第123話 スポーツの秋
「秋といえば、スポーツの秋だよね!」
「うん? うんまぁ、そう……かな?」
とある休日の昼下がり。
どこか含みのある感じで言ってくる唯華に、やや曖昧な調子で答える。
ワクワクしているのを隠そうともしない表情には、何か企んでますって書いてあるように見えた。
「というわけで、じゃんっ!」
早速ネタばらしということか、唯華は後ろ手に隠していたものを前に出す。
持っているのは、何の変哲もないフリスビー……だけど。
「あれ? それって……」
「あは、気付いちゃった?」
見覚えがあって反応した俺に、唯華はニマリと口角を上げた。
「こないだ実家の物置きの片付けを手伝ってたら、出てきたんだー」
言いながら、懐かしげに目を細める。
流石に少しくたびれた印象は拭えないものの、丁寧に保管されていたことが窺えるそれは。
「一時期、二人してすげぇハマってたよなー」
幼い頃、『ゆーくん』と共に沢山遊んだ思い出の品だった。
昔は両手で抱えるように持ってたそれが、今や唯華の手に可愛く収まっている。
「アニメでやってたショットを、二人で一生懸命真似っこしようとしたりねっ」
「ははっ、そうだったな」
そうそう、当時フリスビーを主題としたアニメがやってたんだった。
ギリギリ出来そうなものから現実離れしたものまで色んなトリックショットが出てきて、幼い頃の俺たちは再現しようと腐心したもんだ。
もちろん、そのほとんどは成功しなかったわけだけど。
どちらにせよ、楽しかった思い出として今も心に刻まれている。
「ねっ、久々にやってみない?」
唯華は、楽しげに両手で持ったフリスビーを掲げて見せた。
「いいねぇ」
ノータイムで答える俺も、きっと唯華と似たような表情になっているんだろう。
近頃は文化祭実行委員やら個人的な画策やらで忙しかったこともあって、運動不足だったし。
うん……スポーツの秋ってことで、確かにちょうどいいかもな。
♠ ♠ ♠
そうして、俺たちは実家付近の公園にまでやってきた。
わざわざこっちの方まで来たのには、いくつか理由がある。
自宅近辺だと、校友なんかに目撃される可能性があること。
そもそも、手頃な大きさの公園が近くにあまりないこと。
それから……あの頃もここで遊んでいたから、というのがやっぱり一番の理由なのかもしれない。
俺も唯華もそれを口にすることはなく、だけど自然な流れでここに来ることが決まっていた。
これまたあの頃の印象に比べると随分と小さく見える公園の中に、かつての少年……に見えた少女の姿が、幻視されるような気がする。
「それじゃ、いくよー」
それが、今の唯華の姿と重なって。
「えいっ」
今はもう男の子と見間違えようもない魅力的な女性となったその手から、フリスビーが投擲される。
綺麗な放物線を描き、プラスチック製の円盤は俺の胸元目掛けて飛んできた。
「ナイスショット」
難易度イージーのキャッチングを、問題なくこなす。
「いくぞー?」
「はいはーい」
今度は俺から投げて、唯華も難なくキャッチした。
そんな穏やかなやり取りを交わすこと、数往復。
「んふふー。そろそろ、やってみますかっ」
唯華が、小さく笑みを浮かべた唇をペロリと舐める。
「まずは……旋風っ!」
今度の投擲は、明後日の方向へと放られたように見えた。
けれど一瞬の後にフリスビーは大きく軌道を曲げて、俺の方へと進路を変化させる。
「っと」
考えるより前に身体が反応して、俺の手は今度も危うげなくフリスビーを受け止めていた。
「ナイスキャッチー」
ピッ、と唯華は笑みと共に指を向けてくる。
「そっちこそ、あの頃と変わらない腕前だな」
伸びた身長に伴って投擲の高度こそ随分上がったものの、さっきの軌道は幼い頃の記憶にあるのとほとんど変わらなかった。
俺もかつてと同じように動けたことに、なんとなくテンションが上がってくる。
「それじゃこっちもいくぞ、っと!」
遠い記憶に導かれるまま、フリスビーを斜めに傾け上方へと投げた。
そのままだと唯華の頭の上を通り過ぎる軌道けど、途中でクンと大きく曲がって降下していく。
「おっ、ハヤブサだっ。秀くんの得意技だったよねー」
少し複雑な軌道を経て辿り着いたフリスビーを、唯華もまた難なくキャッチ。
その無邪気で楽しげな笑みが、また在りし日の姿と重なる。
「今度は、サンダーボルト!」
「なんの、アナコンダ!」
「おっ、やるねぁ! それじゃ私は、アルコイリス!」
「うおっと、昔より鋭さ増してないか……!? フェニックス……!」
「わわっ、秀くんこそ~!」
なんて、互いに笑いながら俺たちは激しくフリスビーを投げ合っていく。
高校生にもなってフリスビー遊びに全力な男女なんて、傍から見れば滑稽に見えるかもしれないけれど……この上なく、楽しかった。
唯華も同じように感じてくれていることは、その輝く笑顔からも明らかだと思う。
そのまま、何往復したのか数えるのも馬鹿らしいくらいに満喫して。
「ふぅ……流石に、次でラストにしようか」
「はぁっ……オッケー、そうだねっ」
お互い軽く肩を上下させながら、確認後に一投し合うことにする。
「私のラストは~……これかな、てやっ!」
一際気合いの入った様子で、唯華は大きく振りかぶってフリスビーを投じた。
最初真っ直ぐに飛んできたそれは、だけど何度も軌道を変えて最終的に俺の胸元へと飛んでくる。
「スーパーノヴァ……!? 完成してたのか……!?」
思わず、マンガの解説キャラみたいなリアクションを取ってしまった。
アニメの中でも終盤に出てきたトリックショットで、現実離れしたその軌道を実現出来るとは思ってなかったし……実際、昔に何度もチャレンジしたけど結局一度も成功したことはなかったはずだ。
「おぉっ……なんか、やってみたら出来た……」
自分でも出来るとは思ってなかったのか、目をパチクリと瞬かせている唯華は俺以上にビックリしている様子だった。
その驚き顔に、思わず吹き出してしまいながら。
「なら、俺もやってみるか……!」
俺もチャレンジ精神を刺激され、一度も成功したことのないトリックショットに挑戦してみる。
確かアニメでは、こんな風に身体を捻って……と!
