トントン拍子
流れに乗っている。リズムに乗っている。
ずっと拗らせていた片思いはトントン拍子でまとまった。
あとは婚姻届を出すだけだ。
明日はお嬢様の誕生日。せっかくだから吉日が重なるその日に提出することになった。
明日から、俺達は夫婦だ!
「おはようございます。」
入籍を明日に控え、今日も社長の送迎に行く。会社の方は決算期を終えて社長が会長に。俺が社長になることにしている。
それまでは社長の秘書も兼務となる。
「今日はうちの使用人に送迎を頼んでいる。君は愛子を大学まで送ってくれ。」
え?…と思ったらもう社長は別の車に乗り込み発進していた。いつもながら、早い。
お嬢様を車に載せて大学まで送る。
…そうだった。お嬢様はまだ大学生。しかも今日はまだ19歳……
31歳と19歳………
浮かれていた自分だったが急に我に帰った。
なんだか犯罪を犯した気分だ…。
いや、でも社長も両親も弟も妹も誰も異を唱える事はなかった。
大丈夫、大丈夫。自分に言い聞かせる。
そうしていたら大学についた。
「お嬢様、お待たせしました。」
言って、車から降りて扉を開ける。
「どうもありがとう。」
…嬉しい。会話が出来る。幸せだ。
「あら、愛子さん。ごきげんよう。」
「ごきげんよう。」
お嬢様の友人らしき人が話しかける。
まさにお嬢様同士の会話だ…
「あら?今日はいつもの方が送迎じゃなくて?」
「ええ。本日は…婚約者ですの。」
――!!お嬢様が、俺の事を…。
俺は、今、宇宙一の幸せ者だと叫びたい!
「?運転手が?」
…あー、ですよね。気持ちが一気に下向する。
お嬢様の婚約者ともなれば、相手もそれなりのレベルの人間でなくてはならない。運転手ではなく、運転手がいるレベルの人間だ。
まざまざと格の違いを見せつけられた。本当に俺と明日結婚していいんだろうか…。
「…私、彼の運転で無いと気持ちが悪くなるの。」
お嬢様は優しい。それかこの状況を上手く切り替えしたか…
「送って下さってありがとうございます。」
!もうどっちでもいい。目の前にお嬢様がおられる。
それだけでこんなに幸せなことはない。
✽✽✽
「おい!聞いたぞ。お前社長のお嬢様と結婚するそうだな!」
あまりにトントン拍子に話が進んだ為、社内ではまだ知らない人間の方が多い。
この有能な同僚も知らなかった人間の一人だ。
「うん、まぁ。」
そう、結婚する。ずっと思ってた、お嬢様と。
「お前が社長か…出世したなー。俺も出世したいと思ってたけど、結婚がなー。なんせ社長のお嬢様。あの社長と24時間会社でも家でも一緒だろ?地獄じゃん。」
「そうか?」
まぁ、そうなるけど。俺が社長の家に入る形になるし。
けど、考え方を変えたら社長は俺の思い人であるお嬢様のお父様だ。社長がいなければお嬢様は存在しない。
社長としても義父としても敬いたいと思っている。
「それにさ、あのお嬢様!一度お前の代わりで社長の家に行ったことあるけどさ。すっげーキツくてタカビーな女だったな!もう社長そっくり!!」
「聞き捨てならないけど。」
明日、俺の妻となる女性になんてことを言うんだ。
「出世は羨ましいけど、俺はお前に同情するわ。ワンマン社長にタカビーヌ。お前が肩身狭く尻に敷かれる未来が簡単に想像できる。」
侮辱の言葉に苛立つ。だけど、コイツは知らない。
…俺だけが知ってる。
お嬢様のかわいい所を。
…知ってるのは、俺だけだ。
その事実が嬉しい。どうしようもなく、嬉しい。
時にふわっと笑うお嬢様のあの、なんとも言えない可愛らしさを…
時にパッと照れてその照れ隠しをしながら顔を染める可愛らしさを…
これから先もお嬢様の新しい顔を見ることが出来る…その幸運のチケットを、俺は手にする事が出来た。
―――俺は世界一の幸せ者だ。