第124話 芸術の秋?
「秋といえば、芸術の秋だよね!」
とある休日の昼下がり、そう口にする唯華。
片目を閉じ、構えた鉛筆越しにもう片方の目を俺に向けながら。
いつもと変わらずリビングで二人過ごしていたところ、スマホを見ていた唯華がふと何かを思いついたような表情を浮かべ。
おもむろに立ち上がったかと思えば一旦自室に戻り、持ってきたスケッチブックに鉛筆を走らせ始めせたので「……何してるの?」と尋ねた俺に対しての返答である。
「うん、まぁ、うん……」
至極真剣な表情で構図を取っている(?)唯華に、俺はなんとも言えない表情となっていることだろう。
「昔のお金持ちってさ、家に肖像画を飾りがちなイメージじゃない? それをやろうと思って」
俺の戸惑いを感じ取ってか、そう付け加えてくれた。
なお、それによって俺の疑問が解消されたとは言っていない。
「急に権力欲に目覚めるじゃん……」
というか、今の話なら唯華の肖像画を飾る流れなんじゃないのか……?
あぁいうのって、大体自分の肖像画なんだし……いや、だとしてもDIYのケースはあんまり聞いたことない気はするけども。
俺の顔なんて家に飾っても仕方ないわけだしさ。
唯華のなら、まぁ彩りにもなるだろう。
尤も、唯華もネタで言ってるだけなんだろうけどさ。
……なんて思って、とりあえず放置してみることにした。
──シャッ、シャッ、シャッ
静かな室内に生じる、唯華が軽快に鉛筆を走らせる音。
──ペラ……ペラ……
合間に、俺の手にある文庫本のページが捲れる音も時折まじる。
そのまま、互いに無言で過ごすことしばらく。
「……え、マジでやるの?」
根負けした気分で、俺は手元の本から上げた目を唯華へと向けた。
「? やるって言ったんだから、やるよ?」
軽く首をひねる唯華は、言葉通り当然って感じの表情だ。
「うん、まぁ、うん……」
俺の顔には、さっき以上の微妙な表情が張り付いていることだろう。
「うーん……」
俺に返答しながらも手を動かし続けていた唯華が、難しげに眉根を寄せた。
「なーんか、イマイチだなー」
どうやら、絵の出来に納得出来てない様子だ。
「……ちょっと、見せてもらっても?」
興味本位で、唯華の手元をひょいと覗き見る。
「あっ、もう。まだ全然出来てないのに……秀くんのエッチ」
と、唇を唇を尖らせて見上げてくる唯華。
なぜだろうか、なんとなくいけないことをしているような気持ちになってしまうのは……って。
「うまっ!?」
スケッチブックを見て、思わず声が上がった。
まだラフの状態ではあるけど、そこに描かれているのは鏡の中に見慣れた顔だ。
「唯華、絵もいけたんだな……」
「んー? まぁ、習い事で一通りやったしねー」
そういえば、ゆーくんも絵が上手かった印象が……印象が………………いや、特にそういうことはないな。
一緒に絵を描いて遊んだりしたこともあったけど、その時は自由でのびのびとした画風って感じだったと記憶している。
まぁ、あれから十年も経ってるわけだしな……。
にしても、上手い……。
「やっぱり、全然ダメ!」
なのに、唯華自身は満足いっていない様子だ。
……なるほど、しかしよく見てみれば。
ちょっと美化されすぎてるというか、見慣れた自分の顔よりも何割か増しで格好良く見える。
「確かに、実物とはちょっと違うかもな」
「そうなの!」
微苦笑を浮かべる俺に、唯華は力強く頷く。
「本物の目はもっとキリッとしてるし、鼻の形もスッて感じが足りないし、目と眉には意思の強さが表現しきれてなくて、唇だってセクシーさが……」
「はは……」
スケッチブックを睨めつけながらブツブツと呟き始める唯華に、俺の笑いは乾き気味の響きを帯びていた。
まったく、俺をからかう時の唯華はいつも全力だよな……。
唯華を知らない人が見たら、今の目なんて本気にしか見えないと思う。
……というか俺も、冗談だってわかってるのに一瞬マジかと思ってしまったレベルだ。
「………………」
「ここの角度を修正すれば……でも、それじゃバランスが……」
「………………」
「濃淡をもっと工夫すれば……? や、そういう問題でもないもんね……」
「………………」
「もっと根本的に……」
「………………」
「画力が……画力が足りない……! 私に、もっと力があれば……!」
なんか、悲劇を回避出来ずに悪堕ちしてしまったラスボスみたいなこと言い始めたな……。
……ていうか、そろそろ「なーんちゃって!」とかでオチとしていいんじゃない?
「……あっ」
お、来たか?
「ところでさー」
……うん?
「秀くんのそのシャツ、ちょっと襟首がくたびれてきちゃってない」
なんか、普通に話題が変わった……か……?
「あー、そうなんだよ」
なんて思いつつも、俺を着ているシャツの襟を軽く引っ張った。
「元々、父さんが若い頃に着てたっていうのをもらったやつだからさ。流石にそろそろ限界かも」
「秀くん、それよく着てるしねー」
「今くらいの季節にちょうど良いしさ。これがダメになったら、どうしようかな……同じようなの、他には持ってないんだよな……」
「そうなんだ? ん、じゃあさ」
考える俺を見て、唯華はピンと何かを思いついたような表情となった。
「私もちょうど秋物の新しいやつ欲しいと思ってたし、一緒に買いに行かないっ?」
やや上目遣い気味に俺を伺ってくる唯華。
可愛い……じゃなくて。
「いいね、行こうか」
俺に、否があるはずもなかった。
ただ、少しだけ思う。
(……服を買いに行くための服、どうしような?)
唯華と出かけることなんて、今や珍しくもなんともないけれど。
服を買いに行くなんていかにも『デート』っぽいイベントは何気に珍しくて、今から少しだけ緊張し始めたりなんてしている俺なのだった。
尤も、友達同士でも当たり前にすることだし唯華に特別な意図なんてないんだろうけど。
………………。
……ところで、さっきのくだりのオチは?
♥ ♥ ♥
楽しみだなぁ、お買い物デート!
選ぶのにかこつけて、秀くんに色んな服を着てもらっちゃったり出来ないかな?
普段とは違う感じの秀くんも見てみたいよねー。
あとは、自然な感じで私の服を選んでもらえるチャンスにも繋げられるかも?
秀くん好みの服まで把握出来ると良いなー。
………………それはそうと。
前に絵を習ってた先生に、久々に連絡取ってみようかなー。
前はそこまで興味もなかったからそれなりのところで辞めちゃったけど、秀くんのありのままの姿を自分の手で描くためなら私はもっと高みまで昇れる気がする……!







