どういう状況?
〝いい人〟で終わりたかったのに。
最後の最後で俺のみっともない幼稚さが出てしまった。
急いでこの場から逃げよう。
「久司さん!!」
扉に手をかけた瞬間背中に衝撃が走る。
(な、何が起こっているんだ?)
背中が温かくて、お腹周りが拘束されているような圧迫感があって…
「――ッ???」
あまりに驚いてフリーズした頭を動かすと、視界に腕が見えた。
白くて、艷やかな…
(え?これ、まさか…愛子さんの…腕?)
「あ、愛子さん?」
尋ねても返事は…ない。
(こ、これは愛子さんに抱きしめられている状況で…いいんだよな?)
愛子さんに抱きしめられている…
…自惚れてもいいんだろうか?
「ど、どうされたんですか?」
俺の能天気な頭は自分の良いようにしか解釈出来ない。
もしかして…
「…。」
愛子さんは黙ったままだ。
「あの…」
もしかしたら…
「グスッ。…ッ。」
背中から泣き声の様な声が聞こえる。
「…泣いて…らっしゃる、んですか?」
愛子さんは答えない。
本当に、自惚れてもいいだろうか。これは愛子さんが俺を引き止めてくれているんではないだろうか。
この構図は…そうだろう!!
バッ!
「キャ!」
グルン。
俺のお腹に回されていた愛子さんの腕を取って、向かい合って抱き合う形を取る。
愛子さんと出会って、結婚して、初めて愛子さんを抱きしめた。
愛子さんの心臓がバクバクと音を立てている。
きっと間違いない。
愛子さんは俺に出て行って欲しくないんだ。
「なぜ泣いてらっしゃるのですか?」
愛子さんに尋ねる。
…きっと…間違いない。
俺達は愛し合っている!
「父の葬儀の日ですよ。泣くのは娘として当然です。」
…
……
…俺は自分のこの能天気な脳みそを今ほど憎んだことはない。
「そうですね…申し訳ありません…」
…いや、まて。まだ全てが否定された訳ではない。
「胸を貸す相手が、私で良いのですか?」
俺を抱きしめたということは…きっと、俺を頼りにしているからだ。
「結ちゃんに頼んだら、断られてしまいましたから。」
…
……
…俺はやっぱり愚かだ。
「…そうですか。」
いつも、愛子さんに振り回されて有頂天なる。そして、間違いが分かって自分を呪いたくなる。
恥ずかしい。大人なのに。
こんなに好きなのに。
「あいにく、私も傷心なものですから、長くは出来ません。」
「えっ!?」
…そこは驚く所ですか?
「私がずっと喋りもせずに愛子さんに胸を貸すとでも思われていたのでしょうか?」
愛子さんの一言で右往左往する俺は愛子さんから見てさぞかし滑稽だろう。
「私はそこまでお人好しではありませんので。都合よく丸太とでも思われているのでしたら、流石に立ち直れません。」
俺は愛子さんの遊び道具の一つだったんだろうか。
「丸太など…思ったことはありません。久司さんは大人でいらっしゃいますから、この状況を推察して冷静にお考えになったら分かるのではないですか?」
また出た。〝大人〟。
俺が幼稚な人間だと分かって、愛子さんは俺で遊んでいるに過ぎない。




