣な調子で謝ってくるもんだから、思わず笑っちゃった。
「別に、謝るようなことじゃないでしょ?」
「や、でも、なんつーか筋違いの独占欲みたいなのを抱いてしまってたわけで……」
「筋違いじゃないよ」
あくまで真面目な秀くんの言葉を、遮って。
「だって私は、秀くんにそんな風に思ってもらえて凄く嬉しく思ってる」
「っ……」
微笑んで本心を伝えると、秀くんの頬が徐々に赤くなっていった。
「そ、そうか……なら、いいんだけど……いや、いいのか……?」
それを隠すように、秀くんは少し顔を逸しながら頬を掻く。
ふふっ、照れちゃって……可愛いんだ。
「それじゃさ、ウチの別荘に行くことにしない? あそこのビーチなら、そんなに人もいないはずだし」
「あぁ、うん。それなら……けど俺、今気付いたけど水着持ってねぇわ」
「あはっ、それじゃ先に水着を買いに行く日程を決めなきゃだね。私も、新しいのにしたいし」
「夏休みの早いうちに二人で行くか。その辺り、どうせ衛太は補習で動けないだろうし」
「ふふっ、確かに」
「あ、そうそう買い物といえば。明日、土曜で買い出しの日だけどさ。大雨の予報だし、明後日に変更しないか?」
「そうだねー。それじゃ、明日は家でゆっくり映画でも見よっか」
「おっ、いいねぇ」
「せっかくだし、各自タイトルだけ見て面白そうなのを三本ずつ選定して、一番面白かったのを選んだ方の勝ちってことにしない?」
「唯華、本当に勝負事が好きだよな……」
「秀くんは、嫌いなの?」
「まさか。もちろん、望むところさ」
「んふっ、秀くんのそういうとこホント好きー」
「ん、あ、おぅ……そ、そう……」
嗚呼。
楽しいなあ。
幸せだなあ。
いつか、また会えたら……じゃなくて。
明日のお話を、明後日のお話を、その先のお話が出来る。
離れていた間、ずっと願ってたことそのものだよね。
こんな日々がこれからもずっと続くなんて……ホント、夢みたいっ!
◆ ◆ ◆
……なんて。
どうして私は、無邪気にも信じられていたんだろう。
幸せで、満ち足りて。
それが明日以降もずっと続くんだって、疑うこともなく信じていた日々が。
突然終わりを迎えることもあるんだって、誰より知っているはずだったのに。







