第127話 ハロウィンパーティー
『ハッピーッ! ハーロウィーン!』
我が家に、高橋さんと華音ちゃんの元気な声が響き渡る。
「クッキーにしますかっ? キャンディにしますかっ? マシュマロだってありますよーっ?」
「それともそれとも~?」
そう声を合わせる二人の顔に、ニンマリとした笑みが浮かんだ。
『イ・タ・ズ・ラ?』
続けて、パチンとまた同時にウインクする。
高橋さんは文化祭の時のミイラ女コスにリボンをあしらってアレンジした格好。
華音ちゃんは、黒を基調とした服に小さなツノとシッポを付けた小悪魔の姿である。
「みんな、いっぱいお菓子とか持ってきてくれたね~」
テーブルの上に沢山並べられたお菓子や飲み物を眺めながら笑みを浮かべるのは、ゾンビメイクをキメた唯華だ。
その他現在我が家にいるのは、頭にネジをぶっ刺したフランケンな装いにしている俺と、あと二人。
「私も、和菓子を幾つかお持ち致しました。祖父も昔から利用しているという老舗ですが、最近はハロウィン用の可愛いものも用意してくれていますので」
机上の一角を手の平で指すのは、額に御札を貼ったキョンシースタイルの一葉。
「どうせお菓子は飽和するだろうと思って、オレはドリンクを持参したぜー」
ちょっぴりホラーテイストに寄せたピエロメイクの衛太のおかげで、飲み物も充実していた。
このいつものメンバーでハロウィンパーティーが開幕し、しばらく。
「さぁって、っと」
お菓子を摘みながらワイワイと雑談を交わす中、少し間が空いたところで華音ちゃんがパンと手を叩く。
「そろそろゲームの時間じゃないっ?」
どうやら、そういうことらしい。
「ハロウィンのゲームといえば、これ!」
と、持参したハンドバッグに手を入れる華音ちゃん。
ハロウィンといえばのゲーム……なんだろう、アップルボビングとか?
ただ、それならハンドバッグから取り出すような類のもんじゃないしな……。
「ジャック・オー・ランタンゲームぅ!」
へぇ……?
聞いたことないけど、確かにハロウィンっぽいな。
「そんなのあるんだ? どんなのどんなの?」
唯華も、興味津々といった目を華音ちゃんに向けている。
「まずは、人数分のクジを用意しまーす!」
と、華音ちゃんが取り出したのは割り箸の束だった。
「これの先っぽに、一つだけトクベツなマークが付いてるやつがあってね? それを引いた人が、ジャック・オー・ランタンになるの!」
「うん……?」
とここで、唯華が軽く眉根を寄せる。
「他のには、数字が書いてあってー。それを……」
「ねぇ華音、ちょっと待って?」
「うん? どうかした?」
手のひらを突き出した唯華に対して、華音ちゃんはポキュッと首を捻った。
「それってさ……王様ゲームじゃない?」
唯華は、胡乱げな目を華音ちゃんに向けている。
「もう、やだなー。そんなわけないじゃーん」
「あ、はは……そうだよね?」
けどケラケラ笑いながら手を振る華音ちゃんに、唯華も苦笑気味に笑った。
「それじゃ続き、説明するね?」
「うん、遮っちゃってゴメンゴメン」
そんな一幕を挟みつつも、華音ちゃんが説明を再開する。
「ジャック・オー・ランタンになった人は、数字を指定して他の皆に命令しちゃいまーす! 命令は、絶対遵守だゾ☆」
「王様ゲームじゃん!」
パチンとウインクする華音ちゃんに、唯華が吠えた。
「ジャック・オー・ランタンゲームだよ?」
「ただ名称を変えただけのゲームを、なぜそんな曇りなき眼で言い切れるの……?」
一周回って、唯華が半ば感心の面持ちになり始める中。
「んっふっふー。華音ちゃん、私はちゃーんとわかっちゃってますからねっ?」
そんな中、高橋さんが妙に意味深な笑みを漏らした。
自称わかっちゃってる時の高橋さんは大抵わかっちゃってないんだけど、今回は果たして……。
「お金持ちの集まり、密閉空間、そしてゲームと来れば……そう!」
一呼吸挟んだ後に、カッと目を見開く高橋さん。
「これから始まるのは死のデスゲーム、というわけですね!」
「高橋さんは私たちのこと何だと思ってるの?」
「仮にそうだとして、自分も参加者サイドに入る金持ちは覚悟キマりすぎじゃないかい?」
「あと『死』と『デス』で意味が被っています、陽菜先輩」
ドヤ顔の高橋さんに対して、唯華、衛太、一葉と順番にツッコミが入った。
「まーまー、とにかくやってみましょうよ!」
「そーそー、まずはやらなきゃ始まらないってね!」
一方、相変わらず波長というかノリが合ってる様子の高橋さんと華音ちゃんである。
「別にオレは、やる分には構わんけどね」
「この女の発案という点に思うところがないでもないですが……閉ざされた空間……秘密の関係の二人……爛れたパーティーゲーム……何も起こらないはずもなく……フヒッ……えぇ、私も異存ありません」
衛太と、一葉も前向き……前向き? なんだよな、たぶん……なんかブツブツ言ってたけど……。
「私も、皆がいいならいいけど……」
とにもかくにも、消極的ながら唯華も同意を出して。
「じゃあ、やってみようか」
結局俺もそう判断し、華音ちゃんが提案するところのジャック・オー・ランタンゲームが開催されることとなったのだった。
♠ ♠ ♠
というわけで。
「ジャック・オー・ランタン、だーれだ?」
「あ、私のやつカボチャマークが付いてますー!」
クジを引いた後、華音ちゃんが弾む声と共に一同を見回すと高橋さんが割り箸を持つ手を元気に上げた。
「それじゃ、私が命令しちゃいますねっ。えっとー、何にしようかなー? うーん……よし、決めたっ! 一番の人が二番の人の好きなところを三個言う、です!」
しばし迷う素振りを見せた後、そう『命令』する。
俺は四番だから関係ないけど、一番と二番は……?
