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第79話 だって俺は、唯華のことを

「……ふぅ」


 お義兄さんの部屋の扉を閉めて、私はそこに背中を預けて小さく息を吐いた。


「駄目だったかー」


 本気を、真っ直ぐ全部全部ぶつけたのに。


 本音を、恥ずかしいトコまで晒したのに。


 本当に……本当に、心から好きになのに。


「そっかー……そっかー」


 私は、お義兄さんの部屋を訪れる直前のことを思い出していた。



   ◆   ◆   ◆



「お姉。今からお義兄さんのとこに夜這いに行こうと思うんだけど、いーい?」


「うぅん……?」


 ベッドに寝転がってもう半分眠りに落ちている様子のお姉は、返事なのか疑問なのか判断に迷うような声を上げた。


「夜這いだよ、夜這い。お義兄さんを誘惑しに行くわけ」


「好きにすればぁ……?」


 あれ、これはなんか意外な反応だな……。


 海やお祭りの時の反応から、もっと激烈に反応するかと思ってたのに……。


「いいの? 本気で行っちゃうからね? お義兄さんの初めて、貰っちゃうよ? あっ、お姉とシてないからって初めてとは限らないかー」


「だから、好きにすれば良いってぇ……」


 挑発的な物言いにも、反応は変わらない。

 お姉なら、私がこういう時に本気で実行することはわかっているはず。


 なら、お姉も本気で言ってる……?


「どうせ無駄だからぁ……」


 ……なるほど。


「お義兄さんのこと、信じてるんだ?」


「そりゃそうでしょー……」


 その言葉を最後に、お姉は眠りに落ちたみたい。

 本当に、何の心配もないとばかりに安らかな寝顔。


「ふーん……?」


 それじゃ、試してみるからね?

 オトコなんて、結局は下半身で物事を判断しちゃうんじゃないのー?


 そうなっても(・・・・・・)、私としては目的達成だけどね?



   ◆   ◆   ◆



 なんて、思ってたんだけど。


「そっかー」


 結局、お姉の言った通りになって。


 お義兄さんは、誘惑に負けるどころか少しも揺るがなくて。


 私の魅力なんて、全然通じなくて。


 私の気持ちなんて、全然通じなくて。


 私のお願いなんて……全然、通じなくて。


 それは……そんなのは。


 私は、両手を自分の頬に当てて……。


「うひひっ、解釈一致!」


 めっちゃ気持ち悪い笑みを浮かべながら、くねくねと変な動きをしていた。


「そうそう、それでこそだよね!」


 ポッと出の女相手なんかじゃ揺るがない幼馴染の絆、いただきました! 大好物です!


 いやぁ、にしても思った以上に全然揺るがなかったよねー。

 正直、多少の迷いや動揺くらいは引き出せるかと思ってたんだけど。


「……うん?」


 ふと、浴衣の帯に挟んどいたスマホの通知ランプが点滅していることに気付いた。確認すると、なんかやたら大量のメッセージが来てるみたい。


「ふはっ、ワンリーフちゃんからの鬼メッセじゃん」


 どうやら私がお姉の妹であることと、こっちに来てるってことまで気付いたみたいだね。


 たぶん、私がどういう意図で来たのかについても予想が付いてるんだと思う。

 ワンリーフちゃんなら、私の性癖についてよーく知ってるもんねー?


『兄さんと義姉さんの元にいるのですか?』


『公式凸はギルティーです』


『何を企んでいるのですか』


『余計なことをすれば許しませんよ』


『推しにお触り厳禁』


 云々、大量にメッセージが残っていて……。


『DM 見ろ』


 最後にこのメッセージが来たとこで、ようやく止まったみたい。

 どうも、私が二人の仲を邪魔するんじゃないかって思ってるみたいだね。


 まぁその心配も、半分当たりではあるかな。

 私はお義兄さんとの関係を望んでいて、それはワンリーフちゃん的に解釈違いだから。


 純愛からハーレム展開になるのも、私的には全然アリだと思うんだけどなー。


 ただ……ワンリーフちゃんは、一つ誤解している。

 私は、推しから愛してもらいたいガチ恋勢……というだけではない(・・・・・・)


 さってと。

 それじゃ、『仕込み』も終わったところで……。



   ♠   ♠   ♠



 カチャ……パタン。


 部屋のドアが開閉する音に、意識が浮上する。

 さっきの件について考えているうちに、ウトウトしちゃってたみたいだな……ていうか、また華音ちゃんが来たのか……。


「んぅ……」


 華音ちゃんはよく聞き取れないことを言いながら、俺のベッドに真っ直ぐ向かってきて……今度は、布団の中に潜り込んできた。


「あのね華音ちゃん、何度来ても……」


「秀くん……?」


 ………………んんっ!?


「えっ、唯華……!?」


 華音ちゃんだって決めつけてたけど、よく見なくても唯華だこれ!?


「秀くぅん……」


「ちょっ、唯華……!?」


 薄く目を開け婉然と微笑む唯華が、布団の中をもぞもぞ動いて俺の上に伸し掛かってきた。

 更に抱き竦められて、フワリとシャンプーの香りが……いやなにこれ!?


 ま、まさか、今度は……唯華が夜這い……!? ってこと!?

 なに、烏丸家ってなんかそういうとか風習とかあんの!?


 いずれにせよ、俺はこれにどう対応すれば……えっ、いいの!?

 待て待て、いいのって何だ俺!?


 俺と唯華はそういうんじゃないんだって!

 あくまで『親友』で、いやでも唯華がそれを望むなら応えるべきか……んんっ、その考えもちょっとおかしいよな!?


 だって俺は、唯華のことを……!


 ……だって俺は、唯華のことを。



 なら(・・)いいのか(・・・・)



 唯華さえ、本当にそう望んでくれているのなら。


 半ば無意識に、唯華に手を伸ばす。

 そっと、抱きしめ返……そうと、したところで。


「……すぅ」


 唯華が、眠りに落ちた。


「………………ははっ、ですよねー」


 中途半端に伸びた自分の手が、実に滑稽に映る。


 なんのことはない、寝ぼけた唯華が部屋を間違えただけ。

 一番に考えるべき可能性であり、以前にも似たようなことのあったトラブルであり、当然すぐに気付くべき原因。


 先に華音ちゃんが来てなきゃ、こんな馬鹿な勘違いすることもなかったろうに……。


「……ははっ」


 俺はもう一度、自嘲の笑みを漏らして。


 いーや、それはそれとしてこれどうしようなぁ!? と頭を抱えるのだった。

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