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第131話 奥さんで幼馴染

「イルカさんたちのショー、凄かったねー」


「あぁ、イルカってあんなに頭いいんだな」


「ホントそれ! トレーナーのお姉さんと完全に意思疎通取れてたもんね! ワンチャン、衛太なんかよりはイルカの方が頭良いまであるかも?」


「いや、流石にそれは……」


「だって、衛太は水中からジャンプして輪っかをくぐったりは……まぁ、それは出来るか」


「出来るのか……出来そうだけども……ていうか、仮に出来なかったとしてもそれは身体能力上の問題でしかなくない……?」


「でも衛太だったら、ショーの順番とか途中で間違えそうじゃない?」


「それは………………まぁ、うん……」


 イルカショーが終わった後、俺たちはそんな益体もない会話を交わしていた。

 周囲のお客さんたちと同じく唯華は満足げな表情で、きっと俺の顔にも似たような笑みが浮かんでいることだろう。


 和やかな雰囲気に包まれながら、ショーの会場を出るため移動していたところ。


「ねぇねぇ、次はペンギンさん見に行こうよー!」


「えー? サメがいいよー!」


 そんな可愛い声が聞こえてきて、目がそちらに引き寄せられる。


「ペンギンさんも、きっとかわいいよ?」


「でも、サメはかっこいいんだよっ?」


 幼稚園くらいかな? の女の子と男の子が、こちらに駆けてきていた。


 その視線はお互いへと向けられていて、前を見ている様子はなく……。


「ちゃんと前を見ながら進まないと、危ないよ?」


『!』


 俺たちにぶつかる直前、唯華が声をかけたことで二人揃って足を止めた。


 知らない人に声をかけられたからか、単純に目の前に誰かいるとは思ってなかったのか、二人はキョトンとした顔でこちらを見上げている。


『ごめんなさいっ』


 かと思えば、揃ってペコリと頭を下げた。


 息がピッタリ合ってるし、兄妹なのかな?


 なんて思っていると。


「こら二人共、勝手に行かないのー!」


「すみません、ぶつかってしまいましたか?」


 ご夫婦らしき二組の男女が、小走りにやってきた。


 女性陣が子供たちの手を取って、男性陣と共に俺たちに会釈する。


「いえいえ、ちゃんと止まってくれましたから」


 唯華と一緒に、会釈と笑みを返した。


 それからもう一度頭を下げ合って、二つのご家庭は俺たちとは別の方向へ。


「それで、次だけど……仕方ないから、先にペンギンでいいよっ」


「やった、ありがとっ! サメさんも、楽しみだねっ!」


 男の子と女の子は手を繋いで、楽しそうに微笑み合っている。


「ふふっ、仲良しさんだ」


「微笑ましいよな」


 そんな二人の後ろ姿を見送りながら、唯華も目を細めていた。


 俺の表情も、似たようなものだろう。


「最初は兄妹かと思ったけど、違ったみたいだね」


「家族ぐるみのお付き合い、ってやつか」


 俺たちがそんな会話を交わしている間にも、男の子と女の子は何事かを囁き合っては笑みをこぼしている。


 そんな姿を見ていると……。


「なんだか、昔の私たちを思い出すね」


 どうやら、考えることは同じだったようだ。


「……まぁ、俺たちの時はもっとヤンチャだった気がするけど」


 それをそのまま認めるのはなんだか少し恥ずかしくて、ちょっと茶化してみる。


「あはっ、確かにー。昔の秀くんだったら『どうせどっちも見るんだからどっちからでもいいでしょー』って、とりあえず近い方に駆けてくところだもんね?」


「いや、それはゆーくんの方だろ明らかに……」


「なんて言ってたら、なーんかサメが見たくなってきたなー。私たちもあっち、行ってみない?」


「仰せのままに。昔っから、おっきい生き物好きだもんな」


「秀くんも、でしょ?」


「やっぱ、デカさはロマンだよ」


「ほんそれー」


 そんな風に話していると、笑い合っていると。

 懐かしさと……同時に、大きな感情が込み上げてくる。


 思えば、こんな風に感じるようになったのはいつからだったんだろう。


 最初から……ってことは、たぶんない。


 なにしろ当時は、ゆーくんのことを男の子だと思ってたから……とか以前に、あの頃の俺はそういう感情を全く理解していなかったから。

 まぁそれに関しては、今でもちゃんと理解しているのかと言えば怪しい気もしなくはないけど。


 でも、この感情が何かの間違いや勘違いじゃないってことはわかってる。


 じゃあ、それに気付いたのは……それが生まれたのは、いつだったんだろう?


