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第129話 奥さんを口説く

 唯華を、口説いていこうと思う。


 そう決めたは良いものの、俺には恋愛経験なんてゼロなわけで。

 手探りでやっていくしかない中、とりあえず最初に選んだ手は。


「明日、デートに行かないか?」


 金曜の夕食後、そんな風に誘ってみることだった。


 これまで、少なくとも俺は二人で出かけることをそう称したことはなかった。

 たとえ、内心でどう思っていようと。


 尤も、こんなことくらいで何かが変わるとも思っちゃいなかったけど。


「いいね、行こ行こっ」


 果たして、唯華はいつも通りの笑顔で同意してくれた。


「どこがいいかなー? 昼からでいい? それとも、朝から行っちゃおっか? それによっても違うよねー」


 ワクワクした気持ちを隠そうともしない、無邪気なその様は……。


「可愛い」


「ん? 何が?」


 俺の口から漏れ出た言葉に、唯華が首を捻る。


 しまったな、煩悩がそのまま口から漏れ出てしまった……いや。


「勿論、唯華が」


 気持ちは、言葉にするのが大事だっていうしな。


 正直、面と向かって言うのは恥ずかしいけど……出来るだけ、堂々と言い切っているように見せよう。


「ふふっ、ハロウィンはもう終わったよ?」


「知ってる。だからイタズラじゃなくて、ホントのことしか言ってないだろ?」


「そ、ありがとねっ」


 ま、こんな風に本気にされないっていうのは予想通りだ。


 こないだのハロウィンで言った時も、冗談の類だと思われたわけだし。


 いや、本気だって伝わった上でこの反応なのかもな。

 「可愛い」だなんて言葉、小さい頃……はともかくとして、成長してからは散々言われてきたことだろう。


「話が逸れたけど、行き先は水族館なんてどうかな?」


 気を取り直して、当初の目的に立ち返る。


 これ自体は、今回誘うに当たってあらかじめ第一候補として考えてた案だ。


「こないだ、行きたそうにしてたろ?」


 テレビで水族館の特集をしてた時、ワクワクした顔で観てたもんな。


「覚えててくれたんだ?」


「そりゃ、唯華のことなら何だって覚えてるよ」


 特に思うところもなく返すと、唯華はパチクリと目を瞬かせた。


 なんだろう、その反応は………………あっ。


 今の俺の発言、気持ち悪かったか……!?

 なんか、一方的に執着してるストーカーみたいだし……!


「ふふっ、そうなんだ」


 と、唯華は少しだけ照れくさそうに笑う。


 これは、セーフ……か?


「でもさぁ、それってぇ?」


 おっと、かと思えば何かイタズラを思いついた表情に?


「私のことが大好きー、みたいじゃないっ?」


 いやまぁ、全く以てその通りなんですけどね。


「前に、そう言ってくれたしねー?」


「それに関しては、言わされた案件って気がするけど」


 思わず、微苦笑が浮かぶ。


 実際、あの時……思い出の場所周回ツアーの最後では、唯華に促されて大いに照れながら絞り出した言葉だったけど。


「でも……そうだな」


 今回は、肉体的な接触がないからか。


 あるいは……ハッキリと、気持ちが定まったからか。


「大好きだよ」


 今度は、躊躇なく口にすることが出来た。


「……んふっ、私もだよ?」


 唯華の方は、相変わらず余裕綽々って感じだ。


「さってと、それじゃ行き先も決まったことだし。準備しとこっかな……明日の、デートのさ」


 そのまま立ち上がって、自室の方へと向かっていく。


「うんとおめかしして、秀くんをドキッとさせちゃうんだから。覚悟しといてよね?」


「楽しみにしてるよ」


 顔だけ振り返ってウインクしてくる唯華に、心からの言葉を返した。


「俺は、いつも唯華に新鮮なドキドキを感じてるけど」


 そう付け加えると、前に向き直りかけていた唯華は最後にもう一度こちらを見て。


「んふっ」


 どこか意味深な笑みを浮かべてから、今度こそ自室に入っていった。


「……ふぅ」


 ほぼ同時に己の口から漏れ出た吐息に、自分が思ったより緊張していたらしいことを知る。


 そりゃ、好きな子を口説こうってんだからな。

 平常心でいられるわけもないか。


 尤も、今回程度のは冗談の範疇だろうけど。

 唯華も、完全にそう取ってたしな。


 俺としても……口説こうと決めたとはいえ、急激に距離を縮めるようなつもりはなかった。


 唯華からの好感度が低いってことはないという自信は流石にあるけど、男女としてとなるとまた別の話だ。

 唯華だって満更でもないんだろう、とか考えて自分本位に迫るなんてのはやっちゃいけないと思う。


 焦らず、少しずつでも男として意識してもらえるよう努力していこう。



   ♥   ♥   ♥



「んふっ」


 自室の扉を後ろ手に閉めた私は、再び笑みを漏らした。


「んふふっ」


 ……というか。


「んへ、うへへへへへへ」


 顔が緩むのを……! 抑えられない……!


 秀くんからどっかに行こうって誘ってくれること自体珍しいし(隙あらば私の方が先に誘うから)、なんかやたら私のこと褒めてくれるし……いやそれ自体は前々からそうなんだけど、今日はいつになくストレートっていうか?


 更に更に、「大好き」まで……!


 えーもう、なになにっ!?


 口説いてない!?

 秀くん、これ私のこと口説いてない!?


 私のアプローチに動揺しちゃったりしてくれる秀くんも、可愛いけど……なんていうかこう、攻め? に回った秀くんは、イケメンすぎる……!


 はぁっ、しゅき……!


 えっ、もしかして……秀くんも?


 私のこと、しゅき?


 ………………いやいや、あまり調子に乗るのは良くはない。


 ここで勘違いして、勝手に盛り上がってさ。

 それで私の想いに、気付かれて……そりゃ、秀くんも同じ気持ちだったら最高だけどね?


 でも、例えば……「えっ? あっ……唯華、俺のことそんな風に……? あ、はは……そうなんだ……いや、なんていうかその……俺の方はそんなつもりじゃなかったっていうか……勘違いさせちゃったらなら、ゴメンな?」とか苦笑気味に言われちゃった日には……オゴゴゴゴ……立ち直れる気がしない……。


 思えば、秀くんがちょっと変わったように感じるのはこないだのハロウィンの時から。


 そう……変わったように「感じる」っていうのがミソだよね。

 実のところ秀くんの態度は一切変わってなくて、変わったのは私の視点という可能性は大いに有り得る。


 だって、あの日の秀くん……「口説いてるよ」だなんてさ。


 真っ直ぐに私を見つめて、まるで本気みたいで……私の感情メーターが狂うには十分すぎるってぇ……!


 いやいやでもでも、秀くんサイドにも変化が全くないってことはないよね?

 私の視界が曇りに曇りまくってるだけってことは、流石にないはず……たぶん。


 そうなると、こないだの一件で秀くんも……私を弄ぶ悦びに目覚めちゃった、とか?


 だとすれば……ちょっとエスっ気のある秀くんも、素敵すぎる……!

 はぁはぁ………………いけないけない、落ち着こう私。


 まずは、明日の『デート』に備えないと。


 そう……『デート』って言葉を秀くんが使ってくれるのもこれが初めて、だよね?

 それも冗談の一環なのかもしれないし、たまたまそんな言葉を選んだってだけで深い意味なんてないのかもしれないけど。


 でも……もしも、ちょっとずつでも私のことを女の子として意識してくれてるんなら。


 とっても、嬉しいんだけどなっ?

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