第24話 策士VS
「うひゃっ!? 流石に、まだちょっと冷たいねぇ!」
「ははっ、ホントだな」
二つ目の目的地……秘密基地から少し下ったところにある沢で、俺たちはちょっとはしゃいだ声を上げる。
子供の頃はそれこそ躊躇せず全身で飛び込んだもんだけど、流石に今は靴を脱いで浅いところを歩く程度だ。
俺の謎の「愛する」発言からこっち、俺たちの間には若干微妙な空気が流れてたんだけど……それも、ここで冷やされてようやく収まってきた感がある。
そうやって、しばらく水辺で遊んだ後。
「さってと、そろそろお昼にしよっか」
「あぁ、そうだな」
ちょうど腹が減ってきたところでの申し出に、俺は一も二もなく頷いた。
「ふふっ……お弁当、気合い入れて作ったんだからっ」
「そりゃ楽しみだ」
お世辞じゃなくて、本当に楽しみだけど……ただ、ちょっとだけ引っかかっているのは。
「でも、悪いな。弁当、唯華にだけ任せちゃって」
「いいのいいのっ、私が好きでやってるんだからっ」
唯華はそう言ってくれるけど……前々から、どうにも唯華に何かしてもらってることの方が多い気がするんだよな……。
「唯華さ、何か俺にしてほしいこととかないか?」
そう思って、尋ねてみる。
「うん? 急にどうしたの?」
「や、弁当のお礼的な?」
「おっとぅ? つまり、お弁当のお礼として『なんでも権』を進呈してくれるってことっ? それなら、喜んで受け取っちゃうけどっ」
こういう茶化した言い方なのは、俺が変に気にしちゃわないようにってことだろう。
「あぁ、そう思ってくれて構わないよ」
「やったっ!」
その気遣いをありがたく受け取ると、唯華はその場で跳び跳ねて喜んだ。
「んふふぅ……何に使おうかなぁ……? あぁ、楽しみぃ……!」
気遣い……なん、だよな……?
「一旦、『なんでも権』何に使うかは保留にしてぇ……秀くん、シート敷いてもらっていい?」
「あぁ、任せてくれ」
ここまで担いできたレジャーシートを、河原の出来るだけ平らになっているところを選んで敷いていく。
「それじゃ、食べよ食べよっ」
その上に座りながら、唯華がバスケットの蓋を開けた。
そして、中を覗き込み……。
「……あれっ、しまったなぁ」
いかにもしくじった、といった表情になる。
「どうかしたのか?」
「うん、これ……」
と、唯華はバスケットの中から箸を一膳取り出した。
「もう一つ入れるの、忘れちゃった……」
「なるほどな」
俺も、思わず苦笑する。
「うーん、なら……どっちかが先に食べる、とか? もしくは、交互に受け渡しするか?」
それくらいしか思い浮かばないけど、それってどっちにしろ間接……。
「それより、もっと良い方法があるよっ」
「おっ、ホントか?」
唯華の優秀な頭脳から導き出された解決方法、是非とも伺いたい。
「はい、あーん」
……と思っていたら、なぜか唯華は卵焼きを箸で摘んで俺の口の前まで持ってきた。
「………………これは?」
なんとなく察しつつも、一応尋ねてみる。
「秀くんの好みに合わせて、甘めにしてあるよ」
「味の話じゃなくて」
つーか、わざと言ってるよな?
「どっちかが食べ終わるのを待ったりいちいちお箸を受け渡しするより、こっちの方が効率的でしょ?」
「……なるほど?」
そうかな……? そうかも……いや、そうかなぁ……!?
「それに子供の頃は、当たり前に一緒のお箸使ってたじゃない? 今更気にするようなことでもないでしょ」
「……確かにな」
そう考えると……俺が、過剰に意識し過ぎなのか?
唯華的には、これも『過剰なお気遣い』の範疇に入るのかな……?
だとすれば……。
「ん……それじゃ、いただくよ」
と、俺は差し出されたままの卵焼きを口に入れたのだった。
◆ ◆ ◆
◆ ◆ ◆
最近、ちょっと懸念していることがある。
「うん、美味いよ」
「ふふっ、良かった。」
それは……秀くん、チョロ過ぎ問題。
大丈夫? いつか、悪い人に騙されなきゃいいんだけど……なんて。
今まさに秀くんを騙してる、悪い女が言えた義理じゃないんだけど。
そう……私は、この状況に持ち込むためにあえてお箸を一膳しか入れなかったのである。
あーんと間接キスを両方達成出来るという、一挙両得の策ってやつだよねっ。
「それじゃ、私もいただこうかなっ」
正直内心では結構緊張してるけど、表に出さないよう注意しながら私も卵焼きを摘んで……食べる!
「ん、我ながら良い出来っ」
なんて、言ってみるけれど。
秀くんとの間接キスだって意識しちゃうと、味がよくわからないかも……。
ともあれ、ここまでだとまだ計画は不完全……!
「はいっ、秀くん。あーん」
唐揚げを秀くんの口の前まで持っていくと、ゴクリと息を呑む気配が伝わってきた。
それから、秀くんは何かを覚悟するような表情になって。
「あむっ」
唐揚げを、口に入れてくれた。
これにて、お互いに間接キス達成……だねっ!
「次、何食べたい?」
「んじゃ、ミートボール」
「はいっ、あーん」
「あむ」
「それじゃ、私もミートボールいただこっ」
そこからは、同じお箸で交互に食べ進めていく。
秀くんも慣れ始めたのか、さっきよりは随分弛緩した空気感になってきた。
私は内心、まだドッキドキだけど……。
「ふっ、あははっ」
なんて思ってたら、私の顔を見て秀くんが急に笑い出す。
「? どうかした?」
「口んとこ、めっちゃソース付いてんぞ?」
「えっ、嘘っ? どこどこっ?」
と、私は慌てて口元を手で拭おうとしたんだけど。
「動くなよ」
「えっ……?」
先に、秀くんの手が伸びてきて……そっと、私の唇を撫でた。
「こういうとこは、昔っから変わらないな」
なんて、微笑みながら。
秀くんは、ソースの付いた自分の指をペロリと舐め取る。
「っ……!」
いや、ちょっ、それ……!
私の判定では、もうほぼキスなんですけどっ!?
「……?」
固まっちゃった私を見て、秀くんは一瞬不思議にそうに首を傾げて。
「……あっ!」
続いて、自分の指を見て目を見開いた。
「わ、悪い! ついつい、子供の頃の感覚で……!」
「あっ、ううん、全然。突然だったから、ちょっとビックリしただけ。取ってくれて、ありがとねっ」
どうにか動揺を表に出さないよう、軽い調子で返しながら……今日一番ドキドキしている胸を、そっと押さえる。
もう……! 秀くんったら、天然でこっちの策略を超えてくるんだからっ……!







