二ヶ月後
思いが通じ合って、二ヶ月がたった。
平日。仕事から帰って、夜遅く夕食を取る。
すると、愛子さんが前触れもなく話しだした。
「久司さん、ぬか漬けを漬けました。」
「ぬ、ぬか漬け!?」
愛子さんが!?なぜ!?
「父の四十九日の際にお義母様から伺ったのですよ。久司さんは人参のぬか漬けが好物だと。そこで先日、ぬか床を分けて頂きました。」
オシャレな食べ物になれている愛子さんに知られたくなかったのに、そこまで晒してしまった…。
「久司さんも人が悪いですね。こんなにも簡単なお料理があるのでしたら、教えて下されば良いものを。」
「それは失礼しました。」
言って良かったのか。人間無理して付き合うより、ありのままの方が受け入れてもらえやすいのかもしれない。
「どうぞ、お召し上がり下さい。」
愛子さんが人参のぬか漬けを出してくれる。
切る、という感覚は無いようだ。
「ありがとうございます。頂きます。」
(俺のためにしてくれた。嬉しいなぁ。)
日々の小さな幸せを噛みしめる。
そのままの人参をパクッと食べる。うん、全然漬かっていない。
「美味しいですね。」
ありのままと言えど、言ってはいけない事もある。
俺のために作ってくれた。それだけで美味しい。嘘ではないんだから、正しい感想だ。
「そうですか。」
あ、堪えてるけど、多分…嬉しそうだ。一瞬、口角があがった。…素直じゃないなぁ。
〝愛子を責めるな〟
会長の伝えたかったことは、多分この事だ。天邪鬼な愛子さんの本心を読まずに責めないでほしい、そういう事だろう。
〝もちろんです〟
〝…そこを俺は見込んだんだ。忘れるな〟
責めませんとも。見込まれなかったとしても。
天邪鬼な愛子さんが時折見せるその照れた表情が忘れられないから。
「あらま!お嬢様!何ですかこれは!」
キヨさんが他の料理を出しにダイニングに入ってきた。
(しまった。マズイ。)
「何って…。キヨさん知らないの?これはぬか漬けよ!」
愛子さんが自信満々に言う。
(あぁ。キヨさんどうか状況を読んで下さい…)
「お嬢様、先ほど漬けたばかりではありませんか?まだ漬かってはおりませんでしょう?それに切りもしないで出すなんて…」
「え?」
愛子さんが驚く。キヨさんは言ってしまった。
俺は雷が落ちるのを覚悟する…
「お嬢様がこんなにも無知でしたとは…旦那様が寛大な方で本当にようございました。」
キヨさん、俺の事は褒めなくて良いので、愛子さんをフォローして下さい。
「久司さん、偽りの感想を述べたのですか?」
…地を這う様な愛子さんの声が聞こえ、背筋がゾッとする。俺は処刑台に立った気分だ。
「い、偽りではありません!」
(俺のためにしてくれた。それだけで美味しいのです!)
愛子さんは俺の前にあったぬか漬けをとりあげる。
「もう、一口も召し上がらなくて結構でございます!二度としませんので!」
あぁ…
「そんな…!もったいないですから、そちらはお返し下さい。」
俺も立ち上がって、愛子さんから人参を奪い返し、急いで全部食べる。(…ものすごくゴリゴリする。)
「…私は、このくらい歯ごたえがあるのも…美味しいですから。」
キヨさんが俺を不憫そうに見る。(その目はやめてほしい。)
「…そうですか。」
(あ、少し、口角が上がった。)
「ありがとうございました。また、宜しくお願いします。」
次に繋げないと!
「お嬢様、次回は私と一緒になさいましょう。」
キヨさん、お願いします。
「…分かりました。」
良かった。事なきを得た。
初めて愛子さんを見て一目惚れした。
その時は人となりなんて知らなかったし、実際結婚してから分かったことの方が多い。
自分でも、どうしてここまでよく知りもしない愛子さんが好きなのか分からなかった。
だけど、忘れようとしても、離れようとしても…それが出来ない。
磁石の様にくっついて、愛子さんから離れることが出来ない。
愛子さんの全てを抱きしめたい。
――そう…きっと、この恋は細胞レベルだ。
【完】
久司さんターンでした。
ご覧いただきありがとうございました!
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