「おっ……? おぉっ……!?」
途中で変化した軌道を見て、唯華が大きく目を見開いた。
「スプンタ・マンユだぁ!」
アニメでは、さっき唯華が放ったショット……主人公が投じたそれに対して、ライバルが返したやつだ。
名前も超新星だったり創世神話の神の名前だったりと壮大になってきてるけど、作中でも世界の滅亡をかけた熱い戦いに差し掛かった頃に出てきたものなのでそれに相応しいと言える……かもしれない。
ともあれ、フリスビーはかつて思い描いた通りの複雑な軌道を通って……クン、と最後に更に激しく変化した。
「わわっ……!?」
「っと、悪い……!」
慌てた様子でフリスビーを追って手を伸ばす唯華へと、反射的に謝る。
フリスビーは、唯華の手を逃れるような軌道で浮き上がり……。
「よいしょぉっと!」
しかしそれ以上に素早い動きで唯華は力強く跳躍し、巧みにキャッチして見せた。
「おぉっ……」
「へへっ」
思わず感嘆の声を漏らした俺に、唯華は照れくさそうにはにかむ。
「ちゃんと、取れたよっ」
フリスビーを抱えて駆けてきた唯華は、誇らしげにそれを掲げてみせた。
「うん、見事だった」
俺も、素直に賞賛を送る。
「んふふふ~、でしょでしょ?」
得意げな笑みを浮かべる唯華の背後に、激しく揺れる大型犬の尻尾が幻視されたように思えて。
「凄い凄い」
気が付くと、俺は目の前の頭をワシワシと撫でていた。
「……あっ」
一瞬後に、遅れてその事実を認識する。
「わ、悪いっ!」
そして、慌ててその手を離した。
「いやその、マロン……じゃなくて! 一葉のことをなんか思い出しちゃってさ! ほら、昔はこんな風に撫でてたからつい!」
実家にいる飼い犬の名前を出しかけて、慌てて訂正する。
実際、一葉相手によくやってたのは事実だし……まぁ、先にマロンの姿が想起されたという事実もなきにしもあらずだけど……。
「………………」
当の唯華は、少しだけ驚いたように目をパチクリと瞬かせている。
「んふっ」
かと思えば、ニヤリと口の端を上げた。
「別に言い訳なんてしなくても、秀くんが撫でたいならいくらでも撫でてくれて構わないんだよ?」
自身の頭に手を当てながら、唯華がそっと身を寄せてくる。
「これだって、秀くんのモノなんだし?」
ふわりと漂ってくる汗混じりの香りに、俺の鼓動は更に激しく高まった。
「他のとこだって……どこでも、好きに撫でてくれていいんだからね?」
なんて、嫣然と微笑む唯華に俺はどう返すのが正解なのか……いつも通り、返答に窮してそっと目を逸らすことしか出来ない俺なのだった。。
♥ ♥ ♥
フリスビー遊び、楽しかったなぁ!
この歳になって、こんなに夢中になれるとは思わなかったよね。
だけど、それもやっぱり秀くんとだからこそだと思う。
他の誰とでも、こんな風に子供の頃にそのまま戻ったような気分になって全力ではしゃぐことなんて出来ないだろうし。
秀くんとなら、どんなことだって楽しめると思う。
………………というのはともかくとして。
さっき秀くんに頭を触れてもらった瞬間、なんかゾクゾクって背中に怪しい快感のようなものが走った……ような、気がした。
好きな人に触れられるのって、気持ち良いよねぇ……ずぅっとそうしてほしいくらい。
それに、言った通り……秀くんならさ。
他のどんなとこにだって、触ってくれていいんだし。
触って、ほしいんだけどなっ?







