第31話 特別なあなた
思い出の場所周回ツアー、二日目も俺たちはまたあちこちを歩き回った。
かつて二人で過ごした期間は決して長いものではなかったけど、それでも濃厚な日々は街のあらゆるところに思い出として刻まれていて。
懐かしんだり新たな発見に驚いたりしているうちに、もうすっかり日も暮れかけだった。
そして。
「次が、最後だよ」
そう言って、唯華が先導した場所は。
「やっぱ、ここ……だよな」
「ふふっ、バレてたか」
全ての始まり……初めて唯華と出会った公園だった。
「今になって見ると、なんだか随分と狭く感じちゃうね」
「あぁ、あの頃は凄く広いと思ってたんだけどな」
そんな感想を交わし合いながら、公園の中をゆったりと歩く。
「あはっ。これも、こんなちっちゃかったっけ?」
ブランコの横木の上に立ちながら、唯華はなんだかくすぐったそうに笑った。
「ははっ、確かにな」
俺も、何とは無しに隣のブランコへと足を掛ける。
子供サイズのブランコは、確かにちょっと窮屈に感じられた。
「よっ……ほっ……」
「あはっ、なんか楽しくなってきたー!」
お互い、立ち漕ぎで徐々に振れ幅を増していく。
「ねねっ、秀くん! どっちが遠くまで飛べるか勝負ね!」
「唯華はいつまでも子供の心を忘れねぇな……」
テンションが上がってきたらしく、はしゃいだ声で勝負を仕掛けてくる唯華に軽く苦笑が漏れた。
だけど……。
「せーの、で一緒に飛ぶからね? いい?」
「あぁ、了解だ」
俺も、もちろん嫌いじゃない。
『せー……のっ!』
声を合わせて、俺たちは同時にブランコからジャンプする。
思ったより、随分と高くジャンプ出来て……空を飛べているみたいで、なんだかちょっと気持ち良かった。
そのまま、ズザッと地面を擦りながら着地。
「ふふっ……私の勝ち、だねっ」
そう言って不敵に笑う唯華が立つのは、俺より少し前の位置。
「マジかよ、すげぇ飛ぶじゃん」
「ブランコジャンプ、昔っから得意だもんねー」
素直に称賛すると、唯華は自慢げに胸を張る。
「そういやそうだったな……いっつも負けてたっけ」
幼心に、それは悔しいことで……だけど、同時に。
「そんな唯華が……俺の、憧れだったよ」
俺には、とても眩しく見えたんだ。
「凄いことを平然とやってのけて、度胸があって、俺をいつでも引っ張ってくれてさ。勝負事じゃ負けることの方が多かったけど、そんな唯華に負けるのがなんか誇らしくも感じてた」
「あはっ、ありがと」
唯華は、どこか面映そうに笑う。
「だけどね、秀くん」
それを微笑みに変え、目を細めた。
「それは、私だって同じだよ」
「えっ……?」
思わぬ言葉に、疑問の声が漏れる。
「努力家で、ひたむきで、一生懸命に私についてきてくれて。出来ないことだって出来るようになるまで頑張って、いつの間にか私の方が抜かされてるなんてことも多かったけど……そんな時、悔しさよりも嬉しさが勝ってた」
「……そっ、か」
胸がいっぱいになる中、どうにかそれだけ絞り出せた。
なんだかやけに気恥ずかしくて、何とは無しに歩き出す。
すると、唯華も当たり前みたいにそれに続いた。
「……なぁ、唯華」
別段そこに向かうと決めてたわけじゃなかったけど、吸い寄せられるように砂場へと足が向く。
初めて会った日、唯華が声をかけてくれた場所だ。
「ありがとな。あの日、俺に声をかけてくれて」
お礼の言葉は、自然と口を衝いて出ていた。
「ありがとな。俺を見つけてくれて」
唯華との出会いがなければ、俺の人生は今とは大きく違ったものになってただろう。
きっと、今以上に人間不信で誰も信じられない暗い奴になってたに違いない。
そんな気持ちを込めて、お礼の言葉を伝えたんだけど。
「それだって、私も一緒だよ」
唯華は、そう言って微笑んだ。
◆ ◆ ◆
◆ ◆ ◆
「ありがとね、秀くん。私に見つかってくれて」
「ははっ、なんだそりゃ」
「ふふっ」
私の言い回しがちょっとおかしかったせいで、二人で笑い合う。
「でもね、ホントなんだよ?」
秀くんには、言ったことがなかったけれど。
「実は、私もあの頃はお友達なんていなかったの」
「……まぁ、なんとなくそんな気はしてたよ」
「あはっ、そりゃそうか」
何しろ、毎日秀くんとばっかり遊んでたんだしね。
「女の子なのに男の子みたいで変だー、ってさ。男の子からも女の子からも、仲間に入れてもらえなくて。秀くんだけだったよ、そんなこと言わずに一緒に遊んでくれたの」
「それに関しては、俺がゆーくんのことを本当に男の子だと勘違いしてからってのもあると思うんだが……」
「それでもね。私にとっては、秀くんと一緒にいる時間だけが本当の自分でいられるような気がしてた」
それが、私にとってどれだけ救いになってたか。
「あの日……一人で遊んでる秀くんを見てね。なんだか、胸が締め付けられるような気分になったの。一人でいるのが当たり前、って言ってるみたいなその背中が……まるで、自分自身を見てるみたいで。突き動かされるみたいに、気が付けば声をかけてた」
あの衝動がなければ、私の人生は今とは大きく違ったものになってたと思う。
結局は自分が女の子だってことを受け入れたかもしれないけど、きっとそれは今よりずっとネガティブな感情を伴ってのものになってたに違いない。
「あの時、ホントは凄くドキドキしてたんだよ?」
「ははっ、なんだそうだったのか。俺には、丸っきり平気そうな顔に見えてたけど」
今も、凄くドキドキしてる。
あの時とは、全然違う種類のドキドキだけど。
「でも、声を掛けてから仲良くなるまであっという間だったよね」
「あぁ、それに関しては実は俺もビックリしてたんだ。まるで、ずっと前から友達だったみたいにすぐに打ち解けられたから」
「境遇が似てたからっていうのもあるかもだけど……なんていうか、波長みたいなのが合ってたんだろうね」
「みたいだなー」
そう……最初は、本当にただそれだけだった。
私に嫌なこと言ったりせずに、一緒にいてくれるお友達。
誰よりも気の合う相手。
唯一無二の、親友。
「だから……私にとって、秀くんは特別な存在」
「もちろん、俺にとっても唯華は特別な存在だよ」
きっと、私と秀くんの『特別』の意味はほとんど同じ。
それが嬉しくて……少しだけ違うことに、胸が締め付けられる。
それが、いつ頃から私の胸の中に育ち始めていたのかはわからない。
随分と後のことだったような気もするし、ひょっとしたら出会ったその時から? なんて気もする。
だけど、そうなんだって自覚した瞬間のことはハッキリ覚えてる。
切っ掛けは、お母様から引っ越しについて告げられたことだった──