「私、二番でーっす」
「……私が一番ですね」
続けて手を挙げたのは、華音ちゃんと一葉。
一葉が華音ちゃんの好きなところを、か……。
逆ならまだしも、これは大丈夫なのか……?
一葉、前から華音ちゃんにはなんか思うところがあるっぽい感じだし……。
「やったー♡ ねーねー、ワンリーフちゃんは私のどんなとこが好きなのカナー?」
華音ちゃんの方は、一葉を気に入ってくれてるみたいなんだけどな……。
「……そうですね」
しかし意外にもと言うべきか、一葉はフラットな表情で顎に手を当て考える仕草に。
「まず、顔が良い」
そして、そう言いながら指を一本立てた。
「あはっ♡ ワンリーフちゃん、私のこと可愛いと思ってくれてるんだー?」
「当然でしょう。義姉さ……唯華先輩と同じ血を引いている時点で約束されし神作画です」
華音ちゃんがニンマリ笑っても一葉は特段反応を示すこともなく、二本目の指を立てる。
「次に、いわゆるコミュニケーション能力の高さは率直に好ましく思います」
「ありがとーっ」
ここもストレートに褒める一葉に対して、華音ちゃんも素直に嬉しそうだ。
「最後に」
と、一葉は三本目の指を立てた。
「創作物の好みについても、センスが良いと言って差し支えないでしょう」
「私とワンリーフちゃん、おんなじのにコメントしてること多いもんねーっ」
良かった、結局は何事もなく終わりそうだな……。
「ただし」
……うん?
「作り出す二次創作に関しては、解釈違いも甚だしいですが……!」
一葉……?
なんか、目が据わってきてないか……?
「特になんですか、先日挙げていたアレは……!」
「なにって、純愛モノじゃん?」
「おぉんっ!? なぜ一対一ラブコメ作品の二次創作で、ポッと出のサブキャラと結ばれるエンドが生えてくるのですか!?」
「そういう運命を感じたから……かな♡」
「妙な電波の間違いでしょう……! 大体、本編であれだけ幼馴染とのフラグを立てておきながら別の女と結ばれるなど不自然すぎます!」
「大丈夫大丈夫、ちゃんと幼馴染ちゃんとも結ばれる続編だって用意してるから」
「それこそ整合性が取れないのでは!?」
「あれ、ワンリーフちゃんハーレム系否定派だっけ?」
「それ自体は好物ですが、当初からそういう雰囲気の作品でないならコンセプトがズレるでしょう……!」
えーと、これは止めた方が良いのかな……?
見ようによっては、仲良くしているようにも見えるような気もするけど……。
「ともかく」
なんて考えていると、一葉が少し冷静さを取り戻した表情でコホンと一つ咳払い。
「最後は少々話が逸れましたが……以上、三点挙げさせていただきました」
「はい! 一葉ちゃん、完璧でーす!」
先のやり取りを見なかったことにしているのか、はたまたそこも込みで言っているのか。
いずれにせよ、命令者である高橋さんはご満悦の様子だった。
「そんじゃ次、いってみよ~!」
と、引き続きノリノリの華音ちゃんが回収したクジを再び突き出す。
そこからしばらくは、俺の語尾が数分間変なのになったり、唯華がモノマネしたり、俺と衛太が腕相撲でガチったり、高橋さんの顔に華音ちゃんがやたらクオリティの高いラクガキをしたり、俺が一葉の肩を揉んだりと……なんか、俺の直撃が多いような気がしなくもないな? というのはともかくとして。
比較的平和な時間が続いていた。
これなら、たまにはこういうのも悪くないな……なんて考えていたのが、あるいはフラグだったんだろうか。
「それじゃそれじゃ、次は~……三番と四番が、鼻をくっつけ合う! なんて、どうかなっ?」
華音ちゃんの指令を受けた、三番は俺。
そして、四番はといえば……。
「……あ、私が四だ」
唯華、らしかった。
んん゛っ……!
