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突然始まります
「うーん……」
宍戸ソラは呆れた顔で眼下の彼らを見下ろす。ソラには彼らのその行動が全くもって意味がわからない。彼らの行動理念はよく知っているが、今行っている行動はその理念からかけ離れているように感じる。だって、彼らの理念は“愛を持って救う平和な世界”だ。愛だの平和だのを訴えて推進しているくせに、彼らが行っているのは集団暴行だ。実に矛盾している。愛が暴力だと言うのなら話はまた違うのかもしれないが、平和って暴力などがない世の中なんかを示すのではないだろうか。もちろんこれはソラの考えであるから、絶対にそうなのだとは言えないのだが。
何を考えてそんな行動をとっているのかはわからないけれど、一方的な暴力は好きではない。目の前で人がどうこうなるのは見たくない。
「見たくないからね」
ソラは急ぎ足でその場へと向かった。なるべく早く、しかしなるべく目立たず。ここには彼らの同志がたくさんいる。その全てが彼らと同じなのかはわからないけれど、用心するにこしたことがない。なんとか誰に引き止められることもなく現場へと着いた。集団暴行されている男は全身傷だらけで息も絶え絶えだ。このまま放っておいたら彼はきっと死んでしまうだろう。一方的な暴力は好きではないが、それ以上に人が死んでしまうのは嫌だ。
だから、ソラは彼らに声を掛けた。
「すみません、その人大怪我をしてますよね?屋上から見えちゃって……医務室に運ぶの手伝ってもらえないでしょうか?」
けが人を見たら手当てするだろう。何も知らないソラにはそう主張することしかできない。きっとこれがソラにできる最善策だろうから、彼らがそれに乗ってくれることを期待している。彼らも集団暴行をこんな人目につかない場所でやっていた時点でそれが皆様に見せられる素敵なこととは思っていないだろうから。
「あ、ああ……そうだな……」
「私たちも彼をどう運ぼうか悩んでいたところだったんだ」
あぁ、なんて馬鹿馬鹿しい。いかにもそうしようと思っていましたよって雰囲気を出して。ソラが見ていたと、見えちゃったと言っていたではないか。無かったことにしようとしているのか、あとから口封じをしようとしているのか。
「そうだったんですか……!先生を呼んできて正解でした」
軽くでも手当してからじゃないとその場から動かせないくらいの大怪我だ。彼らが道具を持っているとは思えなかったし、ソラも持っていなかった。ならば、と先生を呼んていたのだ。彼らもメンツというものがあるわけだし変なことを言おうとはしないだろう。自身のこともソラのことも。
「……!なんて酷い……そこの貴方、追加で医務室から人を呼んできて。急いで!」
「は、はい!」
先生が現れてポカンとしていた彼らは先生に急かされてやっと動き出した。
「宍戸くん、ありがとう。クロイツの彼らがそんなことをするなんて……」
「俺はこれを放っておいたら目覚めが悪いなと思ったから先生を呼んだだけです。なんも感謝されることないです」
「過程が何であれ、その行動をとってくれたことで彼は死ななくて済むの。いい?」
「そう、ですかね」
先生は手は休みなく動かしながらもソラに感謝の意を伝えた。ソラは感謝されることなどではなく自分の感情に従っただけのことだと受け取ろうとしなかったが、過程よりその行動をとってくれたことを感謝をしているのだと言った。ピンとこなかったが先生が言うのならとソラは頷いた。
それから追加の人員が来て更に効率よく男の手当が行われた。ある程度手当を終えると、慎重に担架に乗せられて運ばれていった。追加の人員を揃って呼びに行った彼らは戻ってくることはなかった。素知らぬふりをして群れの中に戻っているのだろう。この一件はますますソラにクロイツ嫌いを加速させた。
「それがあなた達の正義ってわけか」
愛と平和を訴える団体、クロイツ。古くから続く街のみんなから支持を得ている正義の団体。昔はしっかりとその訴えを元に活動してきたようだったが、現在はその活動をしているのは一握りしかいないと噂がある。それが彼ら含む人間だろう。支持を得ているから己のやっていることは何でも正しいと考えているのだろうか。
「あーあ……面白くなくなってきたなぁ……」
今は友人らが面白いと感じているからここにいるソラだが、その友人らが所属するクロイツがこんな有様だと、付き合いも考えてしまう。彼らと友人らが同じ人種だとは言い切れないしそうでないとも言い切れない。違った考えを知りたくてここにやってきてなんか面白い友人を見つけて何かと楽しくやってきていたが、不安は拭えない。
「さて、どうしたものかな」
とにかく結論は急いで出さないといけないわけではないから、とソラは建物の中へと戻っていく。
建物内は木造で趣がある造りになっている。細かい細工なんかが扉の上に取り付けられていたりして細部までこだわりの深いものとなっている。建物内を歩いていると問題の友人のうちの一人に出会った。
「あ、ソラくん……!て、どうかしたの?」
ストレートの茶髪を高い位置でポニーテールにくくっている彼女は筒井アキというスレンダーな女の子だ。アキは難しそうな顔をして歩いてきたソラの顔をゆっくりと覗き込んだ。とても心配してくれているのだろう。
「あ、アキ。うん、ちょっと悩み事ができてね」
「そっか、悩み事かぁ。私、いつでも聞くから言いたくなったら遠慮なくどうぞ!もちろん他の人でもね?」
「そうだな。もう少しまとまったら聞いてもらおうかな。アキは聞き上手だし」
「褒めても何も出ないからね?じゃあね」
「うん、じゃ」
アキは無理に聞き出そうとはしなかった。無理に聞き出そうとしていたら気持ちは傾いていたかもしてない。アキがそうしなかったお陰でソラの考える材料が増えた。
「とにかく帰ろう」
読んでいただきありがとうございます。アドバイスなどありましたらよろしくお願いします