第17話 努力の理由
中間テストの結果も、今日で全教科分が出揃って。
「唯華さぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!」
「おぐふっ……!?」
俺たちの教室ではいつかのリプレイのように、高橋さんが唯華にタックルをかましていた。
「ありがとうございますぅぅぅぅぅぅぅぅぅ! お陰様で、赤点全回避出来ましたぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
どうやら、その謝意を伝えたいらしい……たぶん。
「これでおこづかい額もキープ! これからまた思う存分遊べます!」
「それはおめでとうだけど、普段からちゃんと勉強もしておこうね……?」
ガッツポーズを取る高橋さんに、唯華は微苦笑を浮かべていた。
「それは承知しましたが、とはいえ今日くらいはいいですよねっ!? 皆で、パーッと遊びに行きません!?」
「おっ、いいねぇ」
高橋さんの提案に応じるのは、俺の隣席を定位置とする衛太だ。
「オレも、今日は全てを忘れてパーッと遊びたい気分なんだ」
「全教科赤点だった事実まで忘れんなよ……?」
「それが忘れたいもん筆頭だっての!」
俺のツッコミに、衛太は頭を抱えてガーッと吠えた。
「九条くんと唯華さんは、どこが行きたいとことかありますか?」
そう尋ねてくる高橋さんは、俺たちも当然参加すると疑ってもいないみたいだ。
「えーと……」
一瞬、唯華が窺うような視線を向けてくる。
「俺はどこでも構わないから、合わせるよ」
心配しなくても、もうお膳立てなんてなくても素直に受け入れるっての……という思いを込めながら、高橋さんに頷いて返した。
「……うん、私もっ」
その思いが伝わってくれたのか、唯華も小さく微笑みながら頷く。
「オレも、任せていいかい?」
「オッケーでーす! それじゃ、カラオケにしましょう!」
高橋さんのおかげで、行き先はすんなり決まった。
「中間テストお疲れ会……あぁ、あとアレですよねっ」
言葉の途中で、高橋さんは何かを思い出したような表情に。
「九条くん学年一位、唯華さん学年二位! ワンツーフィニッシュおめでとう会でもありますよねっ!」
それから、俺と唯華の顔を順に見てニコッと微笑んだ。
「凄いですよねー! 九条くんってば、一年の頃から一度も一位を逃してないんですよー!」
「へぇ、そうなんだ……? 凄いね」
唯華が、チラリとこちらに視線を寄越す。
微妙に含みのあるその目は、「初耳なんだけど?」ってところだろうか。
だって、別にいちいち話すようなことでもないっつーか……聞かれてもなのに「俺、ずっと一位なんだよね」とか言い出したらただの自慢じゃん……。
「はーっ、まったく。頭の出来が良い御方は羨ましいねぇ」
「それは違うよ」
やれやれと肩をすくめる衛太へと、唯華がピッと指を突きつける。
「九条くんは毎日コツコツ、夜遅くまでしっかり勉強してたからこその一位なんだから。生まれ持ってのものだけで簡単に達成してるかのような言い方しちゃ駄目っ」
「へーい……」
衛太が不承不承といった感じで頷く一方、高橋さんがコテンと首を傾けた。
「……? どうして唯華さんがそんなこと知ってるんですか?」
「っ……」
当然っちゃ当然の疑問に、唯華の頬がちょっとだけ強ばる。
「や、そうじゃないかなぁ、となんとなく思っただけなんだけど。九条くん、実際のとこはどうなの?」
「まぁ……そんな感じ、かな」
頭の出来が違うってのは、結局あんまり勉強してる様子もなかったのに二位にまで迫ってきた唯華にこそ言うべきことだよなぁ……なんて、密かに苦笑する。
所詮凡人の俺は、足りないところを努力の量で補うしかない。
ただ……これまでは、黙々と一人で努力するだけだったけど。
その努力をわかってくれる人が側にいるっていうのは……思ったより、嬉しいもんだな。
「でも九条くんって、内部進学組ですよね? そんなに勉強しなくても大丈夫じゃないです?」
「知識はあるに越したことないからね。あとはまぁ、家の都合っつーか……あんま順位を落とすと、実家からお小言が来かねないし」
「はえー、上流階級の方も大変ですねー」
まぁ、実際のとこは俺の意地的なところが一番大きいんだけど……あぁ、いや。
「……それと、もう一つ」
今は……それ以上の理由が、出来ているのかもしれない。
そう思って半ば無意識に呟いてから、ハッと我に返った。
「や、ごめん。なんでもない」
と、慌てて誤魔化す。
「えー? 気になるじゃないですかー?」
「ごめんごめん、そんな大したことじゃないから気にしないで」
「そうですかー? なら、いいですけどー」
高橋さんはまだ気になるようだったけど、ここで引き下がってくれるようで助かった。
「そんじゃま、カラオケに出発と参りましょー!」
気を取り直した様子で、高橋さんが皆に先立って歩き出す。
「久世くんって、どんなの歌うんです?」
「そうだな、ボカロ曲とか得意だぜ?」
「えーっ、いがーい」
「ふっ……やっぱ、オレのイメージと違ったかい?」
「久世くん、硬派を気取りたがりがちなのにあっさり教えてくれるんですねっ」
「気取りたがりがち言うなや」
「あははっ、ごめんなさーい」
なんて高橋さんと衛太が談笑しているものだから、なんとなく俺と唯華がその少し後ろを並んで歩く流れとなる。
「……ねぇねぇっ」
と、周囲を軽く窺った後に身を寄せてきた唯華が小声で話しかけてくる。
制服姿でこの距離感は、家とはまた別の意味でちょっと緊張するな……。
「さっき言いかけた勉強する理由の最後の一つ、結局何だったの?」
「別に大したもんじゃないって」
「えーっ? 私にも話せないようなことなのー?」
と、唯華はわざとらしくむくれて見せるけど。
唯華にも話せないことっつーか、唯華には特に話せないことなんだよな……。
だってさ。
唯華の隣に胸を張って立てる男になれるよう、一つでも多く誇れるものを持っておきたい。
……なんて。
重すぎて、唯華が引いちゃうもんな。
「私たちの間に隠し事は無し、じゃない?」
「隠し事っつー程のことでもないんだけど……まぁ、なんだ。言える時が来たら言うよ」
そうだな。
いつか、本当に胸を張って唯華に並び立てる男になれたと自負出来る時が来たなら……この理由も、バラしてみよう。
「そ? それじゃ、楽しみにしてるねっ」
きっと、良い笑い話になるはずだから。