 再会した瞬間に……ってことも、たぶんない。


 綺麗な人だとは思った。

 だけど、すぐに相手がゆーくんだって気付いてそれどころじゃなくなったから。


 その混乱も冷めやらないまま、なんか勢いで結婚することになって。

 それそのものに、一切後悔はないけれど。


 その段階では、お互いの利が一致したからってだけに過ぎなかった。

 だけどそれから、ずっと同じ時を過ごして。


 同じものを見て、同じタイミングで笑って、同じ感情を共有して。


 いつからかは、正確にはわからないけれど。


 いつの間にか、こんなにも。


「でも、さっきの子じゃないけどさ。実際、ペンギンもしっかり見ておきたいよな」


「うんうん、ペンギンもいいよね~」


「もうちょっとしたらペンギンの行進ショーっていうのがあるらしいから、その時に見に行こうか」


「おっ、詳しいね~」


「さっき、パンフ見た時にチェックしといたんだ。こりゃ絶対見に行かないとってさ」


「ふふっ。秀くん、そんなペンギン好きなんだっけ?」


「うん」


 あの頃と変わらず、無邪気に笑ってくれるキミが。


 あの頃からは信じられないくらい、美しく成長したキミを。


 あの頃に比べて、どれほど変われているのかわからない俺だけど。


「好きだよ」


 そう、誰よりも………………うん。


 なんか今、ちょっと感情の込め方をミスったような気がするな?


 いや、ちょうど考えてたこととタイミングが重なったもんだから……気持ちが変に溢れてしまったというか。

 「好き」の対象が、完全にペンギンとは別の方面に向かってしまった……。


 まぁとはいえ、別に話の流れ的には不自然な回答じゃなかったし。


 まさか、こんなところで俺の気持ちがバレたりは……しない、よな?


「わ、あひゅ、んへ、ん゛んっ」


 ……なんだろうな、この唯華のリアクションも。


 なんか一瞬やけに表情が緩んだ気がした後、咳払い一つ。


「んふっ」


 結局、いつものイタズラっぽい笑みが浮かべられた。


「そんなに好きなんだ?」


「そう、好きなんだ」


 唯華の意図が何にせよ、ここで下手に動揺を見せるのは良くないだろう。


 極力平静を装って、対応を心がける。


「ふぅん、前はそこまでペンギン好きってわけでもなかったよね?」


「十年もすれば、好みも変わるってもんだろ?」


「んふっ、それはそうかもね? 私の好みは……ずっと、変わってないけど?」


「俺だって、サメ好きなところは変わってないさ」


「はいはい、それじゃまずはサメさんから見に行きましょうね~」


 いずれ、本当に言おうとは思っている。

 あるいは、流れによっては今日……なんてことも、考えてはいた。


 けどそれは決して、こんな風にうっかりポロッと漏らすような形じゃなくて。

 もっとこう……ちゃんとした感じで、伝えようと画策していたわけで。


 とりあえず、いつもの雰囲気に戻ってくれたことにホッとする俺なのだった。


 ふぅ……なんというかこう、今日一日分の勇気ゲージを誤消費してしまった気分だな……。



   ♥   ♥   ♥



 っぶなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!


 危うく、反射的に「私も!」って答えそうになっちゃったよね!


 なんならちょっと出ちゃってたよね……!


 ペンギンが!

 あくまで、ペンギンが「好き」ってことだから……!


 だって、あんなに真っ直ぐ私の目を見て言われたら……告白してくれたかと思っちゃうでしょぉぉぉぉぉぉぉぉ!


 ……というか今になって考えれば、「私も」ペンギンが好きという意味では別に不自然な流れでもなかったわけで。

 下手に誤魔化すより、そのまま出してた方が変な感じにならなかったのでは……?


 まぁ、結局はどうにか誤魔化せたからセーフ………………誤魔化せてたよね?


 はぁ、今のがホントに告白だったら良かったのになぁ。

 秀くんからの告白なら、いつどんな時だってウェルカムなんだからさ。


 ………………ところで、ここで一つ新たな問題が浮上してきた気がするのだけれど。


 例えば、さっきのが本当に告白だったとして……私、ホントに耐えられた?


 心臓はまぁいくらなんでも破裂しないとは思うけど、ほら……表情筋的なのが、ね?


 今だって、危うく顔面ゆるっゆるになりそうだったし……。

 仮に……仮に、秀くんが私のことを、その、す……好き? だと、思ってくれてるとしてもね?


 なんかこう、百年の恋も冷めそうなだらしない笑みを浮かべてしまいそうな……そんな予感が……。


 今日から、表情筋を鍛える訓練をより一層過酷にすべきかもしれない……。


 ………………あるかもわからない『告白』に備えて謎の訓練を積むその光景こそが、万が一にでも見られたら百年の恋も冷める案件なのでは? という問題はともかくとして。

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