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第13話 勉強会の日に

「おっじゃましまーす!」


 高橋さんが、元気よく我が家の玄関に上がってくる。


「お邪魔します」


「邪魔するぜー」


 その後ろから、唯華と衛太。


 唯華は朝から家を出てて、二人と待ち合わせてから今回初めてウチを訪れるって体だ。


「ほーほー、なるほどなるほど」


 何に納得しているのかは謎だけど、高橋さんは部屋の中を見回してうんうんと頷いている。


 俺としては、何かしら残った唯華の痕跡が発見されないかと内心ヒヤヒヤだ。


「向こうのお部屋は、寝室とかですか?」


「うん。俺の寝室と、客間と物置だよ。悪いけど、散らかってるから物置には入らないでね」


 部屋に繋がるドアを順に指していった後、最後に『物置』を指しながら注意する。


「あっ、それってもしかしてフリですかっ?」


「フリじゃなくてガチで!」


 物置ということにしてあるのは唯華の部屋なので、そこだけは絶対に死守せねば……!


「わわっ、冷蔵庫おっきいですねー!」


 幸いにして高橋さんの興味は、すぐにキッチンの方へと移ったようだ。


「これって、たぶん本来は家族用ですよね?」


「うん、まぁ、そうかもだけど、大は小を兼ねるって言うからね……」


「まっ、オレら男子はガッツリ食うからさ。食材もガッツリ入れときたいってもんでしょ」


 と、衛太がサラッとフォローしてくれる。


「なるほどー」


 おかげで、高橋さんも素直に納得してくれたようで。


「えっ、あれ!? 何これ、ダルマですか!? あははっ、ダルマー! 上流階級のお宅って、ダルマがあるんですか! えっ……? あっこれ、空気清浄器なんです!? あははははははっ、なんでー!?」


 色々と興味が尽きない様子の高橋さんにはハラハラするけども……まずは、上手く事が運べたと言っていいんじゃないだろうか。



   ◆   ◆   ◆



 それから、本来の目的である勉強会が始まって。


「あー、そーゆーことですかー! 理解しましたー! 完全に理解しましたー!」


「それ、わかってない時のやつじゃない……?」


「つまりここはx≧2の時とx<2の時とで場合分けして、ここにx=2が代入出来るから、あとは順次計算して答えは5ってことですよねっ?」


「正解……さっきのフリで、本当に理解出来てるパターンってあるんだね……」


 高橋さんも、唯華に教わりながら真面目に勉強に取り組んでいた。


 とはいえ先程から言動からちょいちょいアレで、唯華を苦笑させてはいたけども。


「やっぱり高橋さん、地頭が凄く良いねー。理解が早くて助かる」


「えへへ、そう言っていただけますとやる気が更に上昇いたしますー」


 唯華に褒められて、高橋さんの頬が緩む。


「だからこそ、どうしてここまで放っておいたのって気持ちにもなるけどね……」


「えへへ、恐縮ですー」


 今度は特に褒めているわけではないはずなのに、高橋さんの頬は緩みっぱなしである。


 なお。


「ぐぉー……すぴぃー……」


 衛太は、勉強会が始まって数分の時点からずっと寝こけていた。


 コイツ、何しに来たんだ……?


「高橋さんのキリも良いみたいだし、そろそろ一旦休憩にしようか」


「おっ、いいねぇ秀いっちゃん。頃合いだ」


 なんて思っていたら、俺の言葉に反応してガバッと起き上がった。


 頃合いも何も、お前はずっと寝てただけだろ……。


「飲み物持ってくるよ」


「ありがとうございますー」


「ありがとー」


「サンキュー、ブラザー」


 それぞれの礼を背に、キッチンへと向かう。


「そういえば、高橋さんってさ」


「はいー?」


 ジュースをコップに注ぎながら、聞くともなしに唯華と高橋さんの会話を聞く。


「誰にでも敬語だよね? それって、何か理由があるの?」


「やー、それがですねー。高校入る時に、お父さんからですね? 下手な御方に失礼かまして怒らせるとお父さん会社員としてマジ終わりかねないから、せめて敬語で失礼レベルを緩和しなさい、って言われたんですよー」


「失礼するのは前提なんだ……」


「失礼なこと言いますよねー? 別に敬語じゃなくたって、皆さん多少の失礼くらい許してくれますよねっ」


「失礼するのは前提なんだ……」


 ついでにお菓子も用意しながらチラリと窺うと、唯華が微苦笑を浮かべている様が見て取れた。


「唯華さんだって、許してくれましたしっ」


「ん? 私、何か失礼なこととかされたっけ……?」


「初めて会った時の私、跪いて頭を垂れながら自己紹介しなかったじゃないですかー?」


「高橋さんは私のことを何だと思ってるの?」


「え? でも、この学校じゃそうしないと失礼に当たるって教わりましたよ? 一年の最初の頃、三年生の先輩に」


 うーん……そりゃ確実に、家の格を重んじる系の方々の冗談か皮肉だよな……。


「高橋さんは、もうちょっと人を疑うことを覚えた方がいいかもね……」


「まぁ私、初めての人と話す時ってテンション上がっちゃってその儀式のこと毎回忘れちゃうんで、今まで一回も出来たことないんですけど」


「これも、マイナスとマイナスが掛け算されてプラスになってる事例ってことでいいのかな……?」


「この儀式を忘れると無礼者としてその場で切り捨てられても文句を言えないらしいのに、皆さん許してくださって心が広いですよねー」


「それを信じていることにツッコミを入れるべきなのか、そのペナルティを信じた上で毎度忘れられる度胸を褒めるべきなのか、どっちかなー……」


 ははっ……やっぱ、高橋さんってちょっと変わった子だよな……。


「お待たせ」


 なんて考えながら、四人分のコップとお菓子を載せたお盆を手にして戻る。


「あれっ……?」


 順にコップを置いていく俺の手元を見て、高橋さんがなぜか首を捻った。


「一人暮らしのお宅にも、ペアマグカップってあるもんなんですねー」


 んんっ……! しまった、ついつい俺と唯華の分として普段使ってるやつを出してしまった……!