鼻をくっつけ合う、ねぇ……!
ま、まぁ、そのくらいはね?
別に、大したことじゃない……よな?
「ふふっ……それじゃ、やろっか?」
ほら、唯華もちょっと照れくさそうだけど特に思うところはなさそうだ。
俺だけが意識しててもなんか変な感じになっちゃうし、ここはサクッとノルマをこなして終わらせよう。
というわけで、唯華と顔を寄せ合って……そっと、鼻の先端を突き合わせた。
………………。
…………。
……。
……うん。
近いな!?
いや、当たり前なんだけども……事前にわかってたことではあるんだけども……。
実際にこの距離になると、なんというかこう……ね……。
目の前の瞳に、唇に当たる吐息に、鼻をくすぐる香りに、僅かに触れ合う箇所から伝わってくる体温に、意識が持っていかれるというか……どこに意識を向ければいいかわからないというか……。
……それに。
この距離には、やっぱりどうしても思い出してしまう。
文化祭での、ハプニング。
忘れるべき記憶なのかもしれない。
でも、忘れられるわけはなくて。
忘れたくも……ない。
だったら……次は、ハプニングじゃなくて。
不本意じゃない形で。
そう、望まずにはいられなかった。
……いや。
ただ望むだけじゃなくて、俺は──
♥ ♥ ♥
近っっっっっっっっっ!
ちっっっっっっっっっかっっっっっっっっっこよっっっっっっっっっ!
この距離でのイケ顔は、なんというか……!
心臓に悪い……!
恥ずかしくてすぐに離れちゃいそうな自分と一生こうしていたい自分、どっちも存在してる……!
……それに。
こうしてると、必然的に思い出すのは文化祭での例の一件。
ワンチャン、この流れならもっかいしちゃってもなんか良い感じに誤魔化せたりしないかな……。
はぁ~あ、こんなの悩まず好きなだけ……出来る、関係になれたらいいのにな。
……いやいや、今はそれよりもこの瞬間を全力で堪能すべきでは?
一緒に暮らしてても、流石にこんな距離感はレア中のレアなんだしさ。
自分の唇のすぐ傍に秀くんの唇があるのが感じられて、鼻なんかくっついちゃってるし、目の前の瞳にはなんだか熱が宿ってるように見えて……あっ、ヤバ。
改めて意識すると、心臓の跳ねっぷりがエグくなってきた……!
気を抜くと、頬がゆるっゆるになりそうだし……!
ご褒美タイムなのは間違いないけど、私にとっては試練の時間でもあるよね……!
◆ ◆ ◆
にひひっ、まさしく計算どーり! ってやつだよね。
ま、とはいえ。
今回は超ストレートで、策とも言えないようなやつだけど。
もちろん、王様ゲーム……じゃなくて、ジャック・オー・ランタンゲーム? を提案したのはこの展開に持っていくため。
初手でこんな『命令』だと反対される可能性もあったから、徐々に慣らしてく必要はあったわけだけど……その点、皆も良い感じの流れにしてくれたよね。
というか、ここまで素直にやってくれるならもう一歩くらい踏み込んでも良かったかも……?
いやいや、欲張るのは良くないよね。
今は目の前のこの光景を、堪能しちゃましょってね♡
◆ ◆ ◆
っっっっっっっっっしゃっっっっっっっっっ!
マジでキスする二センチ前、いただきました……!
正直やり口に思うところはないでもないですが、これに関してはグッジョブと言わざるをえないところです……!
このお二人の距離は、文化祭以来の……以来の……あっ。
おごごご……己のやらかしを思い出し、精神にダメージが……。
い、いえ!
心に致命傷を負っている場合ではありません……!
この罰は別途地獄で受けるとして、今はこの光景を心のハードディスクに焼き付けておかねば……!
♣ ♣ ♣
なんつーか、アレだよね。
もう、ここでもっかいキスでもしちゃえばいいのにね。
二人の関係は、オレ含めてここにいるメンバーはもう全員知ってるわけだしさ……あぁ、一応陽菜ちゃんだけは微妙だっけ?
当人に直接は言ってないはずだけど、とはいえ流石にもう察しちゃってるんじゃねーかなー?
◆ ◆ ◆
はえー、流石に美男美女のツーショットは絵になるなー。
それはそうと一葉ちゃんが持ってきてくれたこのお菓子、めっちゃ美味しっ!
あれ? でもこれ、さっきから私しか食べてないような……?
あっ、上流階級の方々は食べ飽きてるってことなのかもっ!
お金持ちの皆さんはそんなの気にしないのかもだけど、残っちゃったらもったいないし?
えへへ、もう一個いただいちゃいまーす!







