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最高の一日に…

愛子さんに三人でいることを肯定してもらえた。つまり、愛子さんは三人なら俺とも一緒にいられると言う事だと思いたい。





夜、結仁について話す。愛子さんと俺が繋がる唯一の時間だ。

愛子さんは結仁が絡むと断らない。なので俺は勝負をかける。


「今、手がけている事業があと少しで落ち着きます。前より早く帰って来れるようになりますので、夕飯を三人で召し上がりませんか?」


可か、否か。緊張の一瞬だ。


「それは良いご提案ですね。きっと結ちゃんも喜ぶ事だと思います。」


可だった。安堵と共に、結仁が絡むと断らないという愛子さんの俺と結仁との格差が浮き彫りになる。


「普段は結仁とお二人で夕飯をとっておられるのですか?」


「はい。久司さんもご一緒なら久司さんの召し上がりたい物を準備させましょう。何かご希望ございますか?」


(結仁とはいつも食事を共にするのか…)

なんとも言えない疎外感と、思ってもいない提案を受ける。


(…今日は勝負の日だ。)


心の狭い俺はずっと根に持っていたことを蒸し返す。


「はい。…リクエストしても良いでしょうか?」


「ええ。もちろんでございます。」


「…ハンバーグを。」


「ハンバーグ?」


「愛子さんがお作りになったハンバーグを私も食べてみたいです。」


「た、食べられる代物ではございませんよ…」


あの手を見たらなんとなく想像はつく。


「愛子さんが嫌でしたら無理には…」


絆創膏だらけだった手を思い出し、無理強いするのをやめた。


「…無理ではありません。れ、練習しておきます…。」


……絶叫。なんとか叫ばずにやり過ごす。

愛子さんが俺の為に練習までして作ってくれるそうだ。


「ありがとうございます。楽しみにしておきます。」


落ち着いた、大人の男性。内心浮かれまくっている自分を見せない様になんとか冷静にやり過ごす。


「こちらこそ…」


「くれぐれも、お怪我だけはなされませんよう。」


―――俺は今、幸せだと、叫びたい。







✽✽✽



今日は絶対、最高の一日になる。



「いただきます。」


約束の家族の晩御飯。

愛子さんが俺の為に料理をしてくれた。(ここは俺の為と言わせて欲しい。)


手を見る。大丈夫、ケガはしていないようだ。良かった。


「愛子さん、ありがとうございます。とても美味しいです。」


好きな人が作ってくれた料理はそれだけで美味しい。


「そのようにおっしゃって頂いてもお世辞にしか聞こえません。」


…。


「…わざわざ、お時間割いて作って頂けて…とても嬉しいです。」


怒らせてしまったようだ。どうしよう。


「…席を外しましょうか?」


結仁が提案する。よく出来た息子だ。


「えっ!?ど、どうして!?」


愛子さんは明らかに動揺する。…いや、分かってたけどさ。

〝二人が嫌〟それをあからさまに出さないで欲しい。


「お邪魔かと…」


「な、何を言ってるの!そんなわけないじゃない!大体私達は結ちゃんがいるから繋がってる夫婦よ!?」


…。決定的だった。


「…そうですね。愛子さんに取ってこの結婚は会長からの命令に過ぎない。」


愛子さんの気持ちはいつも〝お父様がおっしゃった〟だ。


「それは…私のセリフです。」


結仁が席を外して、俺と愛子さんの二人になる。


「愛子さん、私は結婚する時に言いましたよね。…ずっと――、愛子さんを思っていたと。」


結婚が決まって浮かれて〝お父様がおっしゃった〟という愛子さんの気持ちを知らなかった時に。


恥ずかしい。俺の気持ちは届かなかった。落ち着いた大人の男性になろうと頑張っても…


「私の社長の椅子をでしょう?私は知っております。他に好いた方がおいでだったと。」


…は?


え?


突っ込みどころが分からない。


俺はそんなに野心家だと思われていたのだろうか…


他に…好きな人?


いるわけないじゃないか。分かるだろう。こんなにも俺は態度に出しているのに。


どこからそんな話が出てくるんだ。逆だろ。



「…愛子さんも、正直におっしゃったら良いではありませんか。私のように一回りも上のおじさんに思われても気持ち悪い、と。」


自分で言って自分で傷つく。

愛子さんから見たら、若い女性に鼻の下を伸ばすオジサンだ。俺は。


「そんなことは言っておりません。」


態度で言っているじゃないか。


「本日はありがとうございました。お忙しい中、お時間を拝借致しまして。お料理、冷めてしまいましたね。申し訳ありません。別の物をシェフに用意させますので、私はこれで失礼致します。」


ほら、こうして。俺をフォローして…突き放す。


「…いえ、私はこちらを。別の物は結構でございます。こちらこそ、愛子さんのお時間を拝借致しまして申し訳ありませんでした。ありがとうございました…。」



愛子さんが部屋を出ていき、一人取り残される。


(最高の一日になると信じていたのに…)


残りのハンバーグをゆっくりと時間をかけて食べる。


嬉しかった。俺のためにも、作ってくれた…


だけど、今の俺にはやるせなさと虚無感。


結婚して三年、もう、頑張るのも…疲れた。



…それでも、やっぱりそばにいたい。俺はさぞかし滑稽だろう。

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