「そ、そうだね、あるもんなんだよねぇ……!」


「あー、あるあるだよなー。良い感じのマグカップだと思ったら、ペアでしか売ってないパターン」


 俺の適当過ぎる言い訳を、衛太が何気ない調子で補強してくれた。


「あはっ、確かにそういうのあるかもー」


 高橋さんも、それで納得してくれたようだ。


「あっ!」


 高橋さん、今度は何かな……!?


「九条くん、ゲームするんですねー。ちょっと意外かもです」


「そ、そう? 割とやる方だけど」


「んっ……?」


 ゲーム機をしげしげと眺めていた高橋さんは、ふと何かに気付いた様子でコントローラを手に取った。


 な、なんだ……? どうしたっていうんだ……?


「コントローラ、二つあって二つとも妙に使い込まれているような……?」


 この子、ポーッとしてるように見えて結構鋭いな……!?

 唯華と一緒に住み始めてから、結構な頻度で使ってるもんな……!


 でも確かに、一人暮らしの家で2コンまで使い込まれてるのは不自然か……!?


「そりゃもちろん、オレと秀いっちゃんの対戦の軌跡ってやつよ」


 必死に言い訳を考えていたら、衛太がそう助け舟を出してくれる。


「あっ、久世くんは前にもいらっしゃったことあるんですねー」


「おぅ、そらもう入り浸りまくりさ」


「ふふっ……そういう関係、なんだかちょっと羨ましいです」


 今回も、衛太のおかげでどうにか誤魔化せたみたいだ。


 ……つーか、もしかして。

 衛太、今日は俺たちのフォローのために来てくれたのか……?


「ふっ」


 なんて思っていると、衛太は小さく笑って高橋さんからは見えないよう背中越しに親指を立てて見せてくれた。


 今日は、彼の背中がやけに大きく見える気がした。



   ◆   ◆   ◆



 その日の晩。


「つっ……かれたぁ……!」


「あはは……お疲れ様、秀くん」


 テーブルに突っ伏す俺を、唯華が労ってくれる。


「衛太には、改めて礼を言っとかないとな……」


 あの後も似たようなことは何回もあり、衛太には随分と助けられた。


「衛太って、馬鹿だけど意外と機転は利くんだよねー。基本的には馬鹿なのに」


 という、唯華の衛太評。


「でもさ」


 それから、唯華は何気ない調子でそう続ける。


「楽しかったよね。皆であぁして、家でワイワイするのって」


 唯華に言われて……ふと、今日を振り返ってみた。


 高橋さんへの対応に追われて疲れ果てたのは、事実だけど……でも、それはそれとして。


「そう……だな」


 一緒に勉強して、時々冗談を言い合って、休憩時間には皆でパーティーゲームもした。

 それは、俺の今までの人生にはなかった種類の時間で。


「うん、楽しかった」


 確かに、楽しい時間でもあったのだった。


「そっか」


「……?」


 俺の返答を受ける唯華の目がやけに優しい光を宿している気がして、ふと気付く。

 もしかして……これ(・・)か?


「ウチを勉強会の会場にした理由って、俺にそれを経験させるためか?」


 なんとなくだが、確信があった。


「ふふっ、それは深読みしすぎっ」


 なんて唯華は笑うけど、たぶん俺の考えは間違ってないと思う。


「それじゃ、原状復帰ってことで私の部屋に引っ込めたもの戻してくるねー」


 この話はこれで終わりということか、唯華はそう言って立ち上がった。


「あ、おぅ……俺も手伝うよ」


「ありがと、助かるー」


 そんな会話を交わしながら、唯華の部屋へと向かう。



   ◆   ◆   ◆


   ◆   ◆   ◆



 流石は秀くん、鋭いなぁ……。


 今回の私の意図は、秀くんの推察通り。

 ふふっ……もちろん、秀くんの驚く顔が見たかったっていうのもホントだけどね。


 学校でだけじゃなくって、色んなところで友達との思い出を作ってほしい……なんて願ってしまうのは、ちょっと傲慢なのかな?


「そういえば」


 私に続いて私の部屋に入りながら、ふとした調子で秀くんが呟く。


「唯華の部屋に入るのって、初めてだな」


「あれっ、そうだっけ?」


 そういえばそうかも。


 まぁ、いつ秀くんが来てくれてもいいようにちゃんと綺麗にしてるし大丈夫………………だよね?


「あっ、これ……」


 秀くんの声に振り返ると、秀くんは私の机の上……彼が昔大好きだったヒーローの、カプセルトイに目を奪われている様子だった。


「まだ、持っててくれたんだな」


 秀くんの目は、懐かしげに細められている。


「あはっ……持ってるに、決まってるじゃない」


 だって……それは私たちの、ずっと変わらない絆を示す証なんだから。


 私も少し目を細めると……十年前、秀くんとの『お別れ』の時の光景が鮮明に脳裏に蘇ってくる──

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