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第130話 奥さんとのデート

「わぁっ、壮観だね~!」


 視界いっぱいに広がる水槽の輝きに、唯華がはしゃいだ声を上げる。


 本日、俺たちは二人で水族館に訪れていた。

 先日約束した、『デート』である。


「ねねっ、早速近くで見てみよっ」


 自宅から電車を乗り継いで約一時間という場所もあって、流石に知り合いに見られる心配もないと踏んだのか。

 唯華は周囲の人目を気にした様子もなく、俺の手を取って先導する。


 柔らかい手の感触に、俺はドギマギしてしまう……けれど。

 それだけで終わってしまったら、今までと変わらない。


 そんな気持ちと共に、ギュッと手を握り返してみた。


 それも、ただ重なるだけだった形から握り方を変えて……お互いの指の間に、指を絡めるように。

 いわゆる、恋人繋ぎというやつだ。


 すると唯華は、少しだけ驚いた表情でこちらを振り返ってきた。


 それから。


「えへへっ」


 嬉しそうにはにかむ様が、とても可愛い。


 流石に拒絶されることはないだろう、って計算がなかったといえば嘘になるけれど……こんな風に全面的に受け入れてくれると、胸に幸せが満ちる気分だった。


 唯華の笑みにも幸せそうな感情が見て取れるのは、気のせいではないと思う。


 なんとも面映い、どこかフワフワとした心持ちを胸に俺は唯華と共に水槽の前に立った。


「綺麗だね~」


 色とりどりの魚たちが泳ぐ様を追っている唯華の目が、キラキラと輝いて見える。


 少し暗い館内で、水槽の明かりに照らされるその横顔は。


「綺麗だな」


 知らず、心からの声が口を衝いて出た。


「ねっ、すっごい綺麗だよね!」


 水槽に目を向けたままそう返してくる唯華は、俺の言葉を先の自身のものと同一だと認識したらしい。

 まぁ、普通に考えるとそうなるよな。


 ……ていうかこの場面において、魚そっちのけで女性にその言葉を向けるのは普通に考えてキモいな……うん、気をつけよう。


「あっ! 向こう、クラゲがいるんだって! 行ってみよ!」


 引き続きはしゃいだ声の唯華に手を引かれ、少し先に展示されているクラゲの水槽へと向かう。


「あはっ、可愛い~!」


 ふいよふいよと水中を漂うクラゲたちを眺めて、唯華の笑みが深まった。


「なんかー、クラゲって見てると落ち着くよねー」


「だなー」


 少し間延びした唯華の声に、俺も同じ調子で返す。

 ゆったりとしたテンポで泳いでいる(?)不思議生物を見ていると、高鳴っていた心音が静まっていくのが実感出来た。


 傍らのパネルを見てみると、ミズクラゲっていうらしい。

 青白く光って見えるような身体に、四葉のクローバーみたいな模様も可愛らしい。


「~♪ ~♪」


 小さな鼻歌と共に、クラゲの動きとシンクロするかのように唯華の頭もゆらゆらと揺れ始めていた。


 そんな様を微笑ましく横目で見ながら、クラゲをのんびりと眺めていたところ。


 ピタリ。


「っ……!?」


 頬に触れてきた柔らかい感触に、思わず身体が硬直してしまった。


 視線を動かすことも出来ないけど、見るまでもなくわかる。


 触れているのは、唯華の頬。


 揺れた拍子に、ぶつかっちゃったのか……?

 と思ったけれど、いつまで経っても離れる気配はない。


「……秀くんのほっぺ、あったかいね?」


 いつも以上に間近からの、ダイレクトな振動を伴った声。


「……唯華のも」


 極力平静に聞こえるよう声を出したつもりだけど、成功していたかは定かじゃない。


「ふふっ、そっか」


 実際、こうしている間にも頬の熱が高まっていくのを感じる。


 それが俺の持つ熱なのか、それとも唯華のものなのか。

 それも、定かじゃなかなった。


「なんか……時間が、止まってくみたいだね」


「……うん」


 ちょうど、俺もそんな風に考えていたところだ。


 視界に映るのは、音もなく揺蕩うクラゲたちだけ。

 それを眺めていると、時間がゆったりと流れていくように感じられた。


 不規則に揺らぐ彼ら(?)が、ちょうど全部動いていない瞬間なんかもあって。

 そんな時は、本当に世界そのものが止まってるんじゃないかなって錯覚しそうになる。


 いつの間にか、周囲のざわめきも遠くに感じるようになっていて。

 世界に存在するのは、俺たち二人だけみたいな……。


 ──ピンポンパンポーン


『っ……!?』


 館内放送のチャイム音に、俺たちの身体が同時に跳ねた。


 その拍子に、くっついていた頬も離れる。


 ──このあと、十時よりイルカショーが開始致します。ご家族揃って、是非ご参加ください。場所は中央の──


 続いて流れるアナウンスを聞きながら、俺たちは少し強張った顔を見合わせた。


『……ふ、ははっ』


 そんな自分たちがなんだか妙におかしくて、同時に破顔する。


「イルカショー! 絶対見に行かなきゃだよね!」


「あぁ、もちろん」


 それから頷き合って、これもほとんど同時に踏み出した。


 さっきまでの、世界に二人きりみたいな感覚も好きだったけれど。

 残念だとか、そういう感情は不思議と湧かなかった。


 それはきっと、これから始まるイルカショーも本当に楽しみで。


 それから。


 頬は離れても、手は繋がったままだから……なのかもしれない。


 うん。

 デートはまだまだ、始まったばっかだしな、


 今日は楽しんで、唯華にも楽しんでもらって。


 それから……。



   ♥   ♥   ♥



 ……なーんかさ、アレだよね。


 今日の私達ってさ。


 めっっっっっっっっっっっっっっっっっっちゃデートっぽくない?


 いや、私は秀くんとお出掛けする時はいつだってデートのつもりでいるし。

 なんなら自宅にいる時も家デートだと思ってるから、エブリタイムデートの心構えでいるけども。


 秀くんの方は、いつも一歩引いた感じっていうか?

 私に心を砕いてくれてるっていうのはすっごく伝わってくるんだけど、私とはやっぱりちょっと温度感が違うかなって思うこともなくはなかった。


 特に今回みたいに外だと、周囲の目を凄く気にすることが多いしね。


 でも今日は、ほっぺをくっつけるのもすんなり受け入れてくれて。

 さっき手を握った時も……それどころか、秀くんの方からあんな風に……!


 危うく、さっきの「綺麗だな」って言葉まで私のことを言ってるのかと勘違いしちゃうとこだったよ……!

 おかげで、秀くんの方を見ることも出来なくてさ……!

 

 ほわぁっ、思い出すとまた顔が熱くなっちゃう……!


 それに、今だって手は恋人みたいに繋がったままだし……!


 これって、いつもより遠くに来てるから……なの、かな……?

 それとも……やっぱり、秀くんの心境に何かしらの変化が生じた結果とか?


 いずれにせよ、だ。

 秀くんとのデートはいつだって何より楽しみだし、実際この上なく楽しいけど。


 今日は、いつもとはまた違った意味でも……楽しみ、かもっ!


 ………………。


 …………。


 ……。


 ……それはそうと。


 本日この後も、このような展開が続くとするならば。


 それは嘘偽りなく本当に、心からすっごく嬉しいんだけども。


 えっ、大丈夫?


 今日これ、私の心臓ちゃんと保つ???